(イラスト:堀江篤史)

海外に行くと日本人は若く見られる、という話をよく聞く。ただし、外見だけで生涯の伴侶にしたいと思われることは少ないはずだ。本人に「若々しさ」以外の魅力が備わっていることが必要だ。

Zoom画面の向こう側で取材に応じてくれるのはトルコ在住の安田美紀子さん(仮名、47歳)。神奈川県出身の音楽家で、30歳を過ぎてからパリに音楽留学をし、休暇中に訪れたトルコに心惹かれたという。

お相手は11歳年下のクルド系トルコ人

そして、11歳年下のクルド系トルコ人のハリルさん(仮名)と結ばれ、2018年から一緒に住み、私立学園の音楽教員という安定した職も得ている。なぜトルコで、どのようにしてハリルさんと親しくなったのか。美紀子さんから届いたメール文をそのまま抜粋する。

<当時は中近東やアフリカ諸国で一番安全だったトルコのイスタンブールへの旅行を思い立ち、3泊4日のイスタンブール旅行へ行ったのです。その頃はヨーロッパが文化的にも教養的にも一番と思っていましたが、初めてイスタンブールの地に降り立ち、日本ともヨーロッパとも全く違う第3の文化を目の当たりにして、自分はヨーロッパを見て世界を知ったと思い込んでいたけれど、まだまだ自分の全然知らない世界や価値観が存在したのだと自分の無知さに打ちのめされ、すっかりショックを受けました。

そんな中で、たまたま現地で出会った当時23歳の現在の夫と話すうちにすっかり意気投合して、その頃発達しつつあったスマートフォンやSNSを駆使して遠距離で連絡を取り合い、関係が深まって行ったのです>

美紀子さんは話し言葉もほぼこのままで、率直で行動的で理知的な人柄がうかがえる。それが表情にも表れているので、やり手の商人だというハリルさんと惹かれ合ったのかもしれない。年齢と民族の壁を超えて。

ただし、出会ってから結婚に至るまでは日本とトルコの遠距離恋愛が7年間も続いた。双方の家族に相手を紹介することにためらいがあったのだ。美紀子さんはそもそも結婚願望が薄かったと振り返る。

「小学校時代から音楽大学の付属校に通い、音楽一筋な先生方から『恋愛や結婚よりも練習!』と言われながら育ちました。私自身も専門性やキャリアを追求した人生を送ることが望みで、遅ればせながらパリに留学したのも『ヨーロッパ発の音楽に取り組んでいるのだから、その精神的な土壌も含めて学んでスキルアップしたい』という思いが強かったからです。ピアノ教室の講師をして貯めたお金で渡仏しました。当初は2年計画でしたが、フランスは音楽を学ぶ者へのサポートが厚いので4年間も学ぶことができました」

ハリルさんは話しかけてきた商人の中の一人だった

暗黙の了解で恋愛が禁止されていた日本の音楽大学とは異なり、フランスの音楽学校は「音楽は人生そのもの。恋愛を含めてすべて知らなければ表現できない」という考え方。影響を受けた美紀子さんも留学生仲間かつ音楽家仲間の男性と3年間ほど交際した。

「音楽に関しては高め合えるような関係でした。でも、結婚の話は出ませんでしたね。音楽家同士だと視野が狭くなるとお互いに感じていたのかもしれません」

そして、トルコ旅行中にイスタンブールのバザールでハリルさんと出会う。英語や片言の日本語を使って美紀子さんに話しかけてきた多くの商人の中の一人だという。

「最初から彼はちょっと違うな、モノを見る力と売るセンスがある、と思いました。私の好みに合わせて、ポイントをずらしていない商品を英語で提案してきたからです。彼のほうも音楽家である私に興味を持ったようで、連絡先を交換。4カ月後に再びトルコを訪れたら、彼は仕事を休んで友人として旅行をアレンジしてくれました。それでいい感じになり、お付き合いするように。私は日本に戻っていたので、直接会えるのは年に3回ぐらいでしたね。タイなどの第三国で落ち合うこともありました」

ハリルさんはイスタンブール出身ではない。隣国との国境近くにある田舎町出身で、畑作や牧畜を営む一族は結びつきが強く、日本人どころかクルド系ではないトルコ人すらもコミュニティ内には入りづらいという。

