コロナで大きく落ち込んだ旅行業界、そしてバス業界が期待を寄せる「インバウンド復活」、実際のところどうなのでしょうか。今後も増えると見込まれる外国人旅行者を誘致するには、まず、関係者が“頭を切り替える”必要がありそうです。

コロナ前の半分以上まで上がってきたインバウンド

 コロナ禍により大きく落ち込んだ訪日外国人(インバウンド)の数ですが、2023年2月は、日本政府観光局(JNTO)の速報で、コロナ前(2019年2月)の約57%まで回復しました。東京や大阪、福岡などの街では外国人の姿を相当見かけるようになりました。

 バス業界では、3月1日から成田空港と酒々井プレミアム・アウトレットを結ぶ路線が運行を再開。全国でも珍しい「ターゲットがほぼ外国人のみ」という路線の復活に、コロナ禍の終焉を実感します。


コロナ前の京都のインバウンドツアーのイメージ(成定竜一撮影)。

 国別にみると、ベトナムやインドネシアからが増加した一方、中国からはコロナ前の5%程度に留まります。旅行会社による団体ツアーの比率が大きかった中国人が減った分、全体では、FIT(個人自由旅行)の比率が大きく上がっています。

 もっとも、旅行者の旅慣れやビザ発給要件の緩和などにより、FIT比率は以前から上昇しており、変化が加速したにすぎません。団体ツアーであれば、旅行会社が手配した貸切バスで観光地や宿泊施設へ直行していましたが、FITは公共交通などで移動します。求められるバスサービスも変化しており、またその内容は目的地のタイプにより異なります。

東京や大阪 大都市で求められる“商品”とは

 まず東京や大阪などの大都市では、現地参加型ツアー、いわゆる「着地型ツアー」の充実が求められます。東京から富士山や箱根、大阪から京都や奈良といった観光地を日帰りまたは1泊程度で回る近郊ツアーのほか、日本酒の酒蔵巡り、茶の湯や座禅体験といった体験型のツアーなどです。

 JTBのグループ会社による「サンライズツアー」がトップシェアを握る分野です。他の大手旅行会社も以前から参入を表明していましたが、今のところ積極的な動きは見えません。海外での販売力においてJTBに一日の長があるということでしょう。また関西を中心に、韓国系旅行会社による着地型ツアーも再開されています。

「はとバス一強」ではなくなっている都内ツアー

 旅行会社が企画、集客し貸切バスをチャーターして実施する着地型ツアーと似たサービスで、バス事業者自身が国から許認可を得て運行する「定期観光バス」も重要です。

 都内では長らく、はとバスの独壇場でした。近年、日の丸自動車興業が、屋根のない二階建てタイプの車両を用い、車窓見学だけで立ち寄り観光をしない、いわば「準・定期観光バス」に後発参入し、訪日客にも人気です。

 同社はさらに3月から、東京と京都で、決められたコースを周回運行し、旅行者は観光地で自由に乗降し観光する「スカイホップバス」の運行も再開しました。地下鉄など公共交通機関が充実した日本の大都市では、乗降自由の「ホップオン・ホップオフ」タイプのバスはなかなか成功しないのですが、両都市での結果に注目です。

 東急トランセは、東急グループの拠点である渋谷地区を巡る、「狭域型」ともいえる定期観光バスを運行します。車内ではGPS技術による自動ガイドシステム「U・feel」、下車後は「ON THE TRIP」街歩きガイドという2つのIT技術を活用し、多言語で、エンターテイメント性の強い案内を提供するのが特徴です。「都市観光」に焦点を当てた新しいタイプのバスサービスと言えます。


渋谷の定期観光バスとして登場した「SHIBUYA STREET RIDE」(画像:東急トランセ)。

地方で「AIデマンド交通」を駆使する外国人

 大都市以外の観光地は、大きく2つのタイプに分かれます。まず、スノーリゾートやビーチリゾートなどの滞在型リゾート地は、国際空港から直行する高速バスのニーズがあります。

 コロナ前から、北海道の新千歳空港〜ニセコは3社が競合。沖縄の那覇空港から美ら海水族館のある本部半島へは、新規参入2社の路線が好調で、それを見た老舗事業者が慌てて路線を開設したという経緯があります。いずれも、ほぼコロナ前の水準まで便数を回復しています。長野県の白馬へは、羽田空港内の新しいバスターミナルから直行路線が新設されました。

 それに加え、地区内の移動確保も重要です。白馬村では、AIが最適なルートを判定し個人客が相乗りする「白馬ナイトデマンドタクシー」を実証実験として無料運行したところ、1日当たり200人近く、目標の2倍以上の利用がありました。国内客は滞在期間が短く、また宿での夕食を好みますが、FITの場合、夜は「街へ繰り出す」のです。

周遊ニーズは「乗り放題」でつかみ取れ?

