プレゼント。

その包み紙を開けたとき、送り主から相手への想いが明らかになる。

ずっと言えなかった気持ち。意外な想い。黒い感情…。

ラッピングで隠された、誰かの想い。

そこにあるのは、プレゼントなのか。それとも、パンドラの箱なのか──。

▶前回：「お前みたいな女はムリ」と冷たくあしらわれた女。幸せになるために取った強硬手段とは




女は、まくしたてるようにしゃべる。

「だってね、彼ね、私のこと可愛い〜すっごいタイプだ〜って言ってくれるの！！絶対、私のこと好きだよね？ね！？」

都合のいい場面だけ切り取り、必死に脈を見いだそうとする。

「でも、結局優香の体目当てなんじゃないの？」
「え〜、そんなのわかんないじゃん〜」

けれど、友人からの共感は得られないようだ。

「もう散々痛い目見てきてるんだから、わかるでしょ、それくらい…」

友人は呆れた表情で、ブラックコーヒーをすする。

「でね。私、想いを伝えるために彼にプレゼントをしようと思ってるの！バレンタインのプレゼント」

「ふーん、いいと思う」

あれこれと相手の考えていることに憶測を巡らせても、意味がない。だったらはっきりフラれた方が、優香も目を覚ませていいだろう。

友人は、そんな想いで優香の決心を後押ししたつもりだったが…。

「あのね…」

優香の話し始めた計画に、友人の表情からはみるみる血の気が引いていった。



◆

数ヶ月前、優香は躍起になっていた。

「一馬くん、どんな人を彼女にしたいの？」

恐る恐る尋ねる優香に、一馬は何かを察したように答える。

「どんな人ってか、彼女は今いらないかな」
「え…」

一番求めていなかった回答に、優香は思わずフリーズする。

「今は仕事忙しいからさ…」

相手を傷つけないように気をつけつつ、脈ナシであるということをハッキリと伝える一馬。慣れた様子だ。

けれど、状況が不利になればなるほど燃えてくるのが、優香の悪い癖。

「でもさ、仕事忙しいときほど、癒しって必要じゃない？息抜きって大事じゃん。私だったら、仕事に対する理解あるし、ちゃんとオフの時間を一緒に楽しめると思うんだけどな〜」
「そっか〜」
「私だったら、一馬くんのサポートできると思うんだけどな〜」

かなり直接的な表現で、一馬にアプローチする。優香だって分かっているのだ。遠回しに表現しても、こういうタイプには響かない。

「へ〜素敵だね〜」

オーバーに眉毛を上げることで優香へのリアクションをするも、一馬は一切なびかない。

2人の話は平行線を辿る。

そのうちに、2人の体内のアルコール度数はどんどん上昇していく。そして、一馬は言うのだ。

「ねぇ、明日早い？」
「いつも通りだよ」
「じゃあ、うちこない？」

はじめて、一馬が言葉に熱がこもる。

ここで乗ってはいけないということを、優香も知識としては知っている。

けれど、アルコールが入った優香に、断るという選択をとれる理性は残っていないのだ。

また、優香の負けだ。




何度も足を運んだことのある、一馬の部屋。彼はこの部屋をいたく気に入っている。

「この部屋、本当に居心地いいでしょ？」
「うん、とってもお洒落！素敵！」

コンクリート打ちっぱなしの壁に、高い天井。部屋の端に設置された階段はロフトへと続く。

「ロフトが広いのが気に入ってるんだよね。天井も高いからダブルベッド置いても全然圧迫感ないし」
「うん、すっごい快適！一馬くん、センスいいね〜」

とにもかくにも、ひたすら褒め続ける優香。どんどん気持ちよくなる一馬。

傍から見たら、2人はお似合いにも見える。

「この家に引っ越してきてからさ、もう家に籠ることが多くなっちゃってさ〜」
「飲み行ったり、最近してないの？」
「引っ越してきてからは、めっきり減ったよね」

その言葉を聞いて、優香ははっと表情を変える。




「ねぇ、この部屋は一馬くんにとって100点？」
「どういうこと？」
「もっと、こういう部屋住んでみたいとか、ないの？」

あれこれと考えを巡らせる一馬を、じっと見つめる。

「しいていうなら、もう1部屋欲しいかな〜」
「そうなんだ」
「仕事する部屋は、別であったら切り替わるかな〜と思って…」
「なるほどね」

さっきまでのあげまんモードとは打って変わって、優香は何かを真剣に考えこんでいる。

「どうしたの…？」
「…」
「優香ちゃん？」
「あ、いや！なんでもない…！」

パッと明るい表情に戻った優香を、一馬はロフトへと誘った。


◆

その日、一馬は出社していた。

どんなに気に入った部屋でも、ずっと家にいてはダレてしまう。集中力も続かない。

仕事も佳境だったこともあり、朝から出社。夜22時頃に帰宅した。

エレベーターを降り、中廊下を少し歩き、自分の部屋の前で立ち止まる一馬。

鍵をあけようとした、その瞬間──。

お隣さんの部屋の鍵が開く音がした。

― お隣さん、会ったことないかも…。挨拶だけするか…。

礼儀正しい一馬は、ごく普通にそう考える。

けれど、そんなことを思ったのが、運の尽きだった。




ガチャっという音とともに隣の部屋から顔を覗かせたのは、優香だった。

「え…」
「一馬くん、おかえり！」

満面の笑みで、疲れ切った一馬を出迎える。開かれたドアの隙間から、香ばしい美味しそうな匂いが漂ってくる。

「えっと…」

信じたくない一馬は、一応状況を聞く。

「どうして、そこにいるの…？」

偶然そこに住んでいた友人の家に、ちょうど遊びに来ていた。

今、内見しているだけ。

僅かな可能性に賭ける一馬だったが、期待はすぐに裏切られる。

「引っ越してきちゃった…！」
「…」

そうなんだ…では片付けられない。

「ちょっと早いけど、バレンタイン！」
「え？」
「この部屋。一馬くんへのバレンタインのプレゼントなの」

そう言って、優香は鍵を差し出す。




「えっと…優香ちゃんも、ここに引っ越してきたんだよね…？」
「う〜ん、まぁ一馬くんがいいなら一緒に住みたい！けど、まだ私のもともとの部屋は解約してないよ」
「え？」

よく見ると、その部屋は2LDK。一馬の部屋より1部屋多い。一馬の理想とする部屋だ。

「よかったら、ここ住んで。家賃はしばらくパパが払ってくれてる。あ、本当のお父さんだよ」

あははと笑う優香、よく聞くと超一流企業の社長のご令嬢だというのだ。

「…」
「私もたまに、遊びにきていい？」

絶句する一馬に、優香はいつも通りアプローチする。

「…」
「仕事の邪魔しないし、1人になりたいときは私家に帰るし。だから、いいでしょ？ね？」

可愛い笑顔で全力アピールする優香。

「えっと…」
「言ったじゃん、私だったら一馬くんのサポートできると思うって」

確かに、その言葉は覚えている。けれど、こんな形でのサポートだなんて、夢にも思っていなかった。

さっきまで恐怖していた一馬の表情に、少しだけ緩みが見える。

優香のいるこの部屋は、とても魅力的だ…。

「…」
「ね？一馬くん？」

この扉がガチャっと開いたときは、思わず戦慄してしまった。

けれど、最高な間取りの部屋と、全力な優香の様子を目の当たりにして一馬は、不思議と悪くないと思い始めてしまう。

「ハッピーバレンタイン！」

そういながら優香は、一馬に向かってぐいと鍵を差し続ける。

一馬の指先が、ピクリと小さく動いた。

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