青木橋から見た京浜急行電鉄の神奈川駅。横浜駅からは品川方面へ1駅、徒歩でも行ける(記者撮影)

神奈川県横浜市で生まれ育った人は出身地を聞かれると、「神奈川」でなく「横浜」と答えるという。幕末の開国前、神奈川が東海道五十三次3番目の宿場町としてにぎわっていたころ寒村にすぎなかった横浜は、いまや全国の市区町村で最大の人口を誇る。そんな因縁の神奈川と横浜という地名を冠した2つの駅が京急本線で隣り合っている。

京浜急行電鉄の京急本線は東京都心の品川と神奈川県の三浦半島を結ぶ。川崎と横浜の間ではJRと競争をするように走る快特や特急の姿がよく見られる。横浜の手前の3駅は神奈川新町、京急東神奈川、神奈川と「神奈川」が付く駅が連続する。

「神奈川」が3駅続いて横浜

神奈川新町は車両基地に隣接し、特急と普通を乗り換えたり、乗務員が交代したりと、列車の運用上の要。次の京急東神奈川は以前、宿場町らしい地名の「仲木戸」、明治の駅開業当初は「中木戸」と名乗っていた。JR横浜線・京浜東北線の東神奈川駅とはペデストリアンデッキでつながっており、2020年3月に乗換駅であることをアピールして京急東神奈川へ改称した。

一方、神奈川は普通電車でなければ、知らないうちに通り過ぎてしまう小さな駅。京急によると2022年度の1日平均乗降人員は4065人で、同社線72駅(泉岳寺を除く)で最下位になった。少ない順に並べると、71位は安針塚駅(4152人)、70位は京急大津駅(4416人)、69位は逸見駅(4472人)、68位は神武寺駅(5122人)だった。

神奈川駅と対照的に隣の横浜駅は圧倒的に首位。2022年度は27万7855人となった。京急とJRのほか、東急電鉄、横浜高速鉄道、相模鉄道、横浜市営地下鉄と、日本最多の6つの鉄道事業者が乗り入れるターミナルのにぎわいが数字からも見て取れる。

神奈川駅の所在地は「神奈川県横浜市神奈川区青木町1-1」。旧東海道を現在の地図でたどると、宮前商店街を抜け、神奈川駅のそばにかかる青木橋で京急とJRの線路を渡り、保土ケ谷宿方面へ続く。

宮前商店街に面した洲崎大神は源頼朝ゆかりの神社で、青木町の地名は境内にあった御神木の檍(あわき)に由来すると言われている。また、青木橋を渡った先の高台には横浜開港時にアメリカ領事館が置かれた本覚寺。生麦事件で負傷したイギリス人が駆け込んだ寺でもある。周辺は歴史好きが訪れたくなるスポットがいくつもある。


高台にある本覚寺。神奈川駅のホームとは高低差が大きい(記者撮影)

駅舎は神奈川宿にちなんだという和風のデザインが特徴だ。「関東の駅百選」に選ばれている。青木橋の脇に出入り口があり、改札を通って階段を下りると、切り通しの限られたスペースのなかでJRの横須賀線・東海道線・京浜東北線などと並んで窮屈そうに対面式のホームが設けられている。

ホームは改札の下の階にあるが、駅に入るには一度階段を上る必要がある。「今の高さより低いと跨線橋や駅舎外壁が建築限界を超えるため」(同社)という。

横浜側のターミナルがあった

1905年に京急の前身、京浜電気鉄道が品川―神奈川間を開業させたとき、横浜側のターミナルとして「神奈川停車場前」(のちに「京浜神奈川」に改称)、1駅品川寄りに「反町」の駅ができた。一方、東京側のターミナルである「品川」は現在の北品川駅付近にあった。

『京浜急行百年史』(1999年発行)は「京浜間を全通する目的をもっていた京浜電気鉄道にとって、致命的な欠陥の一つは、『東京横浜の連絡電車とはいえ、両市における出発点が甚だまずい』(『東洋経済新報』、1925年11月7日)ところにあった。その自覚があったからこそ、東京市内、横浜市内への乗り入れは、京浜電気鉄道の最大の課題であった」と解説する。


神奈川駅のホームへ行くには改札のある駅舎から階段を下りる(記者撮影)

神奈川と横浜、両駅の歴史は密接に関連する。1872年、日本初の鉄道開業当時の官営鉄道(後の国鉄)「初代横浜駅」は現在の桜木町駅で、途中駅として川崎駅と神奈川駅が置かれた。その後、1915年に現在の高島町交差点付近へ移転したのが2代目横浜駅。1923年の関東大震災で焼失し、現在地(3代目)に落ち着いたのが1928年で、このとき官営鉄道の神奈川駅は廃止された。


横浜方面(画面左)へ下り坂になっているのがわかる(記者撮影)

京浜電気鉄道が横浜駅まで開通させたのは1930年2月だった。同年3月29日、反町・京浜神奈川の中間に「青木橋」の駅が開業、その直後にこちらが京浜神奈川を名乗ることになった。反町とそれまでの京浜神奈川は廃止された。青木橋として生まれた京浜神奈川は1956年に「神奈川」の駅名となって現在に至る。

横浜駅長に聞く神奈川駅

神奈川駅と戸部駅を管轄する横浜駅の齊藤功司駅長は「横浜方面へ下り勾配になっているので最初は電車を停めるのが難しかった」と運転士時代を振り返る。下り列車の前方は横浜駅構内のような扱いとなるため、運転士はほかの駅と違い「第一場内、進行」と指差確認喚呼をすることになっていると説明する。


神奈川駅を管轄する横浜駅の齊藤功司駅長(記者撮影)

駅員は基本的に1人体制で勤務する。「なんでも1人で対応できないといけないのでベテランを配置することにしている」(齊藤駅長)。狭いスペースに建つ駅のため駅員用の寝室は事務室から階段を下りた駅舎の“縁の下”に当たる部分にある。

横浜駅から徒歩で行ける距離にあることも利用者が少ない理由の1つのようだ。齊藤駅長は「駅の近くに住んでいる方か、予備校生しか利用しないのでは。でも、地元密着でのんびりしていてホッとする駅ではあります」と話す。横浜駅を通勤通学で使う人もたまには神奈川駅で降りて1駅分を歩いてみれば、なにか新しい発見があるかもしれない。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)