介護は1人で抱え込まず、チームでやるのが原則です(写真:buritora/PIXTA)

NHKの『クローズアップ現代』で取り上げられたこともあり、関心が高まっている「ビジネスケアラー」。ビジネスケアラーとは「働きながら介護をする人」のことで、特に団塊の世代が75歳以上となる2025年には、誰もが介護と関わらざるを得ない“大介護時代”が到来すると言われています。「働き盛りの介護」は、もはや他人事ではないのです。

介護と仕事の両立支援サービスを手掛けるリクシス副社長・酒井穣氏の著書『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』から、一部を抜粋・編集のうえ、介護を1人で抱え込まない大切さについて考えてみます。

母の介護を1人で抱えていた男性のケース

ある認知症の実母を介護している男性(実母から見た息子)のケースです。彼は奥さんと子ども2人と一緒に、実母と同居して介護をしていました。

この男性は、実母の認知症の症状によって、家族の気が休まらないことを、常に申し訳なく感じていました。実際に彼はたびたび、そのような言葉を介護職(ヘルパーやケアマネジャー)に対して漏らしていたそうです。

しかし、介護職が奥さんと子どもに個別に介護の負担について聞いてみると、この介護についてはそれほど負担を感じてはいなかったのです。

むしろこの男性が介護を抱え込みすぎていることのほうが心配だと伝えたそうです。もっと家族の皆で考え、協力して介護に向き合えばいいのに、責任感から彼は1人で苦しんでいるように見えたとのことでした。

つまりこの男性の場合は、介護を家族に任せることなく、1人でこなそうとしていることが、かえって家族の精神的な負担になっていたわけです。責任感を持って介護に臨むことは素晴らしいことですが、それだけでは、必ずしも理想的な介護につながるとは限らないのです。

介護職はこの家族の家族会議に同席し、その場で奥さんや子どもに思いを話してもらいました。そしてこの男性が1人で抱えていた介護の一部を、奥さんや子どもとも分かち合う、という合意に導いたそうです。

さらにその場で、家族でやらなくてもよいことも見つけ、適切な介護サービスの導入も実現しました。

もちろん、これだけで認知症の介護からくる負担がゼロになったりはしません。この男性の介護負担がどこまで減ったかは、はっきりしたことは言えません。ただ、この家族は、お互いの気持ちを正直に伝え合うことによって、より優れたチームになれたのではないでしょうか。

介護とはマネジメントである

ここまでの話を読んで「仕事と同じだな……」と感じた人がいたら、鋭いです。1人で仕事を抱え込んでいる人は、意外と成果が出せずに思い悩みます。

それに対して、周囲と上手に仕事を分け合って、チームとして成果を追い求める人は、大きな成果を出しやすいでしょう。経営学者トーマス・ダベンポートが明らかにしたとおり、大きな成果を出す人材というのは、優れた人脈を活用しているものなのです。

ある介護の研究を行う研究者によれば「介護とは、家族と介護サービスのプロによるチーム戦」とのことです。

ビジネスケアラーとして仕事と介護の両立に成功している15名のケースの追跡からわかったのは、優れたマネジャーは、仕事で培ったその能力を用いて、上手に介護の負担を分散していたというのです。

実際にこの研究者が観察したのは、次のようなことでした。

(1)介護者は、家族と介護サービスで構成されたチームのマネジャーであるという意識を持つこと。

現実に、日々のビジネスにおいて、マネジメント経験がある人のほうが「仕事と介護の両立」に成功している。逆に言えば、介護経験は、マネジメントのトレーニングにもなる。

(2)介護とはマネジメントであると理解し、介護に関わる「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」を把握し、それぞれの資源を成長させること。

「ヒト」であれば、介護を支えるための新たな人脈を築き、それを効率的に維持・活用すること。「モノ」であれば、介護負担を軽減させる商品・サービスなどを活用すること。

「カネ」であれば、様々な介護の制度を理解して無駄な出費をおさえ、必要なサービスをよりうまく使うこと。そして「情報」は、介護全体を俯瞰して考えられるような良質なものにアクセスし、学ぶこと。

(3)企業のサポートが必要。企業が、働く介護者のニーズを把握すること。介護に関して相談できる職場の雰囲気を醸成していくこと。

ただし、ビジネスパーソンにとって、自分が介護役割を担っている現実はカミングアウトしにくいことを理解する必要がある。

デリケートな課題であり、ここに対応するには、介護の専門家としての旧来の介護相談窓口では不十分。仕事と介護の両立を支援できる、外部の両立支援アドバイザーなどが必要。

一人ひとりの積極的な働きかけが大切だ

(3)の企業のサポートについては、経産省のテコ入れによって、今後、良い変化が期待できます。これからは、従業員の介護支援(ビジネスケアラー支援)が、健康経営の評価指標になっていくことが決まったのです。人的資本経営の文脈でも、従業員の介護支援は、注目されています。


とはいえ、そうした介護支援が充実するのを、ただ待っているだけではいけません。あなた自身が、こうした企業のサポートを拡充するために、経営者や人事部と連携していくことも重要です。

何事もそうなのですが、ただ、誰かに助けてもらうのを待っているだけではダメで、自らが求める環境を構築するために、周囲に対して積極的に働きかけていくことが重要なのです。

人類史上かつてない高齢化が進む日本においては、誰もがいずれ、仕事と介護を両立するビジネスケアラーになっていくのです。あなたの積極的な働きかけによって、社会が良い方向に進化していくとするならば、あなたの苦労は、きっと報われると思います。

(酒井 穣 : 株式会社リクシス 取締役副社長CSO)