2016年に完成した男衾駅の東西自由通路・駅舎。のどかな風景の中に突然現れる(撮影:鼠入昌史)

東京都心から板橋区内を通り、埼玉県南西部のベッドタウンを横断する、首都圏屈指の通勤路線・東武東上線。和光市駅からは東京メトロ有楽町線・副都心線への直通運転も行うなど、その存在感はまったく大きなものになっている。

池袋直通列車から乗り換えた先

そんな東上線が結んでいるのは、池袋―寄居間の75.0kmだ。地下鉄直通列車を含め、都心から乗り入れているのは森林公園駅か小川町駅まで。だから、それよりも先に東上線の線路が続いているなんて、多くの人は思っていないかもしれない。東上線ユーザーでも、板橋区内の人などからしたら、森林公園駅、はたまた小川町駅も十分“最果て”である。

それでも、線路は続いている。小川町―寄居間は10.9km。あいだには5つの駅がある。これらの駅を知らずして、東上線を語ることはできない。「埼玉県大里郡寄居町」という、所在地の名を聞くだけでもローカル感が漂ってくるこのエリア、いったいどんなところなのだろうか。

前回は、小川町駅からはじまって東武竹沢駅、そして2020年に開業したばかりのみなみ寄居駅までを訪れた(2023年10月26日付記事「東武東上線『小川町からみなみ寄居』に何がある?」参照)。今回は男衾駅から旅を再開したい。男衾……いったいどう読んだらいいんですか?

「東武鉄道には読み方が難しい駅がけっこう多いのですが、なかなか読めないし、書けないですよね、『おぶすま』って」

これまた前回に続いて、坂戸駅管区小川町駅長の佐藤修一さんが教えてくれた。かくのごとく難読駅名の男衾駅。ホームは島式1面で、保守用車両などが置かれている側線も。かつては取り扱っていたのであろう、貨物ホームの跡も残っている。周辺はのどかな丘陵上の里山だ。駅の周りは住宅地だが、同時に草木で覆われた一帯もある。


男衾駅構内に残るかつての貨物ホーム(撮影:鼠入昌史)

立派な駅舎の存在感

そんな駅だから、昔ながらの古い駅舎が……と言いたいところだが、さにあらず。男衾駅、まるで立派な新幹線駅かと見まがうほど(大げさ?)の東西自由通路・駅舎が建っている。改札口はホームの端っこに小さいものが1つあるだけなのに……。

「昔は東側に面するだけの駅舎がありました。駅前広場も整備されて、ずいぶんキレイになりましたよね。駅の周りは……自然がメインで何があるというわけでもないのですが、少し歩いたところにスーパーマーケットのベイシアがありますよ」(佐藤さん)


男衾駅東側、旧駅舎正面から続く“旧駅前通り”(撮影:鼠入昌史)


東西自由通路から見下ろす男衾駅南側。奥にスーパーのベイシアが見える(撮影:鼠入昌史)

男衾駅を出ると、里山風景を見ながら進路を西に変える。このあたりで荒川と近づき、川沿いにある県立の「川の博物館」もちらりと見える。そして国道254号をアンダーパスしたところで、鉢形駅だ。

鉢形駅も構内の構造は男衾駅とほぼ同じ。島式ホーム1面があって、線路こそないものの北側には広い敷地が残る。南側にだけにある駅舎へは、ホームから階段を上って降りて。シックな色合いの壁と屋根が印象的な、これまた比較的新しい駅舎が建っている。「川の博物館」にちなんだ水車小屋をイメージしたデザインなのだとか。駅舎のリニューアルは2015年のことだ。


川の博物館にちなみ、水車小屋をイメージしたという鉢形駅の駅舎(撮影:鼠入昌史)


東上線の小川町―寄居間は単線区間。鉢形駅などで交換が行われている(撮影:鼠入昌史)

鉢形城へは寄居駅が近い

「寄居町のみなさんがこの駅に特別な思いを持ってくれているみたいですね。トイレだけを借りに来る方もいらっしゃるようです」(佐藤さん)

鉢形駅の駅前から少し歩くと県道30号線に出る。トラックを中心に交通量の多い道。鉢形駅の名前は、駅の南西、荒川沿いにあった古城・鉢形城に由来するものだという。

「ただ、鉢形城跡に近いのは、鉢形駅よりは終点の寄居駅なんです。きれいに城跡として整備されていて、観光でいらっしゃるお客さまも多いですよ。ちょうど鉢形駅から次の玉淀駅までの間では、荒川も渡ります。撮影スポットになっていて鉄道ファンの姿も見かけます」(佐藤さん)

