テレビ東京を今春退社すると報道された森香澄アナ。転職先は「インフルエンサー」だという(写真:右がテレビ東京公式サイト、左は公式インスタグラムより)

年度が変わる4月を前に、多くのテレビ局員の退社がニュースになっている。そこでは50代のNHKの武田アナウンサーの退局や、30代〜40代のすでに名を上げた制作スタッフの他社への転職なども十把一絡げにして語られる。だが、その中でもこと事情が異なるのは、20代半ば〜30代前半の若手アナウンサーの退職の連鎖である。

筆者はこれまでアナウンサーに関連するマスコミ就活本を数冊執筆しており、各企業や大学の主催する就活講演はもとより、自身の運営する就活セミナーで多くの学生をアナウンサーとして輩出してきた。その数は100名以上に及ぶ。

一方で、未発表のものや退職にまでは至らなかったものも含め、この世代の現役アナウンサーたちから転職相談を受けることも多い。

その14年間の指導の過程で、彼らが大学生だった数年前から、現在起きている“変化”の予兆を感じていた。そこにある世代的な事情を含め、本稿で探っていきたい。

キー局アナは「インフルエンサーになるための手段」

先日、テレビ東京の森香澄アナウンサー(2019年入社)が今春にも退社し、インフルエンサーに転身するという報道がされた。

これは、“キー局のアナウンサーになる”ということが、“インフルエンサーになるための手段”にされてしまった歴史的瞬間である――と言っていいだろう。先々振り返っても「あの頃が転換点だった」と言われるような大きな変動だと言える。

ひと昔前まで、キー局のアナウンサーになるということは、キャリアの“振り出し”にして“上がり”のようなものだった。若くして知名度も上がるうえに、世間の会社員と比較すれば高収入。アナウンサー業務から外されて他部署異動になることはあっても、余程の不祥事がない限り局からクビにされることはない。

知名度と高い安定性を兼ね備えた仕事であり、それゆえ20代30代の頃よりも最前線での活躍の場が多少減ってしまっても、局に残る40代や50代のアナウンサーは多くいる。それくらい自ら手放すのは惜しい仕事――というのが、上の世代では共通の認識だろう。

それが、近年では前出の森香澄や国山ハセン(2013年入社、2022年末にTBSを退社)らを筆頭に、男女問わず20代半ばから30代前半のアナウンサーが多く辞めていく状況になっている。もちろん、テレビ業界全体の地盤沈下が根底にあるのだが、この年代のアナウンサーの退社にはそれだけでは説明できない世代的な事情が存在する。

現在20代後半から30代前半の彼らは、90年代前半から後半にかけて生まれている。遅くとも大学生までにはスマートフォンを持っていたデジタルネイティブだ。さらに、彼らが採用試験を受けていた2010年代は、人材への評価に新たな機軸が現れたタイミングでもある。

ベンチャー企業を中心に、SNSのフォロワー数も評価基準にする企業が現れはじめたのだ。Facebookの友人の数や、Twitterのフォロワー数などが多いと、選考フローが大幅にカットされる選考形態も出現した。

近年まで続いているものをあげると、インターネット広告代理店事業を営むサイバー・バズは「インフルエンサー選考」として「1,000いいねの投稿がある志願者は三次面接へスキップ」という特典がある。

アイウェアの製造販売を手がけるOWNDAYSはSNSのフォロワー数が1万人以上の候補者に対し、優先的に最終面接を受けさせる「インフルエンサー採用」を実施し、採用後も“インフルエンサー手当”として各職種の基本給与に5万円を上乗せすることをうたっている。

さらには2015年頃からは、大学のミスコンテストの協賛となった企業が候補者たちにPR投稿をさせて自社の宣伝に活用するなど、SNSのフォロワー数が金銭的な価値も持つことを学生のうちから体感してきたのが彼らである。

テレビ局側もアナウンサーのSNS活動を評価

実際に2017年度にフジテレビに入社したミスキャンパスコンテスト出身の女性アナウンサーには、学生時代からフォロワー数が多かった自らのアカウントを局員になってからも継続して使用するという、当時としては異例の対応が取られたし、2018年度には地方局で、インフルエンサーだった大学生が局アナになるという初の事例も確認できた。

