東急の堀江正博社長(撮影:尾形文繁)

コロナ禍による経営危機を脱した東急にとって2023年は次代を担う成長エンジンを手に入れた年でもあった。まず3月に東急新横浜線が開業し、東急線と相鉄線が直通するとともに新横浜への乗り入れも果たした。4月には新宿に東急歌舞伎町タワーが開業し、渋谷に続いて新宿も重要な拠点となった。そして6月には堀江正博氏が社長に就任し、新たな経営の舵取り役となった。新横浜線と歌舞伎町タワーという2つの”武器”を手に東急はどのように方向に伸びていくのか。堀江社長に聞いた。

新横浜線利用者数は「7割程度の達成率」

――3月に開業した東急新横浜線の状況は?

輸送人員は予算と比較して7割程度の達成率。これは目標値を高く設定していたためだ。通常なら新線が開業すると6年くらいは利用客数が右肩上がりで増え続け、その後上昇率のカーブが緩やかになる。当社はそこをアグレッシブに捉えて3年くらいで達成しようという気概で取り組んでいた。6年かかるところを3年でという目標には届いていないが、おおむね順調と思う。

――新横浜線の状況を定期旅客と定期外旅客で分けると?

定期外は横浜アリーナと日産スタジアムのイベント再開が大きい。両施設の最寄り駅である新横浜を利用するお客様がかなり多く、それが需要として出てきている。定期はお客様の転移に時間がかかるという点で定期外よりも動きはスローだ。


2023年3月に開業した東急・相鉄新横浜線の1番列車出発式(編集部撮影)

――転移の動きがスローというのは、たとえば、今までは横浜でJR線に乗り換えて都心方面に向かっていた相鉄線の通勤客が新横浜線に転移するという動きが想定ほどではない?


堀江正博(ほりえ・まさひろ)/1961年12月31日生まれ。1984年慶應義塾大学法学部卒業後、東京急行電鉄(現・東急)入社。2002年東急リアル・エステート・インベストメント・マネジメント社長、2016年東急電鉄(現・東急)生活創造本部リテール事業部長、2020年ビル運営事業部長、2022年常務などを経て2023年6月より現職(撮影:尾形文繁)

試しに新横浜線に乗って「これは便利だ」と感じていただいても、会社に申請すると「いいよ」という場合もあれば、運賃が割高になるケースでは「だめ」という会社もある。そこは時間がかかる。

――東横線や目黒線を使って新横浜に行く人は、今までは菊名でJR横浜線に乗り換えていましたが、新横浜線を使うことで時間が短縮され運賃も安くなり便利になりました。でも本数が少ないと感じます。

コロナ禍のときに作ったダイヤなのでそこは今後改善していく必要がある。実際の需要を見ながら調整していく。次のダイヤ改正のときには少し手を入れる方向で検討している。

――個人的に思うことも1つ。自由が丘から新横浜に行く場合、ホームで新横浜に直通する列車を待っているよりも、その前に来る元町・中華街行きの特急や急行に乗って武蔵小杉などで目黒線から来た新横浜方面に行く列車に乗り換えるほうが早く着きます。自由が丘で「新横浜にお急ぎの方はこの列車に乗るほうが早く着く」とアナウンスしてはどうでしょう。

東横線と目黒線はダイヤ上では乗り換えができるようになっていたとしても、実際には東横線と目黒線の連絡はしていない。だから東横線が遅れると目黒線に間に合わないということは起こりうる。ただ、アナウンスについては少し議論してみる。

「Qシート」田園都市線導入の可能性は

――新綱島駅直結の超高層複合建物「新綱島スクエア」ができました。東横線の綱島駅とも近いですし、このエリアの利便性をどう高めていきますか。

綱島は鉄道とバスの結節点。ここから東急バス、川崎鶴見臨港バス、横浜市営バスが多方面に向けて運行している。ただ、街が開発されたのはかなり前なので、今回をきっかけに再開発の機運が高まっている。

