「ライオンズスポーツアカデミー」の様子(写真:筆者撮影)

10月のある土曜日、埼玉県所沢市の秋草学園短期大学のテニスコートには、親に連れられた子どもたちが続々集まってきた。子どもたちは、グループに分かれて、インストラクターの声に従って体を動かす。

この日はごく初歩の段階で、走ったり、物を取って帰ってきたりしている。インストラクターは命令口調ではなく、子どもが自然と体を動かしたくなるような声掛けをしている。

子どもたちは「Lions」とプリントされたシャツを着ている。まったく野球の臭いはしないが、これは西武ライオンズが主催する「ライオンズスポーツアカデミー」なのだ。

1つの種目に特化しないプログラム

3〜9歳の子どもを対象に、スポーツ科学と幼児教育学に基づいたプログラムを提供するという。カリキュラムによると、1年間を通して7種目以上のスポーツ(野球、サッカー、テニス、バスケットボール、体操、スプリント等)を行う。

さまざまなスポーツを行うことによって「バランス能力」「変換能力」「連結能力」「リズム能力」「定位能力」「識別能力」「反応能力」を身に付けるという。

何か1つのスポーツに特化して上達するのではなく、どんなスポーツをするうえでも必要な、総合的な運動能力を身に付けるということだ。

アメリカの子どもは子どもの頃に複数のスポーツを経験するのが一般的だ。バラク・オバマ元大統領のミシェル・オバマ夫人は、2人の娘に「2つのスポーツをしなさい。1つは自分の得意なスポーツ、もう1つは苦手なスポーツ。得意なところを伸ばすとともに、苦手を克服できるから」と言ったとされる。日本のように「1つのスポーツを追求し続ける」やり方では体得が難しいスポーツの「総合力」を身に付けさせるということだろう。


会員向けシールカード

もう1つは「非認知能力」の開発。スポーツに限らず、人が生きていくうえで必要な「やり抜く力」「創造性」「コミュニケーション能力」「課題解決力」などの能力を伸ばしていく。

「非認知能力」には「自信」「自尊心」「共感力」「創造性」「やり抜く力」「回復力」「コミュニケーション力」などがある。これらの能力を、スポーツ体験を通して高めていくという。

スポーツの動作を通じて「非認知能力」を身につける

この分野については、西武ライオンズは最新のスポーツ科学と21世紀型幼児教育学を融合した取り組みをする教室「biima sports」と提携している。今回子どもたちに接しているインストラクターは、biima sportsの研修を受けた指導者だ。

biima sportsの「21世紀型総合キッズスポーツスクール」は、2021年度スポーツ庁「Sport in Life2021優秀賞」を受賞している。

その「評価ポイント」としてスポーツ庁は以下を挙げている。

・科学的根拠に基づいたプログラムであり、そのプログラムを実践するための全国的な場の開拓、指導者育成プログラムなど単発のイベントや取り組みではない点を評価。我が国のスポーツ参加人口や教育の在り方自体を変えようとする戦略的な取り組みである。
・子どもがスポーツを身近に感じることができ、またそれにより大人も一緒にスポーツができる仕組み。一つひとつの取り組みの質に加えて、それぞれの取り組みが相互に連携して組み立てられている。
・子どもの運動習慣の二極化という課題を解決する挑戦的な取り組み。保護者が家庭でできるようにする工夫も習慣化を促進するのに機能していると思われる。人材育成にも着手しており、高い持続可能性が期待できる。

この日のスクールでも「お宝を取ってくる」などの課題で、インストラクターが子どもたちに考えさせたり、友達と協力させたりするシーンが見られたが、何気ないスポーツの動作を通じて、自然にこうした「非認知能力」を身に付けさせようとしているのだ。

文部科学省は2021年の学習指導要領で「生きる力 学びの、その先へ」という方針を打ち出している。そして「変化の激しいこれからの社会を生きるために、確かな学力、豊かな人間性、健康・体力の知・徳・体をバランスよく育てること」を求めている。

