2023年7月に提携を発表した際のSBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長(右)とパワーチップグループの黃崇仁会長。SBIの半導体事業参入は驚きを持って受け止められた(撮影:風間仁一郎)

「まるで“政商”といった感じですよね」--。

ある半導体関連企業の関係者がそう評したのは、総合金融業を展開するSBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長だ。理由はここぞとばかりにぶち上げた半導体事業参入でみせる北尾会長の立ち回りのうまさにある。

台湾の半導体製造受託企業(ファウンドリー)であるパワーチップと新会社を設立し、日本でファウンドリー事業を立ち上げるとSBIが公表したのは7月初めのことだった。それから約4カ月。10月31日に行われた会見で、全容が明らかになった。

宮城県大衡村にある工業団地に新工場を建設し、2027年の稼働を目指す。必要となる資金は、この第1期投資だけでも約4200億円、2029年に完了する第2期投資まで見据えると総額では8000億円超となる。

新会社にはSBIとパワーチップの2社で過半を出資する。1000億円規模のファンドを立ち上げるなどして、国内外投資家の出資も促す。融資については、メガバンクや日本政策投資銀行と協議をしているという。

「補助金なしにはやらない」と明言

いくら有望産業の半導体とはいえ、8000億円もの巨額資金を調達することは容易ではない。それでもSBIが参入を決めた理由は、無尽蔵とも言える政府支援の存在だ。

「政府からの補助金が前提。補助金が出なければこの事業をやるつもりはない」。北尾会長は会見でそう言いきった。関係者によると、経済産業省との議論が水面下で進んでいるという。会見の場であえて見得を切ったのは、北尾流交渉術なのかもしれない。

半導体産業の強化はいまや国策だ。世界中でサプライチェーンの再構築が行われ、各国が自国域内での製造を強化している。日本政府も兆円単位という空前の予算を計上。半導体関連企業による投資では、投資額全体の3〜5割、数百〜数千億円規模となる補助金の支給が相次いで決まっている。

半導体関連とあらば大盤振る舞いをいとわない政府のこうした姿勢が、異業種であるSBIをも引き寄せた格好だ。「北尾会長は補助金があれば絶対に勝てるビジネスと踏んだのだろう」。金融業界関係者はそう舌を巻く。

そんなSBIに秋波を送ったのが、地域活性化の起爆剤として半導体工場を誘致したい地方だった。

SBIが7月に半導体事業参入を発表して以降、北海道から九州まで31の候補地から誘致があったという。「多くの知事や副知事、地方銀行のトップがみんな(SBI本社に)お見えになった」(北尾会長)。

建設予定地に選ばれたのは宮城県だ。7月の参入表明時から新工場の誘致を行ってきたという村井嘉浩・宮城県知事は会見に駆けつけ、「宮城県が一丸となって支援することを約束する」と喜んだ。

「半導体工場の建設が決まっている千歳と遠くなく、新幹線整備に伴い街が活性化している札幌に比べて、仙台地区はニュースが少なく焦りを感じていた」(地元財界関係者)

ファウンドリー世界最大手の台湾TSMCが工場を建設している熊本や、ニッポン半導体復活のため次世代の最先端半導体の量産を目指すラピダスが工場建設をスタートさせた千歳市。ともに地元の期待は高まっている。宮城が歓迎一色ムードなのも理解できる。

関係の深い仙台銀行にも恩恵

会見では、北尾会長から興味深い発言も飛び出した。「地元にはわれわれと関係の深い仙台銀行がある。できるだけプラスになるようにしたい」というものだ。

SBIは仙台銀の親会社であるじもとホールディングスに17%を出資する筆頭株主。コロナ禍の際に行った実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」の返済が本格化し融資先の経営が悪化するなど、地方銀行は苦しい環境下にある。安定した融資先を確保できる半導体工場建設は渡りに舟だ。

仙台銀は早速プロジェクトチームを発足させる予定だ。仙台銀幹部は「SBIとしては、宮城の足がかりは仙台銀と考えていると思う。できる限りの協力をしたい」と意気込む。

SBIは9月に子会社のSBI新生銀行の非上場化を完了させたばかり。3000億円超の不良債権を返済するためには新生銀をハブにした地銀連携を進化させ、収益力を高める必要がある。そうした面でも半導体事業への進出はシナジーだ。SBIの唐突な半導体進出にはそうした事情がある。

ただ、半導体は多額の設備投資が必要なだけでなく、市況の浮き沈みの激しい産業だ。ビジネスとしての勝算はあるのだろうか。受託製造に特化するファウンドリーは、委託する半導体メーカーがあって初めて成立するビジネス。そこで新会社が狙うのは、日本での車載半導体市場の開拓だ。

車載半導体のストライクゾーンを狙う

半導体のプロセスノード(回路線幅)の単位はナノ(ナノは10億分の1)メートル。新会社で製造するのは55ナノ、40ナノ、28ナノの3つの世代となる。

半導体は世代を表すプロセスノードの数字が小さくなるほどに高性能になっていく。現在量産されている最先端品はiPhoneの最新世代に搭載されている3ナノ。28ナノは10年以上前の世代だ。

だが、イギリスの調査会社・オムディアのコンサルティングディレクターである杉山和弘氏によると、「車載マイコン(半導体)の現在のボリュームゾーンは65〜40ナノ。最先端のもので28ナノ世代」。スマホなどに比べると車載半導体の進化は緩やかだ。

新会社が宮城に建てる工場の稼働は2027年以降。それを考えると、55〜28ナノは車載半導体のストライクゾーンといえるだろう。

加えて、現在の日本の半導体工場の状況を見ても、55〜28ナノというのは供給が手薄になっている絶妙なラインナップだ。


というのも、現在日本で製造できるのはルネサスエレクトロニクスの40ナノ品まで。一方で同社は、最低限の自社工場しか持たない「ファブライト」の方針を掲げており、供給量は十分ではない。2024年の稼働を見込むTSMC熊本工場は28〜12ナノの製造を行うが、こちらは合弁相手のソニーがほぼ全量を自社のイメージセンサー向けに使用するとみられている。

パワーチップは世界シェア2%前後でファウンドリーの中では中堅クラス。最大手のTSMCのように量産体制を整えるために巨額の設備投資費用が必要となる先端品は追い求めず、成熟した世代の準先端品を手がけている。そのようなパワーチップの強みも新会社で生かせる。

唐突にもみえたSBIの半導体事業参入。北尾会長からすると、練りに練った策だったのかもしれない。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)
(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)