オーストラリアの航空ショー「アバロン2023」で見つけたSu-30「フランカー」もどき。実は空気で膨らます風船タイプの囮(デコイ)でした。筆者も遠目から見て実機と見間違えたほどですが、これが今、売れているのだそうです。

オーストラリアで見つけた戦闘機と自走砲の“そっくりさん”

 2023年3月上旬にオーストラリア南東部の都市、メルボルン近郊で開催された国際エアショー「アバロン2023」。国際エアショーというだけあって、会場にはアメリカ、日本、シンガポールなど各国の空軍の軍用機が展示されていました。

 そこに取材で訪れた筆者は、会場の一番端のエリアに特徴的な戦闘機を見つけました。双垂直尾翼にタンデム式の長いキャノピー、グレイ系の塗装をまとい、かつ垂直尾翼にはインド空軍の国旗。遠目にはインド空軍のSu-30MKI「フランカー」戦闘機だと判別しました。


会場に展示されたインド空軍のSu-30MKI「フランカー」のデコイ。細部はともかく、外見の特徴は上手く再現されている(布留川 司撮影)。

 Su-30MKIは、今年(2023年)1月に航空自衛隊と共同訓練を行うために茨城県の百里基地に飛来しており、実機を間近で見てきた筆者には、ある意味で見慣れた機体といえるものです。そのような既視感があったため、「インド空軍も(アバロン2023に)参加していたんだ」と思って近づいていくと、なんとその「フランカー」は、形が歪で本物の戦闘機ではありませんでした。

 コクピット部分のキャノピーや垂直尾翼の形などは実機を再現していますが、それは空気で膨らませたバルーンであり、遊園地などに子供用遊具としておいてあるもの(エアースライダーなど)によく似ています。

 筆者の目を欺いたこのバルーンの正体は、チェコの「インフレテック」社が開発している軍事用のデコイ(おとり)です。デコイは合成繊維で作られており、脇に置かれた電動式ポンプで空気を入れて膨らませていました。大きさは本物のSu-30MKIと同じで、外見こそバルーンという構造上の問題からまったく同じ形にはできないものの、コックピットや翼など主要なポイントは忠実に再現されていました。

 実はいま、このようなデコイの採用が各国で増えているのだそうです。

熱源仕込めば赤外線誘導も欺瞞OK

 このバルーンデコイ、間近で見れば実機ではないことは一目瞭然ですが、筆者が最初に目にした遠距離からなら十分に欺くことができるシロモノです。実戦であっても光学センサーを通じて見た場合には、これが本物かデコイかを瞬時に判断することはできないのではないでしょうか。

 なお、今回の「アバロン2023」にデコイを出展したのは製造する「インフレテック」社ではなく、アジア太平洋地域のセールスを担当するオーストラリアのスピアポイント・ソリューション&テクノロジー社。そこで、同社の社員からデコイについて、いろいろな事を聞いてみました。


Su-30MKI「フランカー」のデコイの後部。エンジンノズルや尾部の形がしっかり再現されている(布留川 司撮影)。

 説明によると、このSu-30MKI「フランカー」のデコイは畳んだ状態では140kgの重量があり、膨らませて偽装状態にするまでに35分ほど掛かるといいます。空気は2台の電動式ポンプで常に入れ続ける必要があり、その電源供給ができる限りは継続設置して偽装として使えるとのこと。また、機体表面はレーダーを照射された時にその反射波が生じる様になっており、電動ポンプで熱風を送り込めば熱源を作り出すことも可能だそうです。

 また、航空機だけでなく戦闘車両のデコイも作ることができ、会場には韓国陸軍のK9自走砲を模したものも合わせて展示されていました。

 こちらのデコイは同社の製品では次世代モデルにあたるそうで、パラシュートにも使われている素材をベースにしていることから軽量で、折り畳めばバッグに入れて人力で運ぶことができるそうです。設営時間も10分ほどにまで短縮されています。

 また敵を欺く対策として、エンジン部分に電気毛布と同じような機構を付けることで、本物とよく似た熱源を生み出すことができ、デコイとしての偽装性も向上しているとのハナシでした。

自衛隊の独自装備も2週間程度で製作可!

 なお、このデコイの一番の特徴はバルーンという単純な構造のために、オーダーメイドでさまざまな国の兵器のモデルを作りだすことができるという点です。説明では「今回展示したのはSu-30のデコイですが、F-35、F/A-18といったアメリカ戦闘機についてもとうぜん作れます。じつはこのK9も依頼からたった2週間で作り上げたものです」だそう。要望があれば日本の自衛隊の装備品についても製造できると言っていました。


F-16「ファイティングファルコン」戦闘機(右奥)とデコイ版Su-30MKI「フランカー」。遠くから見た場合、その偽装を一瞬で見分けるのは難しいだろう(布留川 司撮影)。

 一見すると、これらデコイは、外見上は遊具に思えるかもしれません。しかし、実際にこれを飛行場に置けば自軍の兵力を敵側に誤解させたり、攻撃時に相手の攻撃を引きつけ無駄な弾薬を消費させて自軍の航空機を守ったりするのに使えます。

 デコイの具体的な価格については、スピアポイント・ソリューション&テクノロジー社では明言を避けていましたが、敵が用いる誘導兵器より安くなるのは確かでしょう。仮にこのデコイが破壊されても、損失は攻撃失敗による相手側の方が大きくなると予想されることから、その効果は計り知れないものがあります。

 実際、この「インフレテック」社のデコイはすでにウクライナの戦場で実際に使われており、その費用対効果の高さから他国でも採用が増えているとのこと。ひょっとしたら近い将来、偽装網(通称バラクーダ)などと同じように在日米軍や自衛隊でも使われているかもしれません。