2023年3月21日、戦争中のウクライナを岸田首相が電撃訪問しました。ポーランドから鉄道で陸路向かったとのことですが、キーウに住んでいた筆者からすると、鉄道を選んだのも理解できるようです。同地の交通事情や鉄道事情を紐解きます。

庶民の味方 ウクライナの夜行列車

 日本の岸田首相が2023年3月21日、ポーランドから鉄道で10時間をかけウクライナを電撃訪問しました。なぜ敢えて鉄道を? と思うかもしれませんが、現地の交通事情からすると、ごく自然な選択肢でしょう。

 日本では新幹線の延伸や飛行機の充実、高速バス路線網の拡充などにより、長距離の在来線特急、とくに寝台特急については日本でその姿をほぼ見ることがなくなりました。しかし世界的には、まだ新幹線のような「超特急」と呼ばれる列車は少数派で、長距離移動する場合、寝台列車などを多用する機会が多く見受けられます。筆者(大久保 光:レーシングライダー)が過去に長く滞在していたウクライナも例外ではなく、違う街に行く際には寝台列車や在来線の特急をよく利用していました。


2017年8月のキーウ中央駅で撮った長距離列車。行き先は不明(大久保 光撮影)。

 そもそも、ウクライナで長距離移動する際には大きく分けて、飛行機、バス、鉄道という3つの選択肢があります。ただ、多くの人々が選ぶのは鉄道です。

 なぜなら、飛行機は移動時間こそ短いものの、チケットが高額で平均月給があまり高いといえないウクライナでは、とても庶民が普段の移動手段で使えるものではないからです。またバスは、チケットこそ安いものの郊外の交通インフラがあまり整備されていないウクライナでは乗り心地などが良くなく、時間も結構かかるという問題点を含んでいます。

 こうした理由から、多くの人々は長距離移動の手段に鉄道を選んでいます。首都キーウと各主要都市は鉄道で結ばれており、多くの列車が行き来しています。またチケットもそれほど高くなく、とくに寝台列車は夜間、ベッドで寝ながら移動でき、朝には目的地に到着しているため人気で、早々と満席になることも多いほどです。

寝台列車のチケットはベッド単位

 ゆえに、寝台列車はウクライナの長距離移動において代名詞的存在と言えるでしょう。ウクライナでは、2020年時点でも旧ソ連時代から受け継いだ寝台列車が数多く使用されていました。ただ、これらは外見こそ古いものの、その多くが中身をリニューアルしているため、長距離移動でもストレスを感じにくい快適なものになっています。


2019年2月のハルキウ(ハリコフ)中央駅の正面出入口(大久保 光撮影)。

 寝台列車には大きく3つのクラスがあります。いちばん高いものは1部屋2つのベッド、2番目のものは1部屋4つのベッド、そして最も安いものは1部屋6つのベッドという構成です。ちなみに、いちばん高い部屋と最も安い部屋では、乗車区間にもよりますが、約5から6倍ほどの値段の違いがあります。

 基本的に、チケットは1つのベッドを予約する形であり個室ではないため、ひとりで乗車する場合は、赤の他人と一緒になることがほとんどです。しかし、それも旅の醍醐味のひとつであり、一緒の部屋になった人たちと色々な話をしたりすることができるので、筆者的にはそんなに悪いものではないと思っています。もちろん、盗難などのリスクもあるため、そのあたりは気をつけなければなりません。

 筆者はよく、首都キーウから東部のハルキウやスラビャンスクへ向かう際に利用していました。キーウ〜ハリコフは夜行列車で6時間ほど。キーウ〜スラビャンスクは12時間ほどで行くことができました。なお後者のスラビャンスクは途中駅にあたり、列車自体はキーウ〜コンスタンチノフカ間を走っていました。

最新高速列車なら所要時間は従来の約半分!

 一方、昼間にウクライナ国内を長距離移動する場合に利用するのが、特急列車です。ただ、従来はその多くが電気機関車で客車を引っ張る、いわゆる客車列車タイプで、長い所要時間を必要とするものでした。

 しかし、近年その状況が改善されつつあります。まず2010年、ウクライナ鉄道(ウクライナ国鉄)が韓国の現代ロテム社に新型車両を発注し、翌2011年から近代的な特急列車の運用が始まりました。


2018年8月のキーウ駅で撮ったハルキウ行きの特急列車。韓国製の最新型で、前面中央にはメーカー名を表す「Rotem」の文字が見える(大久保 光撮影)。

 この列車は「HRCS2型」電車といい、冬にはかなり極寒となるウクライナの気候風土にも対応している、まさにウクライナ鉄道向きの特急車両です。この車両は、それまで昼間の在来線といえば客車列車がほとんどだったウクライナにとって画期的なもので、最高速度160km/hを武器に、移動時間の大幅な短縮を成し遂げています。

 なお、座席は普通車とグリーン車の2ランク仕様。また、軽食を購入できる売店が設けられた車両もあり、長距離移動に適した車内となっています。普通車は2+3の5列、グリーン車は2+2の4列で、多くが9両編成で運用されています。

 キーウ〜ハリコフ間を約4時間、キーウ〜スラビャンスク間を約6時間で結ぶため、前出の寝台列車と比べると大幅に移動時間が短縮されていることがわかるでしょう。ほかにもキーウを中心にウクライナ第3の都市、リヴィウやオデーサ、ヘルソンなど、拠点どうしを結ぶ都市間高速列車として運行されており、ウクライナにおける長距離移動の大幅な時間短縮に貢献しています。

 なお、これらはロシアによるウクライナ侵攻(ウクライナ戦争)が始まる前の2017年から2021年の経験を元にまとめています。戦争が終わり、これら鉄道によるウクライナ旅行を楽しめる日が再び訪れることを心待ちにしています。