INSIGHT NOW! 編集部 / インサイトナウ株式会社

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渋谷の東急本店が閉店し、池袋の街をつくってきた西武百貨店も終焉を迎えつつある。

バブル期から長年日本の文化を支えてきた主役が終わろうとしているのだから、百貨店というスタイルは終焉すると言えるのかもしれない。経済成長時代からバブル期を知る人たちにとってみれば、こういう日が来ることなど、まったく予想できなかった。

一億総中流と言われた頃がやはりピークだったのだろうか。

みんなが一歩上を目指して、「お客さま」扱いしてくれる百貨店に、家族総出で出かけて行ったものだ。

バブル期だからとはいえ、みんながお金を持っているわけでもなかったのだが、明るい未来を想像し、将来のお金をどんどん遣った。

百貨店は不動産会社?

しかし、バブルは崩壊し、リーマンショックも経て、徐々に社会は階級化していき、一般庶民にとっては百貨店で買えるものがなくなっていった。ファストファッションの台頭はさらに拍車をかけ、人々の足は百貨店から遠のいていった。

お得意の文化事業に人は集まったが、イベント会場に直行直帰する人ばかりとなり、もはや販促にもならなくなった。

さらに、いまではほとんどのメーカーやブランドがオンラインショッピングを行い、いろいろなセレクト系のサイトが存在しているなかでは、もはや百貨店での買い物の合理性はあまりない。

陳列商品も限られているし、基本価格は同じだ。

いくつかの百貨店は、すでに不動産賃貸事業をベースに経営が成り立っているのだが、昨年は、松屋が銀座コアビルを44億円でヒューリックへ売却したとの報道があった。売却となれば、事業の縮小、消滅への一歩なのか、ビジネスモデルの転換なのか、いずれにしても、これまでの百貨店とは様相が大きく変わっていくのは間違いない。我々世代が昔から感じていた、「特別なハレの場としての百貨店」というイメージは、もはやなくなってしまうのだろうか。

なんとバブル越え。百貨店のV字回復

ところが、誰もが百貨店は終わりと思っていたなか、伊勢丹の好調っぷりが報道された。

三越伊勢丹HDが5月9日に発表した2023年3月期連結決算によれば、高級ブランド品などの仕入れ相当額を含む総額売上高が1兆884億円(前期比19.3%増)と3年ぶりに1兆円台を回復。営業利益も前期比で約5倍となる296億円となり、コロナ禍前の2019年3月期を大きく上回った。旗艦店の伊勢丹新宿本店の売上高は3276億円とバブル期の1992年3月期以来、31年ぶりに過去最高を更新。バブルの象徴とまで言われたのだが、そのバブル期を超えたのだ。

コロナ前にも好調期はあったが、その頃は中国人を中心とした多くの観光客が、爆買いを繰り返し、ある種の特需が起きていた。しかし、今回の好決算は、それほど多くの訪日客でにぎわったことが原因ではない。また、日本人の来店者数も、コロナ前に完全に戻ってはいない。では誰が支えているのだろうか。

ここのところの好調っぷりを支えているのは、「外商」だという。

つまり、富裕層とのビジネスだ。コロナ禍でも日本の富裕層(野村総合研究所が定義する富裕層は金融資産1億円以上)は、確実に増加しているという。コロナ禍で、収入格差はさらに広がったと言われ、外国人の訪日数が減り、一般層の来店数も伸びないとなれば、生き残りをかけた戦略は、これしかないだろう。

外商部門は、まさにこの富裕層を相手にビジネスをしているのだが、絵画や芸術品から、ファッションのトップブランドまで幅広く商材を持つ百貨店にとっては、本来、得意中の得意なビジネスだ。来店数が2〜3割減ろうとも、売価が倍になればいいのだ。一億総中流時代での、「ひとつ上の暮らし」提案から、富裕層への本物の「一流の暮らし」の提案ができるのが、いまの百貨店外商ということなのだろう。

三越伊勢丹HDの今回の好決算は、富裕層対象ビジネスが、成功への第一歩を踏み出せたことを物語っている。この先は、間違いなく、この成功を足掛かりに、富裕層ターゲットのビジネスへと舵をきっていくのだろう。

とはいえ、富裕層相手のビジネスと言っても簡単なことではない。客の持つ高尚でストイックなニーズに応えながら、独自の商品を提供しなければならない。

そして何より必要なことは、顧客層の拡大、つまり、若年層(といっても50歳以下)の取り込みだろう。往年の百貨店外商の顧客は、日本の資産家の多くがそうであるように、高齢者が多く、その子ども世代への拡大が何よりマストだ。

時代に合わないと言われて久しい百貨店だが、本来持つ自分たちのコンテンツを見直せば、自然にたどりつく戦略と言えるのかもしれない。目先にとらわれず、これからも、百貨店にしかできない提案を継続し、日本の百貨店が、世界のなかでも注目される存在になってほしいものだ。