続々とジャニーズCMからの撤退を表明する企業。今後いったどうなっていくのだろうか(写真:東洋経済オンライン編集部)

9月7日の会見から1週間が過ぎ、ジャニーズ事務所の性加害問題が次なる局面に突入しました。

東京海上日動火災保険、アサヒホールディングス、キリンホールディングス、日本マクドナルド、日産自動車、日本航空、日本生命保険、花王などが所属タレントの「契約更新を行わない」「今後は起用しない」などの方針を発表。

12日には経済同友会の新浪剛史代表幹事が「真摯に反省しているか大変疑わしい」「対応は不十分」「国際的に非難のもとになる」などと痛烈に批判し、13日にもいったん起用を発表したモスフードサービスが一転して撤回するなど、“スポンサーのジャニーズ離れ”は加速度を増しています。

その13日、ジャニーズ事務所は、「故ジャニー喜多川による性加害問題に関する被害補償及び再発防止策について」と題した被害救済と再発防止の方針を発表。その内容がさらに物議を醸す状況につながっています。

ジャニーズが打ち出した被害救済と再発防止の方針はどんな内容で、どんな問題点があるのか。これでスポンサーのジャニーズ離れは止まるのか。さらにこの先、ジャニーズ事務所と所属タレントたちにどんな未来が考えられるのか。現在、広告業界やテレビ業界で挙がっている声なども交えて掘り下げていきます。

「人生を懸けて」からのトーンダウン

13日にジャニーズ事務所が発表した文章の内容には、「急速に広がるスポンサーのジャニーズ離れを止めるための緊急策」というムードがにじみ出ていました。

まず「元裁判官の弁護士3人で構成する被害者救済委員会の判断を基に金銭補償を実施する」という内容は信用できる一方で、会見で東山紀之社長が話した「法を超えた救済」の意味は、時効に関すること以外、伝わってきませんでした。

また、「被害者救済委員会に補償金額などの判断を一任する」「運営・判断は弊社から独立性を維持」という方針は、プライバシーへの配慮が見られるものの、「『弁護士3人に任せて事務所側はお金を出す』というスタンス」とも見られない方法。東山社長の「人生を懸けてこの問題に取り組んでいく」という宣言からのトーンダウンを感じさせました。

再発防止策も、CCO(チーフコンプライアンスオフィサー)の設置以外、具体的なものは、ほとんどなし。「同族経営の弊害を排する体制を構築する」と書きながら、社名と株主の問題にはふれず、しかも東山社長のハラスメント疑惑が解消されていないだけに、説得力に欠ける感は否めません。

さらに最も物議を醸しているのが、「今後1年間、広告出演並びに番組出演等で頂く出演料は全てタレント本人に支払い、芸能プロダクションとしての報酬は頂きません」という終盤の文章。そもそもジャニーズ事務所は、ファンクラブ会費とリリースやライブなどの売り上げが大きいビジネスモデル。「ここ数日の流れで失う可能性が高くなった広告や番組出演に固執するより、それを自ら手放すことで印象の悪化を防ぐ」というダメージコントロールの観点が見て取れるのです。

半年間変わらなかった「具体性のなさ」

また、ジャニーズが企業との取引で得られるものは金銭だけではなく、もしそれを放棄したとしても、商品のブランド力や実績は積み重ねられていきます。社名の続行や内部からの社長就任などが批判を招いた会見の時と同じように、今回の文章からも「できるだけ現状維持でいきたい」という思惑がにじみ出ていました。

ただ、現在は多くの情報にふれて賢くなった世間の人々が、そんな企業の思惑に気づいてしまう時代。「自社へのダメージが最小になるようを対応を小出しにしながら」「世間の反応を見ながら」では事態を好転させることは難しいのではないでしょうか。


9月7日の記者会見後、企業のスポンサー離脱が続く(撮影:風間仁一郎)

それ以外でも、「補償受付窓口のURLについては、後日公表させていただきます」「9月中には、人権に関するポリシーの制定など再発防止特別チームが提言した内容に基づいたさらに具体的な再発防止策を公表させて頂く予定」などの文章が、「いかにダメージを抑えるための緊急対応であるか」を物語っていました。7日の会見後に企業やテレビ局などとの関係が危うくなり、危機感を募らせたうえでの暫定的な発表である様子が伝わってきます。

BBCが「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」を放送した3月から約半年。藤島ジュリー景子前社長は5月の動画で、「対応が遅くなった点に関しまして、お詫びいたします」と謝罪しながらも、性加害を「知りませんでした」と語り、具体的な被害救済にもふれませんでした。

その後、8月4日に国連人権理事会、同29日に再発防止特別チームの会見を経て、9月7日にようやくジャニーズ事務所も会見を開き、同13日に被害補償と再発防止策を発表。しかし、この間、具体性に欠ける内容は一貫して変えられず、スピード感の遅さが批判を招く一因になってしまいました。

「企業は人権侵害を問題視しているのに、ジャニーズ事務所は“報酬放棄”という金銭を持ち出した」という印象や、今後の被害者救済には長い時間がかかりそうなことも含め、スポンサーのジャニーズ離れがこれで止まるとは思えないのです。

ジャニーズはファンビジネス推進か

では、ジャニーズ事務所と所属タレントたちには、どんな未来が待っているのか。

民放各局にとって番組のスポンサーとなる企業はビジネスの生命線。広告での起用を控える企業の中には、現在ジャニーズ事務所のタレントが出演する番組のスポンサーとなっているところが多くを占めています。今後その企業が広告とCMの整合性を取るために、「番組スポンサーを降りるか、ジャニーズ事務所のタレントを降板させるか」などの選択を迫られていくでしょう。

