フルーツポンチ・村上の俳句の授業の様子。エルフ・荒川もサポート(写真:吉本興業提供)

東京大学では、学生の豊かな人間性の形成や、社会で生きる力を養うことを目的に、日常の生活とは異なるさまざまな価値観や文化に触れる体験型教育活動「東京大学体験活動プログラム」を実施している。そんな東大と吉本興業は2021年3月より「知」と「エンターテインメント」をかけ合わせた「笑う東大、学ぶ吉本プロジェクト」をスタートさせた。

その取り組みの中から生まれたのが10月末に実施された「芸人×東大生 特別授業 in 周防大島」だ。東大生の頭脳に、芸人のコミュニケーション力やエネルギッシュな発信力をかけ合わせた「笑って学べるオリジナル授業」のカリキュラムを、両者が力を合わせて作成した。

5教科5時限の授業を実施

授業が行われたのは、山口県の瀬戸内海に浮かぶ周防大島町。周防大島町にある、8つの小学校から33人の6年生が東和小学校に集まった。先生として教壇に立ったのは7人の芸人と東大生6人で、授業は2クラスに分かれて実施された。芸人はそれぞれの得意分野を活かした科目を担当し、東大生との協業で5教科5時限の1日のカリキュラムを考案した。

たとえば、芸能界屈指の動物好きのココリコ・田中直樹は理科を担当。子どもたちに「生まれ変わったらなりたい生き物」をテーマとして投げかけ、地球環境問題と絡めて考えさせた。城マニアで知られるロバート・山本博は社会を担当。東大生をMCにしたコーナー仕立てのクイズ番組形式の授業で、子どもたちを楽しませながら、日本史と周防大島町の歴史について話し合った。

人気番組『プレバト!!』でプロ並みの俳句を読むことで注目されているフルーツポンチ・村上健志は国語を担当。俳句の作り方を子どもたちに伝授したあと、学校内を散策し子どもたちのそれぞれの発見を俳句にした。英語を担当したのは元外資系CAのCRAZY COCO。子どもたちは実践的な英語の発音や、コミュニケーションのコツなどを楽しく学んだ。


フルーツポンチ・村上の俳句の授業の終わりに子どもたちと記念撮影。エルフの2人もサポートで入った(写真:吉本興業提供)

名門・仙台育英高校サッカー部で10番を背負っていたパンサー・尾形貴弘は体育の授業を担当した。芸人、東大生も参加した2クラス対抗サッカー試合を行い、それぞれのチームが一致団結。熱い真剣勝負になった。

これら芸人たちの授業に加え、子どもたちに人気のエルフの2人が全授業のサポート役として参加。各教室で子どもたちの目線にあわせて声をかけながら、一緒に授業を受ける側にもなって、子どもたちの学びをフォローした。

どの授業も基本的には子どもたちに考えさせて発表させるスタイルで、先生となった芸人たちは子どもたちの発言をフォローしながら、合いの手を入れるなど、つねに笑いを交えていた。

最初は恥ずかしがって、控えめだった子どもたちが、しだいに自信を持って発言していく様子が見られ、教室からはにぎやかな笑い声と、積極的に手を挙げる元気な声が響いた。

周防大島町の狙いと抱える課題

今回のプロジェクトを受け入れた周防大島町には、どのような狙いがあったのか。

学校教育だけでなく、子どもたちの生きる力の育成にも注力する同町では、これまでにも地元の有識者などが教壇に立つ授業を取り入れてきた。また、児童数が少ない各小学校の授業だけでは、子どもたちの発想の広がりに限界があるとし、学校同士の合同授業である集合学習も行っている。ふだんとは異なる視点を取り入れることに注力し、子どもたちが多様な考えを持つ力を養うことを重視してきた。

周防大島町・町長の藤本淨孝氏は「エンターテインメントのトップにいる芸人さんと日本の最高学府の東大生による授業を受けることもそうですが、その方々と実際に顔を合わせて同じ時間を共有することが、子どもたちにとって、またとない貴重な経験であり、成長の糧を得る絶好の機会になりました」と語る。