現在バスターミナルが綱島駅1カ所に集中しているが、新綱島駅にバス乗り場が新設されたことに伴い、臨港バスと横浜市営バスのすべての系統と東急バスの一部の系統が12月23日から新綱島発着となる。このような動きが進めば、周辺道路の混雑緩和やバス運行の定時性、新綱島駅の乗り換え利便性が向上し、綱島エリア全体が交通結節点として機能強化される。


東急新横浜線の新綱島駅(編集部撮影)

――有料座席指定サービス「Qシート」が大井町線に続き東横線でもスタートしました。田園都市線に導入する計画は?

お客様に選択肢をご提供するという意味ではいずれかのタイミングでやりたい。ただ、需要の動向を見ながらということになる。足元の混雑状況を見ると、通勤時間帯に設定するというのは、今は難しい。


2023年8月から東横線でも運行を開始した有料座席指定サービス「Qシート」の車内(編集部撮影)

――もう少し混雑が緩和してから?

そう。東横線の場合は8両編成にQシート車両を2両追加している。そのため、Qシートを利用されないほかの車両のお客様にご迷惑はおかけしていない。一方、田園都市線はすでに10両編成であり、これを12両にすることは難しい。10両のまま2両のQシート車両を導入すると、普通の車両は8両になってしまう。ただ、いつかはやりたい。

渋谷はにぎわいが戻ってきた

――コロナ禍の前は、田園都市線の渋谷駅はホームを増設して列車の遅延と混雑解消を図るという検討をしていました。現在の状況は?

議論をやめているわけではないが、コロナ禍前に比べて輸送人員が減っている。また、混雑する時間が分散されていることもあり、喫緊の課題として取り組まなくてはいけないということにはなっていない。実際に工事をする場合は、営業しながらやるため非常にコストがかかる。そのため、便益とのバランスを考えないといけない。

――渋谷の街自体はコロナ前のようなにぎわいが戻ってきました。

かなり早い時期から欧米のお客様を中心に相当戻ってきたという感触はあった、たとえばスクランブル交差点を真下に見下ろせる展望施設「渋谷スカイ」のお客様は9割以上がインバウンド。もはや観光名所だ。

――一方で、ハロウィンのときは「渋谷に来ないで」という異例の呼びかけも。

渋谷には多くのお客様にお越しいただきたい。渋谷でリテールをやられている事業者さんはみなさんそう考えていらっしゃると思う。しかし、ハロウィンのときには騒ぐことを目的として渋谷にお越しになるお客様も中にはいらっしゃる。韓国の例(2022年10月29日のソウル梨泰院雑踏事故)もある。万が一渋谷で無策のまま何か起きたら批判どころでは済まされない。安全性が最重要。今回の渋谷区長の判断は正しいと思う。

――コロナ禍前の渋谷は、夜の観光や娯楽を楽しんでもらうナイトタイムエコノミーという施策を打ち出し、飲食店の深夜営業や終電の延長などが検討されていました。コロナ禍でこの動きが止まりましたが、復活する可能性は?

我々はエンターテインメントシティ渋谷というビジョンを掲げているので昼のエンタメだけでなく、夜のエンタメも充実させたい。渋谷の飲食店は遅くまで開いているが、たとえばハワイでは飲食店だけでなく毎晩ホテルのホールルームでいろんなショーをやっていたり、ワイキキの通りに面したリテールが遅くまで営業したりしている。渋谷も夜をもっと充実させるべき。

――新宿の歌舞伎町タワーは深夜も営業しています。

地下にあるライブハウスは深夜になるとナイトエンターテインメント施設として営業する。毎日ではなく基本的に土、日を含んだ週末が中心だが朝までやっている。

24時間運行の可能性は?