彼らの入社後の仕事はテレビでアナウンスメントをするだけではない。今やSNS投稿も立派な仕事のひとつだ。局内でも当初はネット上の活動はサブ仕事のように見なされることも多かったが、徐々に風向きは変わってきている。

2020年頃からYouTuberのフワちゃんなど、フォロワー数・登録者数の多い人物がすすんで番組にキャスティングされるようになった。彼らは番組の告知などをSNSに投稿し、主に若年層をネットからテレビに少しでも引っ張ってくることを期待された。

起用側も、フォロワー数に価値を見出し始めたのである。その状況下では、フォロワー数が多い局アナは“無料で番組告知をしてくれる専属インフルエンサー”という捉え方もできるようになった。

その流れの中では、SNS投稿に精を出していても、一概に「本業に力を入れていない」と切り捨てられることはなくなった。『めざましテレビ』に出演する女性アナウンサーがダンスを披露するTikTokなどは、明らかにアナウンスメントという枠には入らないものだが、それがスタジオ内で撮影され、番組の公式アカウントで堂々と行われているのがその象徴だろう。

むしろ、局の公式YouTubeでの女子アナのダイエット企画など、制作側も彼女たちをうまく使って視聴数を稼ごうという意図が露骨に表れているものも多い。

本人たちにも仕事としてSNS投稿をする正当な言い分が生まれるようになったし、SNSが伸びれば評価される一因にもなる土壌ができたのがこの数年と言っていいだろう。

もっといえば、その状況下では“アナウンス技術はあまり上達しないが、SNS運用には長けている”アナウンサーも存在するようになってくる。

「すぐに有名になれる」という局アナのうまみ

すると、アナウンサーのその後の人生の指針にも影響が出始める。すでに起こり始めていて、今後も増えていくことが予想されるのが「ある程度、テレビで知名度を上げて自分にフォロワー数がついたならば、今後の人生はインフルエンサーとしてやっていけるのでは――」という、前出の森香澄的な退社の仕方である。

「インフルエンサー」という言葉がこの数年ほどで浸透したものなので、完全に新しい流れに感じられるかもしれないが、テレビ局に高めてもらった知名度を使って、仕事人生の中盤以降はアナウンスメントを放棄するという例はかつても存在した。局アナを辞めたあとに女優やタレントとして成功している例は枚挙にいとまがない。

今後、アナウンサー出身のインフルエンサーが成功することになるかは未知数だが、仮にテレビという場から声がかからなくなったとしても、自分で場を作りながら活動し続けられる、そしてその感覚を持ち合わせているのは、上の世代の元局アナたちとの大きな違いだろう。

特に彼らは有名になるための手段や、知名度を換金する場がテレビだけではないことを目の当たりにしてきた世代だ。ある程度の相場があるテレビ出演のギャラとは違って、ネット上であればその収入に基本、天井はないし、芸能事務所が介在する必要性もない。多くの同世代YouTuberの成功を見ている彼らは、後者により魅力を感じてもおかしくはない。

テレビとネットの大きな違いは、テレビは場を用意してもらわないといけないが、ネットは自分で場を用意できるということである。最初にテレビに場を用意してもらう=キャスティングしてもらうということが、一般人には容易ではないのは想像に難くないはずだ。芸人でもテレビに出られるようになるまで下積み十数年以上を要するという人は珍しくない。

だが、局アナになるということは、ついこないだまで大学生だったほぼ普通の若者にそれを可能とさせる。最近では、半年程度の研修すら経ずに“入社初日にデビュー”も珍しくないほどだ。

つまり、最初にして最大の難関である「テレビにキャスティングされる=爆発的に知名度を高める」ということを、局アナになればかなえてもらえるのである。その分、局アナになるための試験は、ときに下手なアイドルよりも倍率の高いものとなっている。

ただ、ひとたびその関門さえ突破してしまえば、一般会社員という安定した身分でありながら、若くして一気に知名度を高めることができる“魔法の仕事”と言ってもいいだろう。

