ストレスや困難があっても「なんとかなる」と前向きに捉えられるようになるには?(写真:KY/PIXTA)

「首尾一貫感覚(別名:ストレス対抗力)」とは、「ストレスが高い状況にあっても、うまく対処し、心の健やかさを保つ力」のこと。

舟木彩乃さん(ストレスマネジメント専門家・公認心理師)の著書『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』では、この首尾一貫感覚について解説し、不安やストレスがある状況でも心が楽になるこつを伝えています。

前回は「首尾一貫感覚」を構成する3つの要素(把握可能感・処理可能感・有意味感)を紹介しましたが、このうち「処理可能感」について同書から一部を抜粋・編集して解説します。

「資源」を活用して乗り越える

「処理可能感(Sense of Manageability)」とは「なんとかなる」「自分はなんとかできる」というように思える感覚です。私がカウンセリングをしていて、打たれ弱い人、ネガティブな思考にとらわれている人、ストレスフルな状況にいる人などは、この感覚が弱いと感じます。

この「なんとかなる」をもっと詳しく言うと、「自分にふりかかるストレスや障害に対処できるという確信」「問題を抱えたり、トラブルが起きたりした場合にも、 自分やまわりの助けを借りながら、 乗り切ることができる自信」などと言います。

なぜ「なんとかなる」「なんとかできる」「乗り切ることができる」という感覚をもてるのかと言うと、乗り越える際に必要となる「資源」があるからです。

「資源」には、「人脈」「知力」「経験」「お金」「権力」「地位」などがあります。この「資源」はもっていることも大切ですが、タイムリーに引き出せることが重要です。


困難を乗り越えるには「仲間」と「武器」が必要です(イラスト:kikiiクリモト)

私自身は、この「資源」を説明する際に「仲間と武器」という言葉をよく使います。「仲間」は、「人脈」のことです。つまり、人、人間関係ですね。

仕事でピンチに陥ったとき、メール1本で「今、困っていて。これについて何か情報ないかな?」などと聞ける仕事仲間がいたり、「どうしましょうか」と相談したら一緒に考えてくれる上司がいたりすると、「なんとかなる」と思えるものです。

一方で、ブラック企業に勤めてしまって、相談できる相手もなく、上司も「自分でなんとかしろ」と言うだけだったりすれば、「なんとかなる」とは思えず、「どうしたらいいんだろう」「もうイヤ……」という気持ちになるはずです。


人間関係やお金、知力などはストレスを乗り越える力のもととなります(イラスト:kikiiクリモト)

「武器」について言えば、「知力」「経験」「お金」「権力」「地位」などがあげられます。

例えば、「お金」です。自分が担当しているプロジェクトで部下が大きなミスをして損失を出した場合、ギリギリの低予算でやっているなら、「お金が足りない、どうしよう」となりがちです。

一方で、自分にまかされている予算(お金)が大きければ、「その程度のミスならなんとかなる」と思えます。

「権力」「地位」についても同じようなことが言えます。権力や地位があれば、少しくらいのアクシデントや問題が起きたとしても「なんとかなる」「大丈夫」と思えるのではないでしょうか。

窓口で、「アルバイト」には理不尽なことで文句を言うお客さまがいたとしても、自分が「部長」なら、なんとか対応できると思えるものです。

「権力」(この場合、権限)や「地位」があると、解決できる範囲が広いものです。「権力」や「地位」を活用して「解決できる」「なんとかなる」と思えるのも、処理可能感なのです。

経験や学ぶことの重要性

また「経験」や「知力」も「なんとかなる」と思えるかどうかに与える影響が大きいです。これらは「把握可能感」とも連動しています。

「経験」や「知力」によってある程度状況を理解でき、先のことが予測できると(把握可能感)、「なんとかなる」という処理可能感につながりやすいのです。

例えば、面倒な取引先が多い難しい現場に放り込まれたとします。新卒3年目で難しい現場に慣れていない人と、多くの現場を担当し、取引先と交渉を重ねて立て直してきた経験がある社歴15年の人、どちらが「なんとかなる」と思えるでしょうか。