ある民放テレビマンに尋ねてみたところ、「どの局もジャニーズ事務所の対応によっては、『バラエティへの出演を更新しない』『ドラマの新たなオファーを控える』というリスクヘッジを考えていると思う」と語っていました。しかし、あまりにもジャニーズ事務所を起用した番組が多いうえに、メディア自ら「沈黙」「忖度」という形で間接的に関与していた後ろめたさもあって、「できるだけ現状維持でいきたい」というのが本音でしょう。

もし広告に加えてテレビ出演が減っていったら、ジャニーズ事務所はファンに向けたビジネスを強化していくのではないでしょうか。ファンクラブ会員への手厚いサポート、リリースとイベント開催の頻度アップ、YouTubeや動画配信サービスへの出演などのファンビジネスを推進。

十分稼ぐことはできる一方で、世間への影響力は限定的なものになり、“国民的アイドルを大量に輩出する事務所”というイメージからは離れていくでしょう。

また、「ジャニーズ」という社名続行を選んだ背景には、そんなファンビジネスへの思いがうかがえました。

7日の会見で藤島ジュリー景子前社長は、「本当にいろいろなことが起きている中でも、まったく変わらず、私どものタレントを応援してくださっているファンの皆様には本当に感謝の気持ちしかございません」「一人ずつのタレントが本当に努力して、そして、それぞれの地位を勝ち取っているので、そこだけは本当に失望もしていただきたくないですし、誤解もしていただきたくないですし、安心してこれからも応援してやっていただきたいと心から思います」などと語っていました。

被害者への謝罪と救済の方針、社長の交代を発表するはずの会見で、わざわざファンに向けて語ったのは、本音もあったかもしれませんが、ファンビジネスという今後の生命線を意識したものにも見えたのです。

「タレントに罪はない」は今だけか

ちなみに現在一部で「広告見送り」を発表した企業の不買運動をうながすような声も挙がっていますが、大きな動きにつながることはないでしょう。

ジャニーズ事務所のタレントを応援する人の中には、「自分の“推し”は不買運動を望んでいないだろう」「ファンの不買運動程度で人権問題は揺るがない」と考えられる常識的な人も多いと思われるだけに、応援の熱が上がっても不買運動の熱は上がらないのではないでしょうか。ファン以外の消費者もそこまでの運動に動くかというと未知数です。


(写真:yu_photo / PIXTA)

では、その所属タレントたちには、どんな未来が考えられるのか。経済同友会の新浪代表幹事は、「(ジャニーズ)事務所で働くタレントの方々には、大変心苦しいことはあるが、他の事務所に移るなど、いろんな手があるのではないか」などと一歩踏み込んだコメントをしていました。

確かに、もし海外のタレントなら、すぐに事務所を移籍して、活動やイメージの影響を最小限にとどめようとするでしょう。また、それ以前に「“子どもへの性加害を認めた事務所のタレント”とみなされることに耐えられない」ことのほうが大きいかもしれません。

民放各局のコメントを中心に「タレントに責任や罪はない」という声が広がっていますが、彼らがその視点で見てもらえるのはジャニーズ事務所の対応が遅く不十分な今だけ。今後は「自らの意思でジャニーズ事務所に残った」という目で見られるだけに、東山社長が「退所した人に圧力はかけない」と明言したことも含め、ジャニーズに残るも辞めるも自己責任となっていくでしょう。

実際、ファンたちの多くはジャニーズ事務所ではなく、所属タレントやグループに愛情を注いでおり、退所しても応援をやめないのではないでしょうか。しかし、問題はジャニーズ事務所のタレントは、その大半がアイドルグループのメンバーであること。グループ間で意見をそろえるのは難しく、さらに退所したらグループ名や楽曲などを使えなくなるなどのリスクがあるため、「できるだけ現状維持でいきたい」と考える人が多いとしてもおかしくありません。

最後に「広告業界やテレビ業界でどんな声が挙がり、何が恐れられているのか」にもふれておきましょう。

私がそれぞれの関係者数人に取材したところによると、まず広告業界で恐れられているのは、「『あのポスター』『このCM』などと拡散されて取り返しがつかなくなる」「前科のように悪いイメージが長期にわたって残る」こと

広告・テレビ業界が最も恐れること

また、世界的にビジネスをしている企業は「ジャニーズという社名自体がすでにNG」であり、国内向けの企業も「熱狂的な一部のファンより、マジョリティとなる一般層の批判を恐れている」と聞きました。性加害は重大な犯罪であるだけに、自社の企業イメージを損なわないためには、目先の経済的な損失を恐れず、中・長期的視野に基づいた対応が必要なのでしょう。

次にテレビ業界が最も恐れているのは、「性加害に沈黙して報じなかったこと」や「忖度を続けたこと」の検証や会見を求める声の高まり。ここまで民放各局は沈黙に関する反省のコメントを公表したほか、報道・情報番組でも「今後の関係性が問われています」「ジャニーズ事務所に人権尊重を求め、注視していきます」などと語るのみで検証や会見は避けています。

さらに、「沈黙」や「忖度」への追及が他の大手芸能事務所にも及び、こちらへの検証や会見を求められることを避けたいのではないでしょうか。もちろん番組や出演者の入れ替えなどは避けたいところですが、それ以上に恐れているのは、今回の件が局を揺るがす責任問題に発展することなのでしょう。

アサヒホールディングスの勝木敦志社長が朝日新聞の取材で、「人権を損なってまで必要な売り上げは1円たりともありません」と語っていました。その通りではあるものの、広告業界とテレビ業界にとっては、イチ取引先というにはジャニーズの存在はあまりにも大きく、ビジネスとしての高度な判断力が問われているのは間違いなさそうです。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)