MrBeastは、YouTubeのチャンネル登録者数が世界で3番目に多い1億6000万人に到達しているという、超人気YouTuberです。MrBeastは視覚障碍者に無償で手術を施したり、聴覚障碍者に無償で補聴器を提供したりと、慈善活動のような内容の動画を投稿することがあり、これらがたびたび賛否を巻き起こします。偽善者と罵られることもあれば、聖者とあがめられることもあるMrBeastの正体に、The New York Timesが迫っています。

How MrBeast Became the Willy Wonka of YouTube - The New York Times

https://www.nytimes.com/2023/06/12/magazine/mrbeast-youtube.html

ジェレマイア・ハワードさんは5歳の時に、右目が白内障であると診断されました。ハワードさんは高校3年生の終わりまでに白内障の手術を受けたいと考えていたそうですが、手術費を支払うあてはなかったそうで、「17歳当時、私は白内障の手術に強いストレスを感じていました」と語っています。ハワードさんは父親と妹の3人でフロリダ州にあるトレーラーハウスで暮らしていたため、数千ドル(数十万円)の費用を自己負担する必要がある白内障の手術は、手が届かないものだったそうです。

そこで、ハワードさんは「助けてくれそうなさまざまな組織」にメールを送ったそうですが、どこからも返事はなく、家族のアドバイスで視覚障碍者のための社会保障援助についても調べたそうですが、難解な説明を理解することができなかったとハワードさんは語っています。その後、ハワードさんは友人の勧めを受けて「GoFundMe」を使って寄付金を募ってみることにしたそうです。しかし、集まった寄付金は50ドル(約7000円)未満でした。

しばらく経ってから、ハワードさんはSnapchatで「ハワードさんのGoFundMeのプロジェクトを見た」という見知らぬ人からのメッセージを受け取ります。このメッセージの送信主は、ハワードさんの白内障の手術費用を支払う方法があると語ってきたそうです。このメッセージを信じたハワードさんは送信主との面談に応じ、手術費の負担を約束してもらいます。

それから数週間後、ハワードさんはフロリダ州のジャクソンビルで眼科医のジミー・ドナルドソンさんと、メッセージの送り主の上司であるという25歳のノースカロライナ人、そして超人気YouTuberのMrBeastの3人と対面します。ハワードさんはMrBeastの視覚障碍者1000人をまとめて治療してみた動画「1,000 Blind People See For The First Time(1,000人の視覚障害者が初めて見ることができた)」の参加者として集められていたわけです。

ハワードさんは以下の動画の4分5秒あたりに登場する、NARUTOのTシャツを着用した白人の青年です。

1,000 Blind People See For The First Time - YouTube

動画では手術前のタイミングに、MrBeastから「調子はどうだい?」と声をかけられたハワードさんが、「11年間もチャンネル登録してるよ」とはにかみながらコメント。その後、ハワードさんが生まれつきの白内障で右目が見えないことなどが医者から説明されます。

続いて、5分6秒あたりから術後のハワードさんが登場し、「すべてがクリアに見えるよ」と手術が成功したことを明かしてくれます。さらに、MrBeastは間もなく高校を卒業するハワードさんに大学進学のための費用として5万ドル(約700万円)をプレゼントしており、ハワードさんと家族は涙ぐみながら感謝の言葉を述べる様子が映されました。



この動画が投稿されたのは2023年1月末のことで、記事作成時点ですでに1億4000万回以上再生されています。MrBeastのYouTubeチャンネルでは、2021年11月公開の「$456,000 Squid Game In Real Life!(イカゲームを現実世界で再現してみた!)」という動画が記事作成時点で4億3000万回以上再生されるメガヒットとなっているほか、2億回再生を超える動画が多数存在するため、1億4000万回は大ヒットというほどではありません。

しかし、「1,000 Blind People See For The First Time」は投稿されるや否やソーシャルメディア上で大きな批判を集めることとなりました。

YouTubeやTikTokでLolOverruledという名義で活動している国選弁護人のアレックス・クラべリング氏は、MrBeastの動画を「これは悪魔のような何かであり、それが何かを明確に説明することすらできません」とツイート。しかし、クラべリング氏のツイートにはMrBeastの擁護者からの声が多数寄せられています。





このような「MrBeast擁護派」VS「MrBeastの偽善者ぶりを批判したい人」の舌戦は数日にわたりTwitter上で繰り広げられたそうで、The New York Timesは「Twitterは議論の解決を気楽に行える場として知られているわけではありませんが、それにしてもこの動画は異常に意見の対立を招くものでした」と記しました。なお、「MrBeastの偽善者ぶりを批判したい人」たちの意見を簡単にまとめると、「MrBeastは注目を集めるためだけに手術費用を支払った、つまり、この企画全体が冷笑的で搾取的なものだった」とThe New York Timesは説明しています。

「1,000 Blind People See For The First Time」はTwitterなどのソーシャルメディア上だけでなく、CNN、BBC、TODAY、Peopleといった主要メディアでも取り上げられることとなりました。さらに、アメリカの地元メディアの中には動画に登場した人にインタビューを行うメディアもあったそうです。このような利他的な内容の動画がメディアにより大々的に取り上げられるのは異例であったとThe New York Timesは指摘しています。