「いとこ同士の結婚も普通にあり、昔ながらの家父長制です。女の人が町の外に出ることは少ないので、彼のお母さんはトルコ語を話せません。その必要もないのでしょう」

視野が広がるどころの話ではない。完全に未知の世界である。探究心旺盛な美紀子さんは大いに興味を持ったが、ハリルさんの家族の反対を押し切ってまで結婚しようとは思わない。交際していることだけはお互いの両親に報告することにした。交際が始まって5年後のことである。

トルコ人には親日家が多く、ハリルさんの両親も最初から好意的だった。「トヨタ。頑張り屋。蛇を食べるのか?」などの会話で和やかに交流。8人きょうだいの4番目であるハリルさんには、美紀子さんのいないところで「11歳も年上だというからどんなおばあさんかと思ったけれど、意外と若い」という感想を伝えたという。

今度は日本でハリルさんを美紀子さんの両親に紹介する番だ。ともに教員だった両親は美紀子さんの自主性を尊重し続けていたが、実際は長女が1人で年を重ねていくことを案じていたらしい。人あたりがいいハリルさんは美紀子さんの両親の前でも如才なさと可愛げを大いに発揮して、「この子ならいいんじゃないか」というお墨付きをもらった。

夫婦二人ならば10万円もあれば暮らしていける

ハリルさんは学生時代にイスタンブールで兄と共同生活をしていたことがあり、比較的家事ができる。料理は美紀子さん、掃除はハリルさんというゆるい分担ができている。家計は毎月同じ金額を共同口座に入金して賄っている。

「最近は物価が上がっていますが、夫婦二人ならば10万円もあれば暮らしていけます」

子どもの頃は牧羊の手伝いをしていたというハリルさん。のんびりと穏やかな性格で、演奏会前にはピリピリしている美紀子さんを不思議そうに見ている。

「オペラを観たことも劇場に行ったこともないそうです。芸術家がどのように時間を捻出して1人で芸を磨いているのかも興味深いのだと思います」

美紀子さんから見たハリルさんも新鮮だ。常に仲間と一緒にいて、みんなとコミュニケーションをとりながら商売を続けていることに関心が尽きない。

基本的に違いを認め合い、尊敬し合っている2人。ただし、文化や性格の違いでぶつかることもある。

「トルコ人は全体的に時間にルーズだと思います。相手に申し訳ないとすら思っていないのです。彼は特にひどくて、『20分ぐらい遅れる』と言ってから結局1時間ぐらい遅れて来たりします。小さな工房を経営していて、職人を4人雇っているのに出勤管理をまったくしません。納期を守れないこともあります。私が代わりにうるさく注意していたら、彼から『みんなのストレスになるのでやめてほしい』と言われてしまいました。それでいて日本への事業進出を検討しているんです。ジュエリーのセンスはよくても、留め具が甘かったり納期を守れなかったりしたら日本では通用しないと教えています」

相手を思う気持ちと思いやりを察する心があれば大丈夫

ハリルさんのほうが気になっているのは、美紀子さんの両親が年老いてきたことだ。トルコに呼び寄せて一緒に住むか、もしくは自分たちがしばらく日本で住んで両親の面倒を見るか。どちらかにするべきだと主張している。

「親は私たちの世話になる気はなく、将来的には介護老人保健施設などに入ってもいいと言っています。彼に伝えたらびっくりしていました。イスラムの教えでは、親をそういう施設に入れる人は地獄に落ちるのだそうです」


この連載の一覧はこちら

ハリルさんが工房の日本進出を考えているのは、美紀子さんの両親の近くに住むことを視野に入れているからだ。仕事に家族を合わせるのではなく、家族に仕事を合わせる発想なのだろう。

日本人同士の結婚であっても「文化の衝突」はある。美紀子さんとハリルさんの間にぶつかり合いがあるのは当然だ。でも、相手を思う気持ちと相手からの思いやりを察する心があれば何事も乗り越えられる。

本連載に登場してくださる、ご夫婦のうちどちらかが35歳以上で結婚した「晩婚さん」を募集しております(ご結婚5年目ぐらいまで)。事実婚や同性婚の方も歓迎いたします。お申込みはこちらのフォームよりお願いします。

(大宮 冬洋 : ライター)