栃木県で開業した芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)と筆者のマイカー(筆者撮影)

8月26日に開業した、栃木県宇都宮市と芳賀町を走る芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)は、我が国初の全線新設LRTであり、約15kmの距離が一挙に開通したことだけでなく、公共交通が移動の主役ではない、いわゆるクルマ社会の地方都市で新規に走り始めた鉄軌道であることも特筆される。

マイカー所有が多い栃木県

そもそも栃木県は、全国的に見てもクルマが多い。一般財団法人自動車検査登録情報協会が集計した2022年3月末現在の自家用乗用車(軽自動車を含む)の世帯当たり台数で見ると、栃木県は第5位で1世帯当たり約1.5台を所有している。

それでもいいじゃないかという声もある。しかし宇都宮市も、ほかの多くの地方都市と同じように、人口減少と高齢化が課題になっている。クルマに依存しすぎた社会を続けていくと、さまざまな問題が出てくることは、各方面から指摘されている。


宇都宮駅の西側、市中心部のオリオン通り(筆者撮影)

日本初のLRTを導入した富山市で旗振り役を務めた当時の市長、森雅志氏に取材したときのこと。なぜLRTを導入するのかという問いに同氏がまず答えたのは、市民サービスの低下だった。

マイカーがあれば土地の安い郊外で広い家に住める。商店や飲食店も同じで、郊外の街道沿いに大規模なショッピングセンターやファミリーレストランが次々にオープンする。こうして市街地が拡散し、中心部が廃れるドーナツ化現象が起こる。


宇都宮駅東口から延びる鬼怒通り。道路の中央を芳賀・宇都宮LRTが走る(筆者撮影)

人口が減少する中でこうした状況が進むと、税収は減るのにごみ収集や除雪の稼働距離はむしろ伸びていく。大型商業施設はほとんどが地元資本ではないから、法人税の多くは外に流れていく。よって自治体の財政がピンチになる。これを止めるために、公共交通を軸としたコンパクトなまちづくりを進めたというのが森氏の説明だった。

代替移動手段の確保が課題

高齢化については、2019年に東京池袋で起きた、高齢ドライバーによる死亡事故がきっかけになって、高齢者の運転免許返納が進んでいる。マイカーの代わりとなる交通手段を用意することは、多くの地方都市で喫緊の課題だ。

もちろん渋滞の解消も、LRTの目的に含まれている。今回開業した路線の中ほどにある鬼怒川付近は、以前から朝夕の交通渋滞が激しいことで知られていた。筆者も芳賀町にある本田技研工業(ホンダ)の研究施設に、JR宇都宮駅から送迎バスで向かったことがあるが、朝は例外なく渋滞にはまっていたという記憶がある。


LRTが沿線を通る「ベルモール」の駐車場(筆者撮影)

LRT開業後にも2度、ホンダの研究施設に行く機会があった。初回は週末だったので渋滞回避で公共交通を選び、2度目は平日だったのでマイカーで行った。

週末に公共交通を選んだのは正解で、当方の所要時間が約3時間だったのに対し、クルマで来た編集者は4時間以上かかったという。ところが約2時間で着くはずの平日のマイカー移動も、行きは約3時間を要した。首都高速道路で大渋滞に巻き込まれたためだ。


宇都宮大学陽東キャンパス停留場近くの交差点(筆者撮影)

移動コストは、東京―宇都宮間で新幹線を使うと、高速道路を使ったマイカー移動より少し高くなるが、在来線を使えば大幅に安くなる。マイカーで高速道路を使わなければ、さらに出費が抑えられるものの、時間がかかるうえに不正確で、信号待ちなどがあるので燃料代は高速道路よりかかる。

公共交通のメリットは多い

しかも公共交通は、移動中に食事、睡眠、読書、仕事などが可能。いわゆるマルチタスクである。マイカーの自動運転が実現するのは、現状から判断すればしばらく先のことなので、この点でも公共交通に軍配が上がる。

それでも自分を含めた多くの人が、多大な出費をしてマイカーを手に入れるのはなぜか。いつでもどこでも気ままに動けることが大きいと思っている。

通勤や通学であれば時間が決まっているので、定時性に優れる公共交通がふさわしいが、買い物やレジャーは自由に楽しみたいものであり、荷物も多くなるので、マイカーが向いている。

しかもマイカーにはドアツードアという利点もある。乗り換えは不要だし、駅や停留所から自宅や目的地まで歩いたりする必要もない。地方都市であれば、無料駐車場完備という施設も多いので、移動コストも安く済む。

でも自分で運転することが好きという人は、そんなに多くはないはず。公共交通があれば、そちらを使うという人もいるだろう。宇都宮市や芳賀町ではその動きが現れている。

芳賀・宇都宮LRTは当初、電車の遅れが目立った。これは全扉で決済が可能な交通系ICカードに対し、現金は乗務員がいるいちばん前の扉での決済に限られており、現金利用者が多かったためと事業者は話していた。


清原地区市民センター前トランジットセンター(筆者撮影)

筆者のまわりで聞いても、地方はクルマだけで移動するので、交通系ICカードが使える環境であっても、持たない人が多いという。つまり当初の遅れは、マイカーからの乗り換え客が多く、その後遅れが減ったのは、新たにカードを手にした人が多いからだろう。

開業の効果が見え始めた

このことからも、マイカー移動者がかなり流れてきていることは明らかだ。単に線路を敷いただけでなく、バスターミナルやパークアンドライド駐車場などを備えたトランジットセンターを用意するなどして、ドアツードアに近いモビリティを提供した効果もありそうだ。

そもそもクルマはお金がかかる。ホンダの取材は10月にモデルチェンジした軽自動車N-BOXの取材だったが、軽自動車とはいえ価格はいちばん安くても約165万円であり、乗り続けていくには税金やガソリン代もかかる。LRTは多額の税金を投入して作られたので、自腹を切って買ったマイカーとの比較はフェアではないと言う人もいるだろう。

しかしLRTの1km当たりの整備費は47億円で、これだけ見ると高いかもしれないが、宇都宮市内には1km当たり50億円を超える道路がいくつもある。つまり道路にもLRT並みの税金が投入されている。そのうえでマイカーは所有者も多額な出費を強いられているのである。


ロードサイド型店舗が並ぶゆいの杜地区(筆者撮影)

でも地方都市で、すべての移動を公共交通に任せるのは不安という人が多いだろう。そこで提案したいのは、複数所有の家であれば、それを1台に減らすことだ。1台分のお金をほかに回せるし、実用の部分を公共交通で賄えれば、趣味的な車種を選ぶことも可能になる。

クルマと公共交通は対立関係でない

筆者はフランスのルノーに乗っている。昔に比べたら信頼性は上がったが、日本車に比べればディーラー数は圧倒的に少ない。それでも所有できる理由の1つは、公共交通に移動の多くを賄ってもらっているからだ。おかげで日本車とはひと味違うデザインや走りを満喫できている。


LRTの終点、芳賀・高根沢工業団地(筆者撮影)

自動車と公共交通を対立軸に置く人は今でも多いようだが、競争から共存に考えを変えて、状況に合わせて使い分けるというライフスタイルに切り替えれば、移動の世界が広がるというのが、筆者の持論なのである。


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(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)