――渋谷にも朝まで遊べる施設があるといいです。


新宿にオープンした東急歌舞伎町タワー(写真:ユウスケ/PIXTA)

夜間のお客様が増えてくれば、事業者さんも徐々にそういう営業体制を取っていくと思う。ただ、課題はやはり人手不足。

――以前ナイトタイムエコノミーの推進が検討されていたときは、深夜営業後を終えた従業員が帰宅しようにも終電がないという問題がネックになっていました。ニューヨーク地下鉄のような24時間運行の可能性は?

24時間運行すると今度はメンテナンスの時間が足りなくなる。かなり無理をしたメンテナンスをすることになるのでそれがコストに跳ね返ってくる。あるいはロンドンの地下鉄のように「この日とこの日は運行を休みます」とできれば話は別だが、それでは利便性を損なう。

また、鉄道だけ深夜運行して、たとえば深夜2時に自宅の最寄り駅に着いたとしてもそこから先の2次交通をどうするかという問題もある。そう考えるとあまり現実的ではない。渋谷でナイトタイムエコノミーという場合は、渋谷に泊まっていただいている観光客、訪問客が対象。必ずしも鉄道やバスの運行とリンクする必要はない。

――渋谷では東急百貨店の本店を閉店しましたが、グループ全体におけるリテール事業の役割とは?

沿線の競争力を強化していくためには鉄道、バス、住宅などが有機的に配合されることが大事だが、沿線にお住まいの人は買い物をする必要がある。そうなるとわれわれとしてはそこにも一定のポジションを提供したい。もちろん全部を当社がやる必要はなく、有力な事業者さんがいらっしゃれば当社は場所を提供する。逆に誰かがやらなくてはいけないが、やる人がいないのであれば当社がやる。そうやって生活しやすい沿線、住みたい沿線にしていくことによって、人口減少時代にあっても沿線人口が維持されるし、場合によっては伸びていく。

――ホテル戦略については?

たとえば渋谷ではホテルが不足しているので、地権者さんがホテルをやりたいとおっしゃることもあれば、当社が開発する施設にホテルを入れることもある。当社の開発事業で出てくるホテルについては、当社が保有することになるが、地権者さんがいらっしゃる場合はマネジメントコントラクト(MC)方式で受託していくことになる。地権者さんにもいろいろなタイプがあって、東急のブランドがいいと人もいれば、東急の名前を付けずに当社に運営してほしいという人もいる。

そこで、外部受託の幅が広がるようにブランドのラインナップを広げる。たとえば、渋谷の「渋谷ストリームエクセルホテル東急」は来年1月から「東急」を外して「渋谷ストリームホテル」にする。来年1月に札幌すすきのに開業するホテルは「札幌ストリームホテル」という名前だ。渋谷は当社の保有で、札幌は賃借だが、今後はMCで受託する場合の選択肢に「ストリーム」ブランドを入れていく。加えて、宮古島、白馬、伊豆といった場所はリゾートホテルブランドとして再編成し、より上質な滞在価値を提供していく。

歌舞伎町や新横浜線を軌道に乗せたい

――最後に2024年の経営方針について一言。

今やっている開発事業についてはしっかりやっていく。一方で今年スタートした歌舞伎町タワーや新横浜線はまだ立ち上がりの段階なので、できるだけ早く軌道に乗せたい。渋谷では東急不動産がやっている「サクラステージ」という複合施設が順次開業していく。これによってJR線をまたいで渋谷ストリームに抜ける通路ができる。


飲食店を中心としたテナントが入居する渋谷ストリーム(編集部撮影)

そうなると人の流れが変わり、渋谷ストリームは今の店舗構成でいいのかという話にもなる。渋谷ストリームのテナントは基本的には飲食店が中心だが、人の流れが変われば物販を入れてもよいのではないかといったことも考えなくてはいけない。こういった既存事業のブラッシュアップも並行してやっていく。既存事業の規模が大きくなってきたのでポテンシャルは結構ある。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)