中国に睨み アメリカ空母打撃群ベトナム寄港の“メッセージ”とは 戦争も今や昔
2023年6月、日米の戦闘艦が相次いでベトナムに寄港。ともに両国を代表する大型艦「いずも」と「ロナルド・レーガン」です。ここにきて、なぜ日米ともにベトナムに立ち寄ったのか、そこには中国を念頭に置いた動きがありました。
強大化する中国海軍に一定の抑えを
2023年6月25日、排水量10万トンを超えるアメリカの原子力空母「ロナルド・レーガン」が、ミサイル巡洋艦「アンティータム」、同「ロバート・スモールズ」とともにベトナム中部のダナンに入港しました。滞在予定は30日までと発表されています。
また、これに先立つ20日には、海上自衛隊の護衛艦「いずも」「さみだれ」の2隻が、ベトナムのカムランに寄港しています。「いずも」は平甲板型、いわゆる空母型の護衛艦で、近い将来改装されF-35B戦闘機を運用する本格的な空母になる予定のため、諸外国ではすでに「日本の空母」といった見方がされています。
こうして見てみると、日米の「空母」が相次いでベトナムへ寄港したことになりますが、その意図はいったい何なのでしょうか。
艦載機の発艦訓練を行う空母「ロナルド・レーガン」(画像:アメリカ海軍)。
端的にいえば、今回の「ロナルド・レーガン」や「いずも」のベトナム来航は、太平洋方面への本格的な進出を狙う中国に対する牽制の一環です。
かつて中国海軍は、その兵力や艦艇の構成から外洋航行能力に乏しい、いわゆる沿岸海軍(通称グリーンウォーター・ネイビー)と見なされていました。大型艦への洋上補給などを行ったり、整然と艦隊行動をとったりすることのできる外洋海軍(通称ブルーウォーター・ネイビー)ではなかったため、太平洋やインド洋など「遠海」への進出は難しく、ゆえに周辺諸国の警戒度も高いものではありませんでした。
しかし1980年代中頃、中国軍は近代化を進めるなかで基本戦略として、第1列島線と第2列島線という、2つの外洋進出ラインを定めます。第1列島線とは、日本の九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島(マレーシア、ブルネイ、インドネシア)などを結んだラインで、この部分は、中国軍がアメリカ軍の進入を絶対に阻止すべきエリア、言い換えれば制海権と制空権を確実にとっておくべきエリアとして考えているものになります。
ベトナムは中国と隣接、だからこそ重要
一方、第2列島線というのは、日本の伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、サイパン、そしてグアム(アメリカ)を抜け、パプアニューギニアに至るラインです。このエリアは、米中が衝突した際にアメリカ軍の西進を阻止すべき場所と定めているものです。
このように、中国は各列島線の内側の制海を掲げて海軍力や空軍力の増強を図ってきました。その結果、今では空母「遼寧」「山東」という2隻の空母を運用し、さらに現在3隻目となる「福建」の艤装を進めています。
西太平洋を航行中の空母「ロナルド・レーガン」。左奥には日本のいずも型護衛艦らしき姿も見える(画像:アメリカ海軍)。
また中国は、ベトナムやフィリピンなどとの間でスプラトリー諸島(中国名、南沙諸島)の領有権を巡っていざこざを起こしたり、台湾(中華民国)に対する大規模な海洋演習や領空侵犯によって圧力を加えたりもしています。
日本に対しても、尖閣諸島周辺での領海侵犯や大量の船艇を送り込んでの圧力など、太平洋進出への足掛かりを求める軍事力を背景にした動きが活発化しており、近年は特に目に余るようになっているといえるでしょう。
このような背景に基づき、周辺国はアメリカを中心として中国海軍の過激な行動を抑制する目的で、さまざまな共同演習を実施してきた経緯があります。特にロシアがウクライナに侵攻を開始した2022年2月以降、中国は同国と関係が深かったため、ロシア寄りの立場をとるなか、侵攻初期にはどさくさに紛れて中国による台湾侵攻を懸念する声もあがっていました。
太平洋波高し、だからこそ日米越での戦略的互恵関係を
中国海軍の近代化とそれに伴う外洋進出の活発化。そしてロシアのウクライナ侵攻に伴う緊張の高止まりを受け、「自由で開かれたインド太平洋」の観点に基づき、直近1か月ほどのあいだでも日本周辺の海域でLSGE23(Large-Scale Global Exercise 2023:アメリカ主催大規模広域訓練23)の一環として実施された日米加共同訓練「ノーブル・レイブン23」や日米仏共同訓練「ノーブル・バッファロー」が立て続けに行われています。
これら訓練に「ロナルド・レーガン」や「いずも」も参加していたからこそ、そこから足を延ばす形でベトナムに相次いで寄港したのです。
つまりこの寄港は、ベトナムには「大国の中国を相手にしてもひとりぼっちじゃないよ」という親善と同国の外交姿勢を応援する意図とともに、対する中国には「小さい国を相手に無茶やればオレら周辺国は黙っちゃいないぜ」という抑止のメッセージ、それぞれの効果を及ぼそうという意味がこめられています。
ベトナム海軍フリゲート「リ・タイ・ト」(右奥)と共同訓練を行う海上自衛隊の護衛艦「いずも」(画像:海上自衛隊)。
今後も、中国の海軍力を背景にした強硬な海洋戦略は続くと思われます。また、北朝鮮に関しては海軍力こそたいしたことないものの、弾道ミサイルを始めとした諸問題が解決したわけではありません。一方、ロシアも太平洋方面の海軍戦力は、いまだ活発に活動を続けています。
このように、たとえるなら「太平洋波高し」の状況下、今回「ロナルド・レーガン」がアメリカの原子力空母として久しぶりにベトナムに寄港したというのは、両国の関係が過去の「戦争の記憶」を越えて、新たな段階に入ったからこそだと言えるのではないでしょうか。
ベトナム戦争終結からもうすぐ50年。アメリカもベトナムも、新時代を見据えて着実に動き始めているようです。