賃貸物件で亡くなった場合、その賃貸借契約をどうするのかと、部屋の中の物をどうするのか(写真:su/PIXTA)

自分が高齢者になり、身体が不自由になったり、認知症になって意思決定できなくなったりする日のことを想像したことがある人はいるでしょうか。いまいる家族やパートナーが頼れなくなるときを想像したことがあるでしょうか。

少子高齢化が進み、2025年には6世帯に1世帯が一人世帯になると言われています。「1億総おひとりさま時代」を生き抜くために今から何を、どのように備えておけばいいのか。

住まいを中心におひとりさまサポートを20年続けてきた司法書士の太田垣章子さんが、多くの経験から選び抜いた30のリスクと対策をまとめた新刊『あなたが独りで倒れて困ること30』。その中から、事例別にご紹介します。

自分には家族がいないし(もしくは、子どもはいるけど離婚後一度も会っていないし、など)、住む家は持ち家でなくて賃貸のほうが気が楽だ。そう考える人は増えています。私も個人的には賃貸派なので、その気持ちは本当によくわかります。

賃貸借契約が相続の対象に?

一方で、賃貸借契約が相続の対象になる、ということをご存じない人がたくさんいらっしゃることも驚きです。

とある家主から、入居者がお亡くなりになったけれど、どうしたらいいのかと相談を受けました。おひとりで、長年住んでいたようです。

最期は体調が悪くて病院で亡くなられたようで、物件そのものは事故物件にはなりませんでした。ただ、部屋の中は入院する前の生活感があるままの状態。勝手に荷物は処分できず、次の人に貸すこともできず、家主は困り果てていました。

賃貸借契約は相続の対象になるので、現在は相続人が契約を引き継いでいる状態です。家主は相続人と、この賃貸借契約を承継するのか解約するのか、そのどちらかの手続きを進めていかねばなりません。

まずは相続人探しから、私の仕事はスタートしました。

入居者は大崎さん(仮名・78歳)。内装リフォームの仕事をご自身でしていました。部屋は2DKの48平方メートル。1人暮らしには十分な広さです。この物件が新築のときから入居したので、かれこれ20年以上住んでいたことになります。

男性の1人暮らしらしく、荷物はそう多くはありません。それでも洋服が好きだったようで、たくさんの服がいたるところにつるされていました。台所もあまり使われてないようで、清掃費用は安くすみそうです。

「自分は天涯孤独だからよ」

それが大崎さんの口ぐせで、「だから人に迷惑かけないように生きていかねばならない」と思っていたとのこと。

ただ、最期のことまでは備えてはいませんでした。

賃貸物件でお亡くなりになった場合、まずはその賃貸借契約をどうするのかと、部屋の中の物をどうするのかという2つの問題があります。こればっかりは自分ではできません。

できるとするならば、自分の死後の手続きを誰かに正式に依頼しておくしかありません。これを「死後事務委任契約」といいます。

部屋を明け渡してから入院

以前、自分が末期がんということを知り、ぎりぎりまで賃貸物件で生活し、最後本当に体調が悪くなる直前に部屋を業者に依頼して空っぽにして、家主に鍵を返してあいさつし、数枚の下着を風呂敷に包んで入院し、翌日にお亡くなりになったという男性がいました。自分の火葬や納骨の費用と手続きまでお寺に依頼し、何もかもを準備していたのです。

この方は、ご自身が知人の借金の連帯保証人になったことが原因で、家族に迷惑をかけ、その結果離婚となり、その負い目がずっと心にあったようです。

わずかな収入から少しずつ娘のために貯金し、自分は慎ましく生活し、誰にも迷惑をかけずお亡くなりになりました。離婚以降、一度も会っていない娘に対して、不憫なことをしてしまったと悔いていたのかもしれません。毎月、数千円のお金が娘さんの通帳に入金されていて、胸が詰まりました。

この完璧なまでの最期は、死んでまで苦労をかけたくない、その一心だったのだと思います。こんな見事な亡くなり方、私はいまだほかを知りません。こんなこと、誰にもできることではありません。だからこそ人は、備えておかねばならないのです。

