50代の生理的変化と、勉強の「障壁」について紹介します(写真:ふじよ/PIXTA)

仕事、働き方、健康、家族……。

“成長”が1つの指標だった40代のころまでとは打って変わって、自身の役割や立場、環境に大きな変化が訪れる50代。そんな50代からの勉強法は、目的によって異なります。

『五〇歳からの勉強法』では、それぞれの目的別の勉強法を概説するとともに、前頭葉の機能低下などによる意欲の低下など、この年代特有の生理的障害をあげ、その対策についても述べています。本稿では同書より一部抜粋のうえ、50歳からの勉強の「障壁」についてお届けします。

60代では、知能は低下しない

わたしたちが一般にいだく高齢者のイメージ──運動機能が低下し、動作が鈍い、歩行速度が遅い、記憶力、判断力など、知能テストの点数が落ちる、といった症状は、実は、75歳以上の方に見られはじめるものだ。なかには、80代まで変わらない人もいる。

少々古い調査で恐縮だが、通称小金井研究と呼ばれる、小金井市の一般住民の調査でも、73歳の段階では、いわゆる動作性知能も運動知能も、平均で100を超えている。

これは、1980年代後半、小金井市に住む70代の高齢者300人を選び、WAIS成人知能検査を行い、3年間の追跡調査をしたもの。

知能の因子構造については言語性知能、動作性知能、言語的記憶、図形的記憶の4因子が示され、いずれも、3年後も落ちなかった。


(画像:『五〇歳からの勉強法』)

上のグラフにあるように、一般に動作性知能は年齢によって低下していくことが認められているが、逆に言語性知能については、歳をとっても維持されるのである。

つまり、60代は、知能という点では、4、50代とさほど変わらない。歳をとったからといって、頭が使えないとか歩けなくなるわけではない。

問題は、頭を使うのがおっくうになったり、歩くのがおっくうになったりすることなのだ。

50歳からの勉強を考えるときに、最初に知っておかなければならないのは、この意欲の問題である。意欲をどう維持するかが、最大の課題となる。

一般に、50代半ばあたりから意欲が低下しがちになる。これは、前頭葉の老化と、男性ホルモンの分泌量の低下がその主な要因だ。これらは、個人差はあるものの、40代後半から始まる。

とくに、男性ホルモンの低下は、ダイレクトに意欲に影響する。

代表的な男性ホルモンであるテストステロンは、もともと、意欲や気力、攻撃性、好奇心と密接な関係を持つホルモンだからだ。


(画像:『五〇歳からの勉強法』)

一方、前頭葉には、次の2つの働きがあるとされる。

1つは、感情のコントロール。大脳辺縁系で生まれた怒りや不安などを、前頭葉が処理してくれる。もう1つの働きは、意欲と創造性だ。

これに対し、計算や図形は頭頂葉、言語理解は側頭葉が担っているとされる。

早い話が、WAISの知能テストのうち、言語性IQとされるものは側頭葉の機能を測るものであり、動作性IQとされるものは、頭頂葉の機能を測っているわけだ。それらの働きは、60代になってもさほど低下しない。だから、知能は低下しないのである。

前頭葉の機能とは?

結果的に前頭葉の機能が明らかになったのは、いまからさかのぼること80年ぐらい前、エガス・モニスというポルトガルの医者がロボトミーという手術を発明したことによる。

当時、治療法がなかった重度の統合失調症患者に対して、前頭葉を脳のそのほかの部分と切り離す手術を行ったところ、それにより主要な症状であった凶暴性がなくなったのだ。しかし、それ以上に驚かれたのは、前頭葉の一部を切り取っても知能検査の点数は1点も落ちなかったことだった。

この時点で、前頭葉は通常の知能を司るものではないので、一部を切り取っても問題ないと考えられるようになった。そして、知能を落とさず凶暴性だけをコントロールできる、このロボトミー手術の発明によってモニスはノーベル医学・生理学賞を受賞した。

ところがその後、その手術を受けた人間が、ひどい意欲低下に陥ったり、感情のコントロールが悪くなったりしたことから、手術をした医師たちが恨まれ、殺される事件が何件か起こった。モニス自身も銃撃され、脊髄損傷で車いす生活を余儀なくされる。

ダニエル・ゴールマンの『EQ─こころの知能指数』の冒頭で紹介されている、事故で前頭葉の部分を損なった弁護士のケースもそうだ。かれの場合も、損傷した前頭葉の一部分を切除する手術を受け、手術は大成功、知能テストの点数も同じく1点も落ちなかった。ところが、感情のコントロールができない、意欲が続かないということで、結局、社会的には廃人同様となってしまったというのだ。

このように、前頭葉をほかの部分と切り離したり、一部を切り取ったりすることで、意欲低下や感情のコントロールの障害が起こるケースは、その後も脳腫瘍などの術後のケースでも、数々報告された。こうして、結果的に前頭葉の機能が解明されてきたというわけだ。

いまでは、ピック病(現在は前頭側頭認知症の一部とされる)という前頭葉が強く萎縮する認知症では、やはり人格変化や情性欠如、感情や衝動のコントロール不良のほか、同じことを繰り返してしまう常同行為が問題になっている。

また、前頭葉に重症の脳腫瘍や脳出血があると、「保続」という症状が出ることも知られるようになってきている。

例えば本日は何月何日と聞かれて、正答できるなら記憶力や見当識にはほとんど問題がない。ところが保続があると、生年月日を聞かれても同じ日を答えてしまう。

317+785=1102と暗算で答えられたら、計算力を含め、知能は保たれていると考えていいが、次に、243+452という問いにも1102と答えてしまうのだ。

ここまで極端な保続はないにせよ、前頭葉の機能が落ちると、ある考えから別の考えにスイッチすることや、ある感情状態から別の感情状態にスイッチすることが困難になると考えられる。

こうして、意欲や感情のコントロール、考えの切り替え、そしておそらくは創造性などを前頭葉が司っていると考えられている。

男性ホルモン低下による意欲の低下を防ぐには?