スポーツをするうえでも、単なる「体力」「運動能力」を養うだけでなく、総合的な人間力の養成に役立てることが求められる。

今回の「ライオンズスポーツアカデミー」は、西武ライオンズだけでなく、他のNPB球団が、フランチャイズエリアで展開している「野球アカデミー」とは、まったく性格を異にしている。子どもたちが体験する7種類のスポーツの中には、野球も入ってはいるが、ことさらにここに誘導するわけではない。「未来の野球ファン」を醸成する目的からすれば、かなり迂遠なマーケティングのように思える。

好きなスポーツに進むきっかけに

西武ライオンズの篠原彰太氏は、アカデミー開設の背景についてこう語る。


西武ライオンズの篠原彰太氏(写真:筆者撮影)

「着目したのがアメリカでは主流になっているマルチスポーツです。アメリカでは、アメリカンフットボールの選手が野球に挑戦するといったことが当たり前にあります。

幼少期にいろいろな運動をすることで運動神経の発達に寄与するという点と、いろんな種目に触れる中で、将来やりたいことの選択肢を増やせる点がいいと思いました。3歳から9歳ぐらいの時期が、運動神経が一番発達するとされ、その時期は専門的なことをやるよりも、いろんな動きを経験したほうが、発達が促進されるといわれています。

『ライオンズスポーツアカデミー』で1年間に7種目のスポーツを経験する中で、中学、高校に入って部活を決めるときに、このときの体験から好きなスポーツに進むきっかけになってくれればうれしいです。もちろん、野球を選んでくれればうれしいですが。何の習い事をすればいいかわからない、みたいなお子さまでも参加できるスクールなので、幅を広く持てるのが強みだと思っています」

今回の「ライオンズスポーツアカデミー」にはベルーナドームでの公式戦が無料で見られる埼玉西武ライオンズファンクラブのジュニア会員の権利が含まれている。

また、公式戦におけるフィールドでの特別な体験や、ベルーナドームでのスポーツイベントなどの特典も含まれている。そうしたマーケティング的な「仕掛け」は当然埋め込まれているが、それをあえて大きなアピールポイントにしているわけではないのだ。


西武ライオンズビジネス開発部の加藤大作部長(写真:筆者撮影)

このアカデミーを推進した西武ライオンズビジネス開発部の加藤大作部長は、

「3歳4歳のお子さまに当社の野球アカデミーに入ろうよと言っても、ちょっとハードルが高いので、まず体動かす楽しみを見つけてもらっていろんなことを経験するのが大事と思っています。また、参加したお子さま全員に野球をやっていただこうとは思ってはいません。

中には運動が苦手な方も結構いますが、子どもの頃から身体を動かすことをあきらめてしまうと、運動をしない習慣がずっと続いてしまうので、小さなころから体を動かすことの楽しさを経験してもらえればと思います。インストラクターの方も、ほんの小さなことでもできたら褒めてあげて、伸ばしていく指導方法なので、成果が上がるんじゃないかと思っています」

野球は「昭和型の代表」のように言われるが…

コロナ禍の期間、子どもたちが体を動かす機会は大幅に制限された。運動能力やコミュニケーション能力の低下、自己肯定感の低下などが懸念されている。

早稲田大学は、従来、コロナ禍前まで東伏見のグラウンドを開放して、子どもたちに「野球教室」を行ってきたが、コロナ以後は「野球どころではない」と、「おにごっこ」をメインにした「球場開放」を行っている。

西武ライオンズも「同じ時代を生きる仲間」として、野球だけではなく、地域の子どもの将来をトータルに見守る取り組みを始めたと言えるだろう。

加藤部長はいみじくも語った。

「野球は、『昭和型の代表』のように言われていますが、みんな一生懸命変えようとしているんです。こうした取り組みを推進することが、最終的には野球人口の増加にもつながるのではないかと思っています」

(広尾 晃 : ライター)