 白馬における夜のデマンドタクシーは、実は宿側の課題も解決するものです。「スキーブーム」終焉から30年。ペンションのオーナーの高齢化が進み夕食作りは負担が大きく、「泊食分離」は渡りに船でもあります。

 こうしたデマンド交通は、「訪問先ごとに専用アプリをインストールする」のが壁となり、多くの地域で定着していません。しかし白馬では、滞在期間の長さに加え、飲食店への送迎業務が負担となっていた宿泊施設が積極的に告知してくれることが功を奏し、事業の継続と有料化が決定しました。

 一方、温泉や歴史的景観などを売りとする周遊型の観光地へは、空港からの直行バスの成功事例はほぼありません。代わりに、最寄りの大都市から、公共交通を乗り継いで快適に旅行できる「観光回廊(コリドー)」の形成が肝心です。高速バス路線や現地の交通の充実、およびそれらを含む観光用の乗車券設定や告知が重要となります。

 湯布院や高千穂など九州内の高速バス・路線バスが乗り放題となる「SUNQパス」は、いわば「面」の乗車券です。一方、名古屋〜飛騨高山〜白川郷〜金沢を中心とする観光回廊「昇龍道」で、各区間の高速バスの乗車券、現地の路線バスフリー乗車券などをセットにした「昇龍道フリーバスきっぷ」は「線」の乗車券です。さらに公共交通と現地での体験型アクティビティなどをパッケージ化した、名鉄観光サービスの「みつけたび」シリーズも中部地方を手始めに他地方にも広がりつつあります。


飛騨高山の高山濃飛バスセンター。コロナ前は外国人旅行客であふれていた(成定竜一撮影)。

 このうち「SUNQパス」の強みは、業界用語でいう「手離れがいい」点です。現地の旅行会社は券を売るだけでよく、高速バスの座席予約は旅行者自身に任されています。販売が簡単なため旅行会社が大量に売ってくれるのです。これは、九州内の高速バス路線網が充実していて、満席でもすぐに次便があるなど、現場対応は大変とはいえ、「そのとき任せ」できるからこそ可能です。

 他の地方では専用の予約システムをわざわざ構築した例もありますが、FITは緻密に旅程を組んで事前に予約してくれたりはしないものです。

待ってちゃ来てくれない! 狙うべき“国”は

 一方の「昇龍道フリーバスきっぷ」は、より具体的に周遊ルートを提示している点、「みつけたび」は、旅行会社のノウハウを活かし食事やアクティビティの手配まで完結する点が特徴で、こちらの方が合っている地方が多そうです。

 いずれの場合も、ただ待っていては観光客は来てくれません。地域の魅力や、逆に不利な点を理解した上で、ターゲットを定めて告知や販路づくりをする必要があります。


コロナ前にも人気だった中国人向け「昇龍道フリーバスきっぷ」(画像:名古屋鉄道)。

 バス事業者の海外プロモーションを代行するオーエイチ(東京都渋谷区)の高橋英知社長は、「周遊型観光地の場合、お勧めするターゲットはタイだ」と言います。日本各地の空港へLCCの路線が充実しておりFIT比率が大きいこと、滞在期間が長く様々な地域を訪問する旅行者が多いことが理由です。既に、濃飛バス(岐阜県)がタイ語のパンフレットを新たに制作するなどの動きがみられます。

 またインバウンド向けの施策は、国や自治体の補助を受けやすいことから「AI」や「MaaS」など目新しいキーワードに飛びつく傾向があります。しかし、バス乗務員ら現場まで上手に巻き込めなければ、本当の「おもてなし」など実現しません。

 さらに歴史を振り返ると、日本の観光産業は国内の団体旅行により成長し、インバウンドも団体ツアーの受け入れから拡大しました。国内客は1〜2泊程度の旅行が多いため、お隣の観光地は「ライバル」ですし、団体ツアーの場合、旅程を決めるのは旅行会社なので、つい「旅行会社をもてなす」ことになりがちです。

 しかし滞在期間が長いFIT誘致には、地域全体で協力し、かつ旅行者一人ひとりに焦点を当てる必要があります。

 日本の観光産業は、実は根底から事業モデルの転換を迫られているのです。