40代から60代というのは、この前頭葉の萎縮と、男性ホルモンの分泌量の低下というダブルパンチで、意欲が低下する年代だ。さらに、ここに、前頭葉の機能低下で感情のコントロールができない、クリエーティビティーもなくなっている、となると、まさにやっかいな中高年、老人の典型的症状だ。

しかし、老化だからしかたない、とあきらめるのは早い。前頭葉の機能を保ち続けるための方法も、男性ホルモンの低下を補う方法もちゃんとある。

男性ホルモンについては、欧米では、HRT(ホルモン補充療法)を受けるのが一般的だ。飲み薬、注射、貼り薬など方法はいろいろ。ヨーロッパの多くの国では(日本もLOH症候群=加齢性腺機能低下症という診断名がつけば)保険適用である。

女性ホルモンのHRTのほうがより一般的(欧米では更年期の女性の3〜5割が受けるとのことだ)だが(こちらも日本でもは、基本、更年期障害では保険適用である)、いずれも日本では、ほとんど普及していない。副作用が心配されるからだ。

たしかに、例えば女性ホルモンの場合、5年以上継続して服用すると、乳ガンになる確率が若干上がることが計測されている。といっても、受けなければ0.3%が、受けると0.4%になる程度だ。これをして、どちらを選ぶかは、まさに個人の選択だ。

前頭葉の老化防止については、前述の東北大の川島隆太先生が任天堂のDS上で開発した「脳トレ」が有名だ。ファンクショナルMRIという画像診断によって、計算と音読が前頭葉の血流を増やすことがわかったことによる。ただし、血流が増えることによって、本当に前頭葉の老化防止になっているのかについて検証されているわけではない。

機能が衰えたところを回復させるには、その部分を使う、というのが基本である。例えば、足が衰えてきたら足を使う、読書力が衰えてきたら読書をする。逆に言うと、歳をとると使わないでいると、あっという間に機能は低下する。

そして、若いころと歳をとってからとで、もっとも差が出るのが、使わなかったときの衰え方、そして、回復に要する時間だ。例えば、スキーで骨折して1カ月間、寝たきりだったとしても、若い人なら、翌日には自然に歩ける。ところが、歳をとると、スキーどころか風邪を引いて1カ月寝ているだけで、歩けなくなってしまう人が少なくない。

同様に、前頭葉も、使わないでいると、あっという間に衰える。

敵はルーティンなこと、味方は想定外のこと!

では、前頭葉を使わない生活とは、どういう生活かというと、要するに、同じことの繰り返しだ。ルーティンなことばかりやっている生活。前例や経験則、ルールに従っているだけの生活。創造性を発揮することのない生活だ。

先に、定年後起業を考えている場合、50歳ぐらいからの準備が必要だが、その最大の準備は、資金でもなければ人脈でもない、前頭葉を活発にしておく、ということだといっても言いすぎではない。

会社での仕事がルーティンワークになってしまっている限り、仕事がそこそこできて、そこそこ出世していたとしても、いざ、起業しようと思ったときに、前頭葉が働かない。創造性もなければ、そもそも意欲が湧いてこない。

株式投資でもなんでもいいから、想定外のことが起こりそうなことを、4、50代のうちに、意識的に行っている必要があるだろう。

50代に限らず、40代でも、なんでも規則どおり、前例どおり、計画どおりに進めないと気がすまないタイプの人は、とくに気をつけたほうがよい。小説家などの芸術家(?)でも、若いころの成功体験に縛られて、同じことを繰り返そうとするとしたら、同様だ。知らないうちに、変化を恐れる保守的人間になってしまうし、創造性がどんどん衰えていく。

想定外のことが起こることと言えば、その筆頭は恋愛かもしれない。


性ホルモンの分泌も増やすから、生理的な老化防止には、恋愛こそがいちばんのクスリ、老化予防には最もいいのだが、社会的には難しいし、実際に、夫や妻の浮気から離婚騒動となって、メンタルヘルスという点では逆効果、ということになるかもしれない。

でも、自分自身が異性にときめく気持ちを封印したり、配偶者がほかの異性と夕食に行ったり飲みに行ったりする程度のことで目くじらを立てたり、ましてや、他人のそういう行動を、不倫だとか不謹慎だなどといって非難しているようでは、前頭葉は老化する一方だ。

いずれにしろ、現在の結婚制度、社会通念、倫理規範は、これほどの超高齢社会を想定して生まれてきたものではなかった。そろそろ変わっていくころかもしれない。

子育てという夫婦の共同作業が終わった後も30年は残る人生をともに生きるパートナーとして、いまの配偶者がふさわしいのかを再確認する、そして、そうでない場合は、パートナー・チェンジすることが当たり前の時代が来ないとは限らない。

(和田 秀樹 : 精神科医)