しかし、MrBeastは「1,000 Blind People See For The First Time」だけでなく、任意のホームレスに1万ドル(約140万円)をプレゼントする「Giving A Random Homeless Man $10,000」や「Last To Leave $800,000 Island Keeps It(8000万円の無人島に最後まで残った人に無人島あげてみた!)」といった、参加者に無償でプレゼントを行う内容の動画を多数投稿し、人気を獲得してきました。The New York Timesは「これらの動画の驚異的な人気っぷりによりMrBeastはYouTube上でスーパースターとなり、信者の間では聖人とあがめられるようになりました」と指摘。しかし、常々「これらの利他的な動画はMrBeastの心の寛大さからではなく、打算的な部分から作られた動画である」と批判されています。

こういった批判的な意見に対して、ハワードさんは「MrBeastは利益のためだけにやっているわけではありません。彼は次に助けようとしている人のために慈善活動を行っています」「活動内容を真剣に考えると、それは本当に驚くべきものです」と言及。

一方でThe New York Timesは「YouTubeの世界では、最も『悪魔的』なコンテンツが最も成功を収めることがよくあります。MrBeastを際立たせているのは、彼の動画が『気持ち悪い』と感じさせることではなく、その気持ち悪さを彼が自ら表現していることにあります」と指摘しています。



The New York Timesは「MrBeastの何が魅力的なのかを正確に理解するのは難しいかもしれません。MrBeastは気さくな態度と魅力的で間抜けな熱意を持っていますが、テレビですぐに活躍できるようなカリスマ性は持ち合わせていません。また、彼は特に面白いわけでも、話が上手なわけでも、身体的に印象的なわけでもありません。25歳の白人ノースカロライナ州人全員の平均的な顔を作成した場合、おそらくMrBeastのような顔になるでしょう」と言及し、MrBeastがごく普通の人物であると指摘。そんな普通の人間らしさがYouTube上ではMrBeastのカリスマ性にもつながっているとThe New York Times。

そんなMrBeastは、ほぼすべての競合を破ってYouTube上で最も人気のあるチャンネルを構築しています。MrBeastよりもチャンネル登録者数が多いのは、インドのレコードレーベルが運営するチャンネルと子ども向けのチャンネルであるCocomelonのみで、2023年にはこれらのチャンネル登録者数を追い抜くことは確実です。そのため、The New York Timesは「MrBeastはすでに『YouTuber』と呼べる個人が所有するYouTubeチャンネルとしては最大のものです」と記しています。

MrBeastはYouTubeの仕組みを理解することに熱心に取り組んでいることで知られています。MrBeastは10代のころの私生活について「朝起きてYouTubeについて勉強し、動画について勉強し、映画制作について勉強して寝る。それが私の人生でした」とBloombergに語りました。また、別のインタビューでは「YouTubeに夢中だったので、友達はほとんどいませんでした」とも語っています。

MrBeastは高校卒業後に自分と同じようにYouTubeに取りつかれた人たちのグループと一緒に「YouTube上で人気の動画とは何か?」や「何が良いサムネイルなのか?」について研究していた時期があるそうで、当時の作業を振り返りながら「1000枚のYouTube動画のサムネイルを取得し、サムネイルの明るさと動画再生数の間に相関関係があるかどうかを確認するなどの作業を行っていました。再生回数が1000万回を超えた動画ではどのくらいの頻度でカメラアングルがカットされているかなども調査しました」と語っています。

MrBeastの「何がバズるか?」に関する理解力の高さはYouTube以外にも応用されており、同氏は「MrBeast Burger」というハンバーガーショップや、「Feastables」というチョコレートバーブランドビジネスを立ち上げ成功させています。

なお、MrBeastの動画の特徴のひとつが、「動画タイトルにゼロが多く含まれる数字が使われる」という点であるとThe New York Timesは指摘。

$1 vs $1,000,000 Hotel Room! - YouTube

視聴者が増えるにつれ、MrBeastはスポンサーシップで多くの収入を得るようになり、この資金を定期的に動画につぎ込み、ドライブスルーに1000回行ったり、7万ドル(約980万円)の金色ピザを作ったり、50万ドル(約7000万円)の飛行機のチケットを購入したりと、動画企画の規模を少しずつ大きくしていきました。

MrBeastによると、多額の資金を投入して作成した動画の中でも特に印象に残っているのが数百台のリーフブロワーを使って人体を浮かせることに挑戦した「Trying To Fly Using Only Leaf Blowers」という動画だそうです。こういった種類の動画はとても影響力が高く、のちに「junklord(無駄、クズ)」コンテンツと呼ばれるYouTubeの一大カテゴリにまで成長していきます。

MrBeastは今でもjunklordコンテンツを投稿しており、1年以内に投稿している動画の多くがこのjunklordコンテンツです。

Hydraulic Press Vs Lamborghini - YouTube

金銭を配る動画も多く投稿しているMrBeastですが、「1,000 Blind People See For The First Time」は「MrBeastのチャンネル登録者以外」に金銭を配っているという点がこれまでの動画とは大きく異なる部分だそうです。この動画は資金を慈善活動に利用し、この慈善活動をコンテンツとして消費し、そしてこのコンテンツを次なる資金源に変えるというYouTuberとしては理想的なサイクルを実現しているため、The New York Timesは「MrBeastブランドの神格化のようなもの」と表現しています。