頂点から暗転のドイツは他山の石 Jリーグの“緊急事態”が証明…急ぐべきはプロより育成現場の環境整備だ【コラム】
怪我人続出のJリーグ、質と選手の健康を保つためにも真夏の開催回避は喫緊のテーマ
夏の終わりにJ1リーグで連覇を目指す横浜F・マリノスは、緊急事態を迎えていた。
ルヴァンカップ準々決勝2戦目を迎えて、センターバック(CB)がエドゥアルドしかいない。170センチと小柄で本来ボランチの喜田拓也が、急遽最終ラインの中央に組み込まれることになった。
酷暑に拍車がかかった今年の夏は、上位陣にブレーキがかかり、一層混迷の度合いを深めている。横浜FMを率いるケヴィン・マスカット監督も「ここ6〜8週間は、故障者も多く、とてもチャレンジングな時間になった」と振り返る。
昨年の横浜FMは、ターンオーバーが可能なほど充実した選手層を武器に、交代枠をフル活用しながら優勝を飾った。だが今年は、特にDFを中心に故障者が相次ぎ「さまざまなオプションが必要」(マスカット監督)になり、相次いで苦肉の策をひねり出さなければならない状況に陥っている。
ただし故障者の連鎖に頭を悩ませるのは横浜FMに限った話ではなく、おそらく大半のチームの指揮官は似たようなフラストレーションを感じているはずだ。この夜、横浜FMに0-3で敗れ、2戦合計では3-5と引っ繰り返された北海道コンサドーレ札幌のミハイロ・ペトロビッチ監督も、忸怩たる想いを吐露した。
「ルーカス・フェルナンデスのようにドリブルで剥がせる典型的なワイドの選手が不在で、得意なサイドからの崩しが生かせなかった」
オランダでピリオタイゼーション理論を確立したレイモンド・フェルヘイエン氏は「サッカーで起こる故障の80%は防げる」と断じている。
「ほとんどの故障は疲労に起因する。疲労につながる動きは、すでに100万回も繰り返してきたはずだ。ところが疲労が溜まると、脳から筋肉レベルへの信号が遅れるから故障してしまう」
もちろん回避不可能な外的要因による故障もあるが、猛暑のなかでの連戦による疲労の蓄積は、選手のコンディション調整にとどまらず、チームのパフォーマンスの質にも大きな影響を及ぼしている。
リーグが発表したデータによれば、J1の平均走行距離、ハイインテンシティー走行距離、スプリント回数など、さまざまな項目で軒並み8月をピークに6月からの4か月間が低下している。もはや加速化しつつある温暖化現象を考えても、Jリーグの質の向上のみならず、最大の財産である選手たちの健康状態を保つためにも、真夏の開催回避は喫緊のテーマだ。
プロより早急な改革が求められる日本の育成年代、質を求める練習など望むべくもない
ただし現在Jリーグが掲げるシーズン移行案が実施されたとしても、どこまで改善されるかは未知数だ。いずれにしても8月初頭の開幕でウインターブレイクを挟むだけなので、酷暑対策に絞ればワールドカップなどが開催される6〜7月の疲労の蓄積を軽減できる程度に過ぎない。
しかしそれでもオフが確保され、基本的に夏はナイトマッチに限定されるプロは恵まれている。むしろ早急に変革を進めなければならないのは、年間を通しても真夏の日中に最も盛んにボールを蹴っている高校生以下育成年代の環境整備だ。
そもそも炎天下に晒されるだけでも危険なのに、そこで質を求めるトレーニングなど望むべくもない。図らずも強度の低下はプロのデータが証明しており、子供の頃から我慢比べのような状況での活動が続けば、世界基準から外れていくのは明白だ。
日本代表の大半を海外組が占めるようになった現在、何より日本サッカー協会(JFA)に求められるのは、その母体となる育成年代の環境整備だ。代表チームは日本に完敗したドイツだが、土台となるプレー環境は数段理詰めに整っている。真夏の活動を制限するためにも、地域大会から全国大会へと常識破りの連戦が続くスケジュールを廃し、成長を促すためにも十分な休養を取る。こうした習慣づけを浸透させなければ、このまま日本サッカーが右肩上がりを続けられる保証はない。
2000年に育成改革を敢行したドイツは、それから14年後に平均24.8歳の若いチームで世界一になった。結局、希望に満ちた頂点からの暗転には10年間もかかっていない。他山の石とする必要がある。(加部 究 / Kiwamu Kabe)