もちろん、これまでも、有名になることを目的としてテレビ局のアナウンサーになる学生は多く存在した。かつては有名にする手段もテレビであれば、同時にその知名度を使用する場所もテレビだったので、視聴者としてはそう違和感はなかった。昨日まで局アナだった人間が、次の日フリーアナとして同じ番組に出ていても、見た目には違いはない。

だが、現在起こり始めていていることは、有名にしてもらう場所はテレビでありながら、その知名度を発揮する場所はネットやSNSである――という、有名になる場所と知名度を生かす場所がズレてくる、という事象である。

しかもその知名度を活かしたことによる利益は、テレビ局ではなく基本、本人や関連するネット企業やスポンサー企業に入る――ということになる。

森香澄の退社発表後は、彼女のTikTokに批判的なコメントも散見されるようになってしまったが、根本にはそのズレに対する違和感が存在するのではないだろうか。

地方局アナと一般企業、どちらの内定を選ぶか

動画プロデューサーという肩書きではあるが、ネット動画配信企業に転職し、その企業の制作する番組にMCとして出演したり、ユニクロのCMにも登場している国山ハセンの活躍は、この流れをいち早く先取ったものと言っていいだろう。

学費がかからず医者になることができる防衛医大生は、卒業後に自衛官医師として9年間は勤務しなければならず、それを破ると数千万円レベルのお金を払わなければならないという縛りがあるが、アナウンサーにはそれがない。

かつてはフリーになったキー局アナウンサーは、退社後1年間は他局では使われないといった暗黙のルールのようなものも存在すると囁かれていたが、ネット上の活動やCM出演であればそんなことはお構いなしなのは彼らが証明してくれている。

数年ほど前から、指導している就活生に「地方局のアナウンサーと東京の一般企業に両方内定したけれど、どちらに行くべきでしょうか」といった類の悩み相談を受けることが多くなってきた。

10年以上前だったら、アナウンサー志望の学生はテレビ局に内定をもらえたら地方だろうがどこでも行く――というのが当たり前だった。今後は、キー局のアナウンサーと一般企業で悩む例も出てくるかもしれない。

筆者のアドバイスは、これまでも、そしておそらくこれからも「まずはアナウンサーになろう」だ。

転職エージェントはしきりに転職市場における自分の市場価値を上げろと叫ぶ。転職市場において市場価値を上げるためには、人材としての希少性を高めることが必要だが、知名度を上げることはそこに直結する。何より、20代のいち会社員が退社すること自体がニュースになるような職業はアナウンサーをおいてほかにはないだろう。

今では一般会社員でもフォロワー数増加を目的にTwitterを“運用”する者も多い。希少価値の要素のひとつが、SNSのフォロワー数を含む知名度になってくる――という流れは止めることができないだろう。

であれば、今でも充分、20代の前半で知名度を上げること、さらにいえば“最初についた職業がアナウンサー”ということで希少価値をつけることは、個人のキャリア形成という意味では、踏めるなら踏んでおいたほうがいいステップである。

一般企業からアナウンサーへの転職は難しい

現実に、20代後半〜30代前半で、前職がアナウンサーで、現在は転職をしてベンチャー企業の広報などで活躍している人物は多く存在する。筆者のもとに転職相談に来る時点では、アナウンサーの多くは「私はアナウンスメントしかできない」と、自身の市場価値を低めに見積もる傾向があるが、実際は手堅く転職できている。

このように、最初にアナウンサーになってから一般企業への転職ならいくらでもできるが、残念ながら逆はしづらいのが現状だ。だからこそ、今の時点でしか取れない手札を取ることを進めている。もちろん、そこに「一生居続ける覚悟で」というアドバイスを加えるわけではなく「まずは」を強調している。

自分が生まれた場所と、育つ場所は別であるということをいち早く悟って旅立っていく。続々と退社していく彼らは、テレビ局における“炭鉱のカナリヤ”なのかもしれない。

(霜田 明寛 : ライター/「チェリー」編集長)