氷見線・城端線を走る観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」(記者撮影)

この金額を見たとき、数字を1桁間違えたかと思った。「城端線・氷見線鉄道事業再構築実施計画」の実現に向けJR西日本が拠出すると発表した150億円という金額である。

過去の例を見ると、2006年に富山市がJR西日本から富山港線(約8km)を引き取り富山ライトレールとしてLRT化した際、JR西日本は10億円を富山市に拠出した。2011年の東日本大震災で被災した山田線の宮古―釜石間(55.4km)をJR東日本が第三セクターの三陸鉄道に移管する際は、JR東日本は30億円を協力金として提供している。国鉄時代には営業キロ1km当たり3000万円を上限に国が地元自治体に補助金を交付する転換交付金制度があり、車両購入、駅の整備、赤字補填のための経営安定基金の積み立てなどに充てられた。

「離れ小島」の2路線

城端線・氷見線の総延長は46.4km。富山ライトレールや山田線の例、転換交付金の計算式に従えば、城端線・氷見線に出せる金額は13億〜14億円程度とみなせる。その10倍を超える金額を拠出するという決定に、JR西日本の本社内でもあちこちで驚きの声が上がったという。

12月18日には再構築実施計画が最終合意される見通しだ。150億円という金額はどのように決まったのか。JR西日本の経営陣と現場担当者の双方を取材して、背景が見えてきた。

城端線と氷見線はどちらも富山県西部を走る単線非電化のローカル線である。城端線は高岡駅(高岡市)を起点に南へ向かい城端駅(南砺市)に至る全長29.9kmの路線、氷見線は同じく高岡駅を起点に北へ向かい氷見駅(氷見市)に至る全長16.5kmの路線だ。

地域公共交通として地元高校生の通学の足となっているほか、2015年の北陸新幹線金沢延伸開業を契機に観光路線としても全国的に注目を集めた。観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール(べるもんた)」や氷見市出身の漫画家藤子不二雄Ⓐの漫画『忍者ハットリくん』のキャラクターが描かれたラッピングを施した「忍者ハットリくん列車」がこの地域を運行する。


氷見市出身の漫画家藤子不二雄Ⓐの漫画『忍者ハットリくん』のキャラクターを描いた「忍者ハットリくん列車」(記者撮影)


城端線・氷見線を走る「べるもんた」(記者撮影)

直近の利用状況は城端線の旅客輸送密度が2481人、氷見線が2157人(どちらも2022年度)で、JR西日本が「大量輸送という観点で鉄道の特性が十分に発揮できていない」とする2000人未満は上回っている。つまり、現段階ではぎりぎりで鉄道が適切な交通モードといえることになる。

当初は「LRTへの移行」を検討

北陸新幹線金沢延伸に伴い富山県内を走る北陸本線は並行在来線となりJR西日本の経営から切り離され、第三セクターの「あいの風とやま鉄道」に運行が引き継がれた。城端線・氷見線は新高岡駅で新幹線とは接続するものの、ほかのJRの在来線とつながることなく、ぽつんと取り残される形となった。

鉄道の運行には運転士だけでなく、保守要員、さらに総務などの事務を行うスタッフも必要だ。“離れ小島”となった在来線の運営はなんとも効率が悪い。JR西日本で城端線・氷見線問題を担当する同社地域まちづくり本部・交通まちづくり戦略部の青木淳部長はかつての北陸本線と城端線・氷見線の関係を木の幹と枝にたとえる。「北陸本線が“幹”なら城端線・氷見線は“枝”。幹がなくなると枝だけでの経営は難しい」。実際、2022年度の路線収支は10億円の赤字だ。

沿線人口は減少し、少子高齢化も進む。手をこまぬいていると城端線・氷見線の輸送人員はいずれ2000人を切り、鉄道としての存続が立ち行かなくなる。だったらジリ貧になる前に、つまり鉄道が適切な交通モードである今のうちに改善策を講じるべきだとして、沿線にある高岡市、氷見市、砺波市、南砺市の4自治体の意見が一致した。

改善策のポイントは利便性の向上。氷見線沿線には多くの高校があり城端線沿線から通う高校生も多いが、城端線と氷見線は直通していないため、高校生をはじめとした多くの入用者に高岡駅での乗り換えで不便を強いている。さらに、「日中の運行本数が少ない」という不満も地元の間では少なくない。

そこで、JR⻄日本、沿線自治体、県は2020年1月から城端線と氷見線についてLRTなどの新交通体系に移行する検討を始めた。いきなりLRTが出てくるのは唐突感があるが、LRTは従来の鉄道よりも軌道の重量が軽く、城端線と氷見線を高岡駅で直通させるための立体交差設備の構築が容易であるほか、非電化区間を走るディーゼル車より維持費が安いといったメリットがある。しかも同じ県内には富山ライトレールという成功体験がある。


JR富山港線を引き継いでLRT化した富山ライトレール。現在は富山地方鉄道と合併し市内の路面電車と一体運営されている(編集部撮影)

「JRはいくら出せるのか」

ただ、検討の結果、LRTの車両では朝夕の高校生の通学需要をこなしきれない懸念があるほか、既存の駅施設を低床化する必要があることや電化のための設備投資の費用もネックとなった。そのためLRT化は断念し、今春から鉄道の形態を生かす方向で議論が仕切り直しとなった。国の支援制度も視野に入れながら、新型車両を導入し、運行本数増に向け設備の改良も行う。交通系ICカードも導入する。将来的には城端線と氷見線の直通運転を行うための駅の改良も実施するといった案が固まってきた。

