「総火演」はエンタメか 陸自の名物イベント一般公開中止もネット配信 “見せること”の意味
一般公開の中止が発表されて初の「総火演」。「ミリタリーファン向けのエンタメであり、自衛隊本来の任務ではない」といった意見も聞かれますが、インターネット配信は行われました。“見せること”にはどのような意味があるのでしょうか。
総火演の目的は
2023年3月31日付の陸上幕僚監部のニュースリリースが、ちょっとした波紋を広げました。「令和5年度以降の富士総合火力演習について」と題し、2023年度以降、富士総合火力演習の一般公開は行わないと発表したのです。
富士総合火力演習、略して「総火演」は、実弾を使った最大の演習であり、1966(昭和41)年から一般公開も行われていました。最近では入場券の入手が困難となり、滅多に当選しないことからプラチナチケットとさえいわれたほどです。
観客席前で射撃する10式戦車小隊。観客で一杯の演習場で安全に実弾射撃するには大変な練度が必要だ(2018年8月26日、月刊パンツァー編集部撮影)。
2020年からは新型コロナウイルス感染拡大の影響で一般公開が中止されていたこともあり、制限が緩和された2023年以降はどうなるのか注目されていました。結果、一般公開は無くなりましたが、インターネットによるライブ配信は行われており、現場の迫力は感じにくいのですが、天候の変わりやすい吹き曝しの演習場よりはるかに快適な環境で観覧でき、見どころを見逃すこともありません。
この対応については様々な意見があるでしょうが、入場券の違法転売や会場のキャパシティ、事前準備など、演習場に一般観客を何万人も集めることは、運営の負担が限界に近づいていたことも事実でしょう。
総火演がこれほどまでに人気を集める大きな理由は何といっても実弾射撃の迫力です。目の前に並んだ戦車が一斉に射撃すると、音だけでなく空気の圧まで感じられます。総火演の目的は、2023年度の説明資料によると「各学校等の学生に対し、領域横断作戦及び統合運用の要素を含めた普通科・野戦特科・機甲科の火力戦闘等、陸上作戦の様相を認識させ、学生教育の資とするとともに、多次元統合防衛力の骨幹としての陸上自衛隊の役割について、国内外へ情報発信し、陸上自衛隊に対する更なる理解と信頼を獲得する」とあります。現職自衛官でも、各種装備品の実弾射撃を見る機会は限られているのです。
射撃機会が多かった中距離多目的誘導弾
派手な実弾射撃を見せる戦車や火砲は主役のようですが、毎年の演習規模や演目、使用装備は時々の情勢で変化しています。実際の戦い方の変化を反映してか、「領域横断作戦及び統合運用の要素」となる「宇宙」「サイバー」「電磁戦」が強調されるようになりました。電子戦装備や無人機が主役に移り、戦車や火砲の派手な射撃は少なくなって、絵面的には地味になった印象です。
事実上最後に一般公開された2019年8月の富士総合火力演習(2018年8月24日、月刊パンツァー編集部撮影)。
2023年の総火演で筆者ら(月刊パンツァー編集部)が注目したのは、中距離多目的誘導弾(中多)です。新装備ではありませんが、今年は射撃機会も多くその特徴をよく見せてくれました。ロシア・ウクライナ戦争では「ジャベリン」などの対戦車ミサイルが注目されましたが、中多もジャベリンに勝るとも劣らない有力な国産の火器です。
中多は対戦車ミサイルですが、戦車や装甲車だけでなく、舟艇や非装甲目標、火点潰しにも使用できます。システムはコンパクトで高機動車1両に収まり、1秒間隔の連続射撃で同時多目標への対処能力に加え、撃ったらすぐに移動する撃ち放し能力を有しており、LOAL(発射後ロックオン)まで可能という優れもの。無人機と組み合わせた戦場ネットワークが構築できれば、頼りになる支援火器として有効な火力戦闘が期待できます。総火演では射座の1両が別目標に連続して誘導弾を命中させ、その性能を示しています。
中多は各普通科部隊に配備が進んでおり、石垣駐屯地など離島防衛にはコンパクトで最適な装備です。ロシア・ウクライナ戦争では対戦車ミサイルばかりが喧伝されていますが、兵器の相関関係はじゃんけんのようなもの。戦車や火砲も必要であり、限られたリソースとアセットのバランスをどう取るかの問題です。
重要な情報発信の場
筆者ら(月刊パンツァー編集部)が総火演の取材を始めたころは、戦車や火砲が火力戦闘の主役であり、射弾数は今より多いものでした。ひたすら射撃の迫力で観客を驚かそうとしているのではないかと思ったほど。しかし総火演の目的は先述の通り、ただ実弾射撃の迫力を感じさせることではありません。
東日本大震災が発生した2011年の総火演で「がんばろう東北」というノボリを掲げる90式戦車(2011年8月28日、月刊パンツァー編集部撮影)。
「総火演なんて一部のミリタリーファン向けのエンタメであり、自衛隊の本来任務ではないのでやめてしまえ」という意見には賛同しません。観客を入れた狭い射場に、実弾を装填した特性の異なる戦車や装甲車、火砲、航空機などが、秒単位で統制され次々に進入しては射撃し退場するというのは、とても高い練度が必要なことです。また、未舗装で吹き曝しという過酷な会場で何万人という観客を整理誘導するのも、実は災害時の避難誘導訓練の意味もありました。
総火演はエンタメではなく観客まで参加する“演習”であり、自衛隊の練度や日本の防衛力を推し量る指標として、世界の軍事関係者は注目しています。東日本大震災が発生した2011(平成23)年でも総火演は実施されています。それにはどんな災害が起きても日本の防衛力は動じないという、世界に向けた強いメッセージが込められていたのです。
「多次元統合防衛力の骨幹としての陸上自衛隊の役割について、国内外へ情報発信し、陸上自衛隊に対する更なる理解と信頼を獲得する」ために、インターネットを通じて発信していくのは時代の流れだと筆者は思います。