選択肢は多いほうがいいとは限りません(写真:CORA/PIXTA)

人間が何かを判断する際に「選択肢は多いほうがいい」と思われがちですが、実際はそうではないことが明らかになっています。

例えば、投資の選択肢を与えすぎると、選べなくなってしまったり、完璧な交際相手を求めて多くの人に会えば会うほど、よい相手が得られなくなったりするケースもあります。

では選択肢の「最適な数」とはどれくらいなのか。イノベーション、選択、リーダーシップ、創造性研究の第一人者であるコロンビア大学ビジネススクール教授のシーナ・アイエンガー氏が解説します。

※本稿は『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義』から一部抜粋・再構成したものです。

レゴを使った実験

私は初めて行った実験のことを、今もありありと覚えている。

スタンフォード大学の博士課程に進んで数カ月経ったころ、全米でも指折りの知名度と評価を誇る、ビング保育園で実験をすることに決めた。窓が1つだけの小さな教室を借り、中央にテーブルを設置して、いろいろなおもちゃを取りそろえた。子どもたちを1人ずつ部屋に招き入れて、彼らがレゴセットを組み立てる様子を観察し、やる気を計測するのがねらいだ。

当時多くの研究が、やる気を高めるために選択肢を与えることの重要性を示していた。私は実験の目玉として、鮮やかな原色のレゴセットをテーブルの真ん中に置き、周りにほかのおもちゃを並べた。

保育園の3、4歳児は、部屋に入ってくると、テーブルの上のレゴセットを見てにっこりし、それから周りのおもちゃを調べた。何分かそうしてから、席に着いた。そして、どの子どもも、レゴやほかのおもちゃを1つも手に取らずに、ただ窓の外をぼんやり眺めるのだった。

なぜなのか、私にはまったく理解できなかった。レゴセットに何か不具合があるのだろうか? おもちゃで遊びたくないのだろうか? 子どもたちは、部屋から出てみんなのところに戻っていいと言われるのを、ただ待っているだけだった。

最初は、私が選んだおもちゃが魅力に欠けているせいだと思った。そこで玩具店を片っ端から回って、子どもたちが好きそうなおもちゃを買い足した。それでもビング保育園の子どもたちは、おもちゃが山と積まれた部屋に入ると、ただぼんやり窓の外を眺めるだけだった。

私はキツネにつままれたような気分だった。たくさんの選択肢に囲まれるという、子どもたちが最もやる気を出すはずの環境で、逆のことが起こっていた。周りに選択肢があふれているのに、子どもたちはただ窓の外を眺めていたのだ。

部屋のおもちゃをレゴだけに絞ってみると…

途方に暮れた私は、ほかのおもちゃを全部片づけて、部屋のおもちゃをレゴだけに絞ってみた。

するとどうだろう? 子どもたちは、部屋に入るなり中央のテーブルに向かい、そこに置かれたレゴセットをじっと見つめると、すぐに組み立て始めた。時間が来ても熱中してやめようとしないので、無理矢理レゴから引き離して元の教室に戻すこともしばしばだった。子どもたちは前と打って変わって、自分から進んで取り組んでいるように見えた。そしてそれは、選択肢が多いからではなく、1つしかないからだった。

繰り返すが、当時の科学界には、やる気を引き出すには選択肢を与えることが重要で、与える選択肢の数は多ければ多いほどよい、というコンセンサスがあった。だが私が目の当たりにしていたのは、それとは正反対の現象だった。

なぜだろう、と私は悩んだ。

時が流れ、ビング保育園での失敗した実験の数年後、博士論文を書き始めた。そして過去の実験を振り返りながら、あの疑問に正面から向き合った。あそこではいったい何が起こっていたのだろう? 私が観察していたのは、科学者がまだ考えたことがない現象なのだろうか? 選択肢が無限にあれば、本当にやる気が高まるのだろうか? それとも、何らかの制約が、とくに上限が必要なのだろうか?

そうして生まれたのが、ジャムの実験だった。

スタンフォード大学の近くに、無限にも思える品ぞろえの高級食材店があった。数百種類のマスタードにマヨネーズ、ビネガー、百種類もの旬の果物と野菜、それに、よりどりみどりのオリーブオイル! まるで選択肢のおとぎの国のようだ。

私は店の入り口を入ったところにテーブルを2台設置して、1台に6種類のジャムを、もう1台には24種類のジャムを並べた。選択肢の多いテーブルのほうが購買意欲をそそるから、当然売り上げも多い、そうだろう?

結果、店に入った人の60%が、24種類のテーブルで足を止めた。6種類のテーブルに立ち寄った人は40%だった。ここまでは想定内だ。

だが次に起こったことが、選択に対する私たちの理解を一変させたのである。24種類のジャムを見た人のうち、実際にジャムを購入した人がたった3%だったのに対し、6種類を見た人の30%がジャムを購入した。

この結果は私が、そして当時までのこの研究分野が予測していたことの正反対だった。

選択肢を与えすぎることの弊害

ジャムの研究が発表された2000年以降、900を超える追跡研究によって、選択肢を与えすぎることの弊害が示されている。

例えば、投資の選択肢を与えすぎると、選べなくなってしまう。医療保険についても同じだ。完璧な交際相手を求めて多くの人に会えば会うほど、よい相手が得られなくなる。エッセイを書く、美術作品をつくるといった、創造性が求められるタスクを行うときでさえ、題材の選択肢が多ければ多いほど、できばえは悪くなる。

それでは選択肢の「最適な数」というものはあるのだろうか? ジャムの選択肢が6つあるのは、2つよりよいはずだ。だが24は多すぎるとわかった。では12ならどうだろう? 15は?

実は心理学者のジョージ・ミラーが画期的な研究によって、すでに適切な数を明らかにしている。

ミラーによれば、人間は選択をする際に、およそ7個――プラスマイナス2個――(ミラーはこれをマジックナンバーと呼んだ)の項目を脳に入れておくことができる。

だがこの数を超えると、認知的過負荷の状態に陥り、混乱してまずい選択をしてしまうか、ジャムの実験のように、まったく選択ができなくなってしまうという。

選択に制約を設けることの価値

発明家や芸術家、音楽家などの、きわめて創造性が高いとみなされる人々も、選択に制約を設けることの価値に昔から気づいている。


彼らは形式や構造の中で作品を生み出し、そうした枠を破っては、また新たな境界を設ける。

もし選択が芸術や音楽のように、創造性の産物だというのなら、この創造性の規律が指針になるはずだ。

偉大なジャズミュージシャンのウィントン・マルサリスも、私にこう話してくれた。

「ジャズには何らかの制約が必要なんだ。制約なしの即興演奏は誰だってできるが、それはジャズじゃない。ジャズには何らかの制約が必ずある。そうでなければただの騒音になってしまう」

あらゆる音楽形式の中で「最も自由」なジャズにさえ、制約があるのだ!

(翻訳:櫻井祐子)

(シーナ・アイエンガー : コロンビア大学ビジネススクール教授)