鉄道の運営はJR西日本からあいの風とやま鉄道に変更される。改正地域公共交通活性化再生法が10月に施行されたことに伴い、鉄道事業再構築に関する国の支援制度も活用するという方針も決まった。

計画が進展する過程でJR西日本は沿線自治体から問いかけられた。「JR西さんはいくら出せるんですか、どれだけ拠出できるか示してほしい」。確かにその金額がわからないと具体的な整備内容は決まらない。

具体的にいくら出せるのか。青木部長は「一般的に現場が主張するなら積み上げ。個々の整備計画にいくらずつ出すか、それを積み上げた結果が出せる金額となる」と話す。確かに現場が判断するのであれば、コスト積み上げで金額を決めるのは当然だ。しかし、経営陣の判断は違った。

長谷川一明社長が決断した金額は150億円。「コストを積み上げて決めたわけではないので使途は問わない」と長谷川社長は説明した。


北陸新幹線金沢延伸時に富山県内の並行在来線を引き継いだあいの風とやま鉄道の電車(写真:Jun Kaida/PIXTA)

150億円は「出せる最大限の金額」

11月29日に発表された再構築実施計画案によれば、再構築事業は2024年2月ごろから2034年3月までの約10年間をかけて行われる。計画開始から5年後をメドに、運行主体をJR西日本からあいの風とやま鉄道に移す。

事業費の総額は382億円で、鉄道施設整備費に342億円、経営安定支援に40億円が充てられる。国が128億円、富山県と沿線4市がそれぞれ75億円を負担する。JR西日本の150億円の使い道も固まり、鉄道施設整備費と経営安定支援を合わせ104億円負担する。残る46億円は、6年目以降の負担に備え経営安定基金として積み立てられる。

鉄道施設整備費342億円のうち最も大きいのは新型車両の導入で176億円。現行の24両から10両増やして34両とする。さらに除雪用の保守車両なども増備する。レールの更新など既存設備の再整備には78億円、運行本数の増加などに向けた設備の改良には44.8億円が投じられる。これによって運行本数は城端線・氷見線とも1日60本程度となり、現行より4〜6割増える。利用者増により10億円の路線収支の赤字は2033年度に7億円に減る計画だ。また、城端線・氷見線の直通化のための施設整備に37.8億円が投じられる。

疑問となるのは、150億円という金額はどのように導き出されたのかという点だ。その理由について長谷川社長は「当社が出せる最大限の金額が150億円だった」と話すにとどめた。過去の事例にならえばJR西日本の拠出額はこの10分の1程度でいいはずだ。ただ、拠出額のインパクトは乏しい。

「1kmいくらで決めるのではなく、主体的にまちづくりをしたいという地元の思いに報いたい」と長谷川社長は話す。新型車両の導入両数は現状よりも10両も多く、さまざまな設備が更新・再整備される。さらに残余分ともいえる移管後6年目以降の経営安定基金にも46億円。このようにインパクトがある金額を拠出することで、再構築後の鉄道を現状よりも良いものにしたいという考えがあった。「JR西日本はこんなに出してくれるのか」と受け止められれば、他地域の路線でも同様の議論が加速化する可能性がある。では、逆にもっと出せないのか。そう尋ねると、長谷川社長は150億円は「株主代表訴訟にならないぎりぎりの金額」だとした。

今回の150億円という金額が今後の他区間の参考になるかという問いに対して、長谷川社長は「輸送密度2000人以上のご利用があって地域の交通モードとして鉄道を維持する意義があるという前提で、経営改善しても毎年の収支は赤字だが、地元の自治体がその赤字額は地域公共交通を維持するための必要コストとして負担するというお覚悟があるのなら、われわれも協力することはありうる」と説明する。ほかの路線への応用は否定していない。

JR西日本は岡山・広島の両県にまたがる芸備線の一部区間について、国に「再構築協議会」の設置を要請している。だが、この区間の輸送密度は2000人を大きく下回っている。長谷川社長は「2000人以上のご利用」という前提条件を付けており、輸送密度2000人未満の区間においては当てはまらないと念を押している。

150億円拠出は今後の参考事例になるか

そうなると、城端線・氷見線の事例は今後どの路線に応用できるのか。かつての、あるいは現在の北陸本線と接続している路線のうち、大糸線(南小谷―糸魚川間)、高山線(猪谷―富山間)、越美北線(越前花堂―九頭竜湖間)、小浜線(敦賀―東舞鶴間)はいずれも輸送密度が2000人を下回っている。


七尾線などを走る観光列車「花嫁のれん」(撮影:尾形文繁)

一方で、金沢と和倉温泉を結ぶ観光列車「花嫁のれん」が走るなど観光路線としても知られる七尾線(津幡―和倉温泉間)は通勤・通学の足としても活用され、2022年度の輸送密度は3428人と安泰だ。JR西日本も「現時点で協議会立ち上げなどの動きはない」としているが、将来については決して楽観視できない。

視野をさらに広げれば、ほかのJRの路線にとっても城端線・氷見線の事例は今後の参考となりそうだ。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)