大崎さんは天涯孤独といっていましたが、離婚した奥さんとの間に1人息子の信二さん(仮名・46歳)がいました。そこで信二さんにお手紙を送ることにしました。

すると手紙を受け取ってすぐ、信二さんから電話がありました。自分が小学2年生のときに両親が離婚し、それ以降、父親とは一度も会っていない、
ということでした。どこに住んでいるかも知らず、何をしているかもわからない。亡くなったと知っても、何の感情も湧いてこないといいます。

「で、……俺に何しろと?」

信二さんからは、迷惑はごめんだよという感情が、むき出しに伝わってきました。私は信二さんに以下のことをお伝えしました。

●賃貸物件を引き継いで住む意向がないなら、解約の手続きをお願いしたいこと
●残置物が不要なら、所有権の放棄書をいただきたいこと
●車が残っているのだが、これをどうするか決めてほしいこと
●そして室内からは1000万円以上の残高のある通帳がでてきたこと

これらを伝えると、信二さんの態度が急に軟化した気がしました。

次の週末、信二さんは大崎さんが借りている部屋に来ることになりました。偶然にも信二さんの自宅から、電車で30分の距離です。こんな近くに別れた息子がいただなんて、大崎さんが生きていたらどう思ったでしょうか。

部屋をぐるっと見た信二さんは、何も要らないと放棄書にサインしました。もしかしたら写真などが出てくるかもしれませんが、それすら不要だといいます。長年存在すら記憶になかった「父親」に対して、今さら何かを知りたいとも思わない、そう口にした信二さんは、淡々としています。

親子といえども、2人の間に歴史がなければ当然のことかもしれません。

事故物件でも相続の対象に

信二さんは賃貸借契約の解約手続きをし、通帳を鞄に入れ、大崎さんの車に乗って帰っていきました。

今回、もし大崎さんが室内でお亡くなりになり、すぐに見つけてあげられず、特殊清掃が必要になれば、物件は事故物件となりました。そうなると家主側の損害たるや、数百万単位の相当な額になります。これらの賠償も相続人が引き継ぎます。

もちろん何もかも要らないと相続放棄することもできますが、その手続きをしなければ、責任を負うことになります。

事故物件にしないための見守り用の機器なども、安価なものがたくさんでてきましたが、その見守りのアラートを誰が受けるのか、という問題があるのです。365日、誰が対応してくれるというのでしょうか。そして何か起こっても、家族でなければ、室内に入室することもなかなか難しいものです。

結局、今の日本の制度は家族がサポートするしかなく、頼れる家族がいなければ、費用を払って見守りをお願いするしかありません。でもそのようなことに元気なうちに備える人はほとんどいません。

だから、何かが起こる可能性の高い高齢者は、部屋を貸してもらえないのです。

それだけではありません。

幸運にも、大崎さんが敷金をたくさん預けていたため、家主側の損失は、荷物処分の費用だけとなりました。本来はこれすら相続人の負担なのですが、その20〜30万円の費用負担のために解約手続きに協力してもらえなかったりすると、家主も大変です。費用を負担してでも、サインをもらったほうがいいケースが多いのも事実です。

信二さんから揉めることなく放棄書をもらえたし、車も持っていってくれたから、よかった……。家主はそう安堵していました。

一方で、この家主さんはこんなにうまくいくことも少ないだろうから、これからは高齢者予備軍に部屋を貸したくない、そんな感情も抱いてしまったようです。

家賃を死ぬまで払えるか

ミズエさん(仮名・73歳)が家賃を滞納しているということで、家主から私のところに明け渡しの訴訟手続きを依頼されました。家主は毎月のように督促しますが、のらりくらりとかわされてしまい、6万5000円の家賃なのに、すでに20万円近く滞納になっているとのことでした。

この話のポイントは、賃借人の年齢が73歳ということ。そして家賃が生活保護の受給レベルより高いということです。

ミズエさんは、まだ働いていました。

その理由はただ1つ。もらえる年金がほとんどないからです。ミズエさんは国民年金の対象で、さらにこれまで年金をほとんど払ってこなかったため、今働いて得る収入だけが頼りです。

73歳の現時点で働いていること自体すごいですし、人生の最後をどこで迎えたいかはライフプランとも関係してきますが、近い将来に働けなくなるときがきっときます。そうなると収入は途絶えます。どうやって生きていくのでしょう……。

あとは、生活保護を受給するしかなくなります。でも生活保護を受給するためには、その受給ラインの家賃帯、つまり5万3000円以下(金額はエリアによって変わります)の物件に住んでいないといけません。