また今回の特別授業では、子どもたちだけでなく、見学する各小学校の教員たちにも、そこから得たものをそれぞれの学校で還元していくことが期待されている。

「町の教育目標の1つに“マネジメント能力の育成”を掲げています。今回の特別授業は、まさにそれを学ぶことができるこれ以上ない場。芸人さんは考えたことを短い時間でいろいろな形として出していく。それを子どもたちが授業で学ぶのと同時に、芸人さんと子どもたちの応答関係からは教員が学べるマネジメントもあります。初めての取り組みですが、子どもたちと教員の双方に新しい視点を与えてくれました」(周防大島町教育委員会の星野朋啓教育長)

教育格差是正へのアプローチも

本プロジェクトのもう1つの狙いには、現代の社会問題の1つである都市部と地方の教育格差の是正に向けたアプローチがある。

周防大島町の6年生は、ひとり1台のタブレット端末が支給され、オンライン環境の教育インフラは整っている。一方、学校外の塾などの学習の場や、地域クラブといった交流の場の数は、都会と比べて少ない。人口の違いにより、子どもたちの社会経験値としては都会と差が出てしまう。

その経験の場を作り出し、地方の子どもたちにふだん得られない学びや気づきを与えるのが本プロジェクトだった。今回のような芸人や東大生との交流から子どもたちが得るものは人それぞれだろう。しかし、将来の選択肢が増えることにつながり、今回の経験がその先の人生を形づくっていく礎になる子どももいるかもしれない。

この日、プロジェクトサポートでボランティア参加していた地元の山口県立周防大島高校の生徒は、「僕たちの高校でもこの課外授業をやってほしい」と話していた。本プロジェクトには意義もニーズもある。これからさまざまな地域で継続していくことが期待される。

一方、東大にとって本プロジェクトは、子どもたちへの授業による“教え”の提供と同時に、東大生のキャンパス外での学びの場ともなる。


特別授業のカリキュラムを作った芸人(上段左からCRAZY COCO、パンサー・尾形、ロバート・山本、ココリコ田中、エルフの荒川とはる、フルーツポンチ・村上)と東大生(写真:吉本興業提供)

国内外を問わず、社会貢献活動や国際交流、地域体験、企業提携など幅広い取り組みを実施している東大の「東京大学体験活動プログラム」は、今年だけですでに80本ほどある。

過去に多種多様なプログラムを実施してきたなかでも、東大生が授業カリキュラムを作って実際に小学校で授業を行うのは、今回が初めての試みだった。

その準備には、東大生と芸人、吉本興業スタッフが3カ月をかけてきた。同プログラムを運営する東京大学の社会連携部・部長の平野裕士氏は、今回のプロジェクトの過程に触れ、「学生は芸人さんの話し方などコミュニケーション力を学ぶことができる貴重な機会になりました。それと同時に、大人たちと3カ月間を通してひとつのことを成し遂げたことが、大きな社会勉強になっています」と話す。

また、はじめは不安だったと明かす東大生は、準備段階について「大学では学べないことを社会で幅広く学んでいかないといけないと感じました」と振り返る。

そして、授業で向き合った子どもたちに対しては「私は勉強が楽しくて東大に入りました。子どもたちが学ぶことを楽しいと思ったら、この先もがんばるはず。学ぶ楽しさを伝えたいです。同時に私自身も学びが楽しいことを再確認できた場でした」と特別授業から得た学びを語った。

1日の最後の印象的な子どもたちの姿

芸人と東大生がともに周防大島町の子どもたちの学びへの熱い思いをかけた特別授業は、1日の最後が印象的だった。締めの全員での記念撮影が終わる頃には、6年生たちから「終わるのが寂しい」という声があちこちから聞こえ、プログラムがすべて終了して解散した後も、多くの子どもたちと保護者が芸人の見送りに残った。


修了式で子どもたちは1人ずつ修了証を受け取り、この日の先生になった芸人、東大生とハイタッチし満面の笑みを見せた(写真:吉本興業提供)

そんななか、この日の“先生たち”は「絶対にまた来てね」という子どもたちの温かい言葉に送られて、手を振りながら学校をあとにした。

子どもたちが目を輝かせる姿からは、この日の授業が特別な思い出になり、1人ひとりそれぞれの心に刻み込まれたなにかがあることを感じさせた。それこそが本プロジェクトの意義であり、町長と教育長が話していた、子どもたちの学校勉強だけではない、大切な人生経験を得る学びの場になったことを示している。

(武井 保之 : ライター)