もちろん後者です。これは、「経験」が知恵となって蓄積され、力になっているからです。こうした経験に基づく「なんとかなる」という確信も「処理可能感」です。

いろいろな経験を乗り越え、その経験を知恵として身につけた人は、「これまでの経験上、なんとかなる」とどっしり構えていられるものです。「知力」は、経験から得られるのはもちろんですが、人の話を聞いたり、本を読んだりして、「学ぶ」ことでも備えられるものです。

例えば、詐欺事件に巻き込まれたとします。こうしたときに、以前似たような話を人から聞いていたり、あるいは本を読んで知識をもっていたりしたなら、少しは余裕をもって対処できるはずです。最初にどういった行動をすべきか、どこに相談すべきかがだいたいわかっているので、「なんとかなるだろう」と思えるのです。

小さすぎず大きすぎない負荷

「処理可能感」を高めるにはどうしたらいいでしょうか。

1970年代に首尾一貫感覚を提唱した医療社会学者アーロン・アントノフスキー博士は、処理可能感を高める「良質な人生経験」として、「過小負荷と過大負荷のバランスがとれた経験」をあげています。

「過小負荷」とは、「心理的にほとんど負荷がない、ストレスを感じない状況」のことです。「過大負荷」は、逆に「過度に大きな負荷を強いられた状況」のことで、本人の能力を超えた仕事量や難しい仕事を指示された場合などがこれに当たります。

つまり、「過小負荷と過大負荷のバランスがとれた経験」とは、がんばれば乗り越えられる程度のバランスのとれたストレス下での経験を指しています。

普通に考えると、ストレスをまったく感じない状態が一番いいように思われますが、処理可能感を高めるには適度な負荷やプレッシャーがあったほうがいいことになります。

職場のストレスモデルとして有名なモデルに「仕事の要求度・コントロール度モデル(Job Demands-Control model)」(下図)があります。


仕事の要求度・コントロール度モデルでいうと、「アクティブ(能動的)」の仕事では、やりがいやパフォーマンスが発揮される(出所:『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』)

この図によると、やりがいを保ちつつパフォーマンスを発揮できるのは、「要求度」(上司などから仕事の量や質について期待されていること)と「コントロール度」(期待に応えるために必要な裁量権を与えられていること)の両方が高い状態と言われています。

このような状態のもとで仕事をクリアしていくことが良質な人生経験となって、次にもっと難易度が高い仕事がきても「なんとかなる」(処理可能感)と思えるようになり、より大きな仕事、困難な出来事にも対処できるようになります。

つまり、適度な課題を与えられてクリアしていくことによる「成功体験」が、処理可能感を高めることに大きくかかわっているのです。


処理可能感を高めるには?(出所:『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』)

したがって重圧に耐えかねるような仕事で、結局うまくいかなかったりしたら、処理可能感を培うことにはつながりにくいと言ます。「なんとかなった」経験があるから、次も「なんとかなる」と思えるのです。

小さな成功体験を積み重ねる

一方で、「資料のコピーを100枚、15時までに」などのようなストレスのほとんどない仕事で成功しても、これもまた処理可能感を育みにくいと言えます。

大きすぎず、小さすぎないストレスのかかった仕事を経験し、うまくいくことによって育まれるのが処理可能感です。

この「成功体験」は、人に助けてもらった結果でも構いません。あるいは、座学で学んだ疑似体験であったり、人に教えてもらったりしたものでもいいのです。

例えば、一人で仕事を抱え込んでしまって終わりが見えず、「どうしよう」とパニックになっていた社員Kさんのケースです。上司から「あの仕事は、今日が締め切りでしたよね。どうなっていますか?」と聞かれて、Kさんは「実は、ほとんどできてません……」と答え、泣きつきます。

ここで上司は、「そうか、じゃあみんなで手伝って仕上げようか」と言って、他の社員に仕事をふったり、締め切りを数日遅らせたりして、テキパキと指示を出します。


数日後、仕事は、同僚や先輩に手伝ってもらいながら、無事に終わりました。たしかにKさんは、自分一人では仕事が終わらず迷惑をかけてしまいましたが、みんなで無事に終わらせたことで「成功体験」「できた経験」になっています。

結果、Kさんは、「早めに他の人に助けを求めること」「わからないことは人に聞くこと」「必要なときは上司の力を借りること」などを学んでいきます。

こうした体験からも、「こうすれば、次もできる」といった「なんとかなる」感は培われていくのです。

(舟木 彩乃 : ストレスマネジメント専門家)