荒川の河川敷では、夏になると水天宮の花火大会が行われるという。東武東上線の沿線では、朝霞の花火大会に次ぐ規模を誇るという。ふだんは通学の時間帯を除くと混雑するようなことのない東上線の単線区間もこのときばかりは大にぎわい。人員配置を増やすなど、多客対応を行っているそうだ。


荒川橋梁を渡る東上線の車窓から。奥には秩父の山々が(撮影:鼠入昌史)

そんな東上線の端っこ区間のハイライト、荒川橋梁を渡れば、寄居町の中心市街地に入る。いよいよ終点……と言いたいところだが、寄居駅の手前に玉淀という駅がある。


玉淀駅も黒を基調とした落ち着いたデザイン(撮影:鼠入昌史)

1940年代に一旦廃止され、のちに復活したという波乱万丈の歴史を持つ小駅だ。ホームは1面1線、ホームから短い階段を降りれば改札口があって、抜ければすぐに駅の前に出る。

寄居駅へは歩いて行ける

ちなみに、終点の寄居駅は東武鉄道ではなく秩父鉄道が管理している。そのため、この小さな玉淀駅が、東武鉄道が管理する東上線の端っこの駅、ということになる。

「玉淀駅は、実は歩いても寄居駅まですぐ、10分くらいですね。寄居の町には、市川ホルモンというホルモン屋さんがあります。お店の中で焼いて食べることもできますし、ホルモンだけを持ち帰ることもできるんです。近くを歩いていると、おいしそうな煙の匂いに誘われてつい……と、好きな方が多いようです(笑)」(佐藤さん)


玉淀駅のホームに降り立つと、すぐ目の前に改札口がある(撮影:鼠入昌史)

終点の寄居駅は、東武東上線に加えて駅そのものを管理する秩父鉄道、さらにはJR八高線が乗り入れる、埼玉県西部における交通の要衝だ。歴史的にも、江戸時代には秩父往還の宿場町として市場も立つ商業地だったという。だから“何もない終着駅”というわけではなく、駅の周りには小さいながらも味のある市街地が広がっているのだ。


大きな広場の向こうに寄居駅。左奥に見えるのは寄居町役場(撮影:鼠入昌史)


秩父鉄道の貨物列車が寄居駅構内を通る(撮影:鼠入昌史)

3路線が乗り入れる寄居駅は、中央に秩父鉄道、南に東上線、北に八高線とホームが並ぶ。秩父鉄道が貨物輸送を行っていることもあって構内は広大で、周辺の雰囲気とともに“昭和のターミナル”の空気感を漂わせる。

ただ、もちろん3路線とも交通系ICカードを使うことができる令和の駅。橋上の改札の先に、3社それぞれの簡易IC改札機があって、自分が乗る路線のものをタッチする、という仕組みだ。寄居駅を訪れるみなさん、間違えてタッチしないようにお気をつけください。

東上線の底力を秘めたエリア

駅の北側には寄居町役場、南側には駅前広場と今年完成したばかりの拠点施設「Yotteco」などがある。南側からまっすぐ駅前の道を下ってゆけば、荒川を渡った先に鉢形城。市川ホルモンも南側の中心市街地の中にある。ちなみに、佐藤さんは駅のすぐ近くにある食堂のソースカツ丼がお気に入りだとか。

「小川町から寄居にかけては自然が豊かでおいしいものがいっぱいあるんです。ぜひ遊びに来てほしいですね」(佐藤さん)


寄居駅ではいちばん南側を使う東上線(撮影:鼠入昌史)


男衾・鉢形・玉淀各駅も管理している佐藤修一小川町駅長(撮影:鼠入昌史)

東武東上線のターミナル・池袋駅から川越特急に乗れば1時間で小川町駅。そこから4両編成に乗り継いで、だいたい30分も電車に揺られれば東上線の本当の終点・寄居駅に着く。つまり都心から、たったの1時間半。それでいて、ザ・観光地とは違ったのどかな里山風景が広がっている。大ターミナルにベッドタウン、小江戸・川越を抱える東武東上線は、底知れぬ魅力を持っているのである。


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(鼠入 昌史 : ライター)