生活保護の受給ラインより高額な家賃の部屋に住みながら、家賃補助は受給できせん。最後のライフラインだからです。

ミズエさんは、もっと早く今より家賃の安い物件に引っ越しをしておかなければいけなかったのです。そうすれば家賃補助が受けられたはずです。
でも人は、先のことをそうそう考えられません。少なくとも高齢になると、多角的に物事を考えるということが苦手になるようです。

73歳という年齢でヘルパーとして働いているのは、体力的にもかなりキツイと思います。仕事を終えて家に帰れば、ただもう何も考えずに体を休めて寝るだけになってしまうのでしょう。

わたしに死ねというのですか?

訴訟の手続きに入ると、ミズエさんは「わたしに死ねというのですか?」と連絡してきました。

もちろんそんなことは、ひとことも言っていません。でも「契約を解除したので、退去してください」と書かれた訴状を読んで、ミズエさんは「もう生きてはいけない」と思ったのかもしれません。

長年住み続けてきたのですから……。そういいますが、賃貸物件の場合、家賃を払わない人に部屋を貸し続けることはできないのです。家主だってビジネスで賃貸経営をしているのですから、家賃を払ってもらえないなら、退去してもらってきちんと払ってくれる人に借りてもらいたい、そう考えるのは当然のことです。

ミズエさんは、法廷では急に弱気になって「ほかの部屋を借りられないし……」と言い出しました。裁判官も同情的にはなりますが、払えない以上、仕方がありません。

たまたまミズエさんの住んでいるエリアは、低所得の方々への居住支援を手厚く行っている地域でした。そういうエリアは、明け渡しの判決書を持って行政の窓口相談に行くと、緊急性があるということで担当者も頑張ってくれることが多いのです。

ミズエさんにもその旨をしっかりお伝えして、窓口へ行ってもらいました。結果として、空いている公営住宅に入居することができました。

民間の賃貸物件は現在、高齢者になると本当に部屋を貸してもらえません。この先は日本の人口がどんどん減り、高齢者が増えてくるので状況も変わるかもしれませんが、劇的に変化するとは私には思えません。

だから目先のことだけでなく、この家賃を自分は死ぬまで払い続けることができのか、ということを考えてほしいのです。

働いている間は払えても、いつか体力的にも働けなくなるときがきます。賃金だって下がることはあっても、高齢者になって上がることは、普通はほとんどないと思います。

長期的に人生設計をすることは、本当に重要なことだと思っています。

先日も50歳前後の夫婦が家賃を滞納しているということで、家主から相談を受ました。2人の収入内で生活ができず、消費者金融からもお金を借りていました。

連帯保証人になっている80歳近いお父さんが代わりに払ってこられましたが、「もう援助を続けるのは無理だ……」となり、訴訟手続きになったのです。

50歳前後の夫婦が家賃を50万円も滞納しているということは、貯金を隠しもっていたら話は別ですが、基本はお金がないということ。この年代で貯金がないというのは、本当に将来が厳しいことでしょう。

貯金がないと生きられない

「老後2000万円問題」ではないですが、ある程度の貯金がないと、最終的には生活保護しか生きる術はなくなってしまいます。

もちろん最後のライフラインですから、頑張った末に仕方がなければ。胸を張って受給してほしいとは思います。それまでにも家賃が払えないなら安い物件に移転する、収入を増やす、などの努力はしてほしいなと思うのです。

お金に追い詰められると、視野が30センチになってしまいます。そうなると、今日の「今」のことしか考えられなくなるのも仕方がありません。


それは高齢者になっても、同じことです。だからこそクリアな考えができるうちに、しっかりと今後をどうしたいのか、そのために何をすればいいのか、考えてほしいのです。

高齢者向けの住宅も、いろいろな種類があります。有料老人ホームから、グループホーム、サービス付き高齢者住宅などなど、たくさんあります。それらを早くから把握しておくのもよいかもしれません。実際に入所を考える時期に選んでといわれても、よく理解できないからです。

どのような種類があって、どのようなメリット・デメリットがあって、自分はどうしたいのかを考え、先に見学しておくのも悪くないと思います。

そしてまずは、今住んでいる家の家賃を最後まで払い続けられるかどうか、現状を把握することをお勧めします。

(太田垣 章子 : OAG司法書士法人 代表司法書士)