N-BOXとルーミーが売れる「好ましくない」事情
ホンダ「N-BOX」左、トヨタ「ルーミー」右(写真:本田技研工業、トヨタ自動車)
2022年も、普通車と軽自動車を合わせた新車販売台数ランキング総合1位が、ホンダ「N-BOX」に確定した
2022年1〜12月の累計販売台数は20万2197台にものぼり、1カ月平均は約1万6800台。軽自動車の第2位はダイハツ「タント」だが、その1カ月平均は約9000台だから、N-BOXは2倍近い大差をつけての1位となる。
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注目されるのは国内販売の総合2位だ。公表されている販売台数を見ると、N-BOXに次ぐ2位はトヨタ「ヤリス」で、2022年1〜12月の累計は16万8557台になる。1カ月平均なら、約1万4000台だ。3位はトヨタ「カローラ」で、1〜12月の累計が13万1548台、1カ月平均は約1万1000台になる。
1車型で売れている本当の2位は?
ただし、ヤリスとカローラは、いずれも複数のボディタイプを合計したシリーズ全体の数字であることに注意が必要だ。
ヤリスシリーズの販売台数には、5ドアハッチバックのヤリス、SUVの「ヤリスクロス」、スポーツモデルの「GRヤリス」も含まれ、それぞれカテゴリーが異なる。
SUVの「ヤリスクロス」(写真:トヨタ自動車)
この3車の中で、販売台数が最も多いはヤリスクロスで、シリーズ全体の約50%を占める。そうなるとヤリスクロスの2022年1〜12月の販売累計は約8万8000台、1カ月平均は約7300台だ。
カローラシリーズには、セダンのほか、ワゴンの「カローラツーリング」、5ドアハッチバックの「カローラスポーツ」、SUVの「カローラクロス」、継続生産される5ナンバーサイズの「カローラアクシオ」と「カローラフィールダー」の6種類があり、これを合計して算出されている。
左から「カローラツーリング」「カローラスポーツ」「カローラセダン」「カローラクロス」(写真:トヨタ自動車)
カローラシリーズの中で、販売台数が最も多いのは、シリーズ全体の約45%を占めるカローラクロスだ。2022年1〜12月の1カ月平均で約5000台を販売している。
販売台数の実績としては見るべきものがあるが、シリーズの累計でカウントされては本当の人気車がわからず、クルマを選ぶときの参考にもしづらい。
シリーズ累計ではなく1車型で見たとき、N-BOXに続く“本当の国内販売2位”はどの車種なのだろうか。答えはトヨタ「ルーミー」だ。1つのボディタイプで、2022年1〜12月の販売累計は10万9236台、1カ月平均でも約9100台に達している。ヤリスクロスと比べても、月1800台ほど多い。
以上のように、2022年の国内販売ランキングの順位は、1位がN-BOX、2位は実質的にルーミーになる。
本題はここからだ。現行N-BOXの発売は2017年、ルーミーは2016年だから、設計の新しさで売れたわけではない。この2車種とも、発売当初から販売台数が多く(ルーミーは2020年まで姉妹車の「タンク」と合わせて人気を得ていた)、今でも国内販売の1位と2位を保っているのである。
N-BOXとルーミーが息の長い人気車になった理由は何だろうか。N-BOXについてホンダの販売店に尋ねると、以下のように返答された。
「N-BOXは先代型の人気も高く、定番車種になっている。現行N-BOXの売れ方を見ると、先代型からの乗り替えに加えて、『フィット』や『フリード』、他メーカーのコンパクトカーからダウンサイジングするお客様も多い」
ホンダ「N-BOX」(写真:本田技研工業)
2022年1〜11月に販売されたホンダ車でN-BOXの占める割合は、36%に達する。日本で販売されるホンダ車の実に“3台に1台以上”がN-BOXなのだ。ここまで売れるとなれば、先代型からの乗り替えに加えて、フィット、フリード、他社のコンパクトカーや軽自動車など、さまざまな乗り替え需要を吸収する。
しかも、N-BOXは先代型が好調に売れたから、現行型は販売台数をさらに伸ばすべく、高いコストを費やして開発されている。エンジン音は静かになり、ボディ剛性を高めたことで乗り心地もよくなった。インパネなど内装の造りも上質で、シートの快適性も高まっている。
もちろん、先代型と同じく背の高いボディによって、車内はコンパクトカーのフィットよりも広い。売れ筋グレードのスライドドアには、電動開閉機能も備わるから、子どもを抱えて乗り降りするときなどにも便利だ。これらの魅力がN-BOXの売れ行きを押し上げて、国内販売の1位を堅持している。
N-BOXよりひと回り大きいルーミー
国内販売2位のルーミーも、N-BOXと同じように全高が1700mmを超えるボディにスライドドア持つハイトワゴンだ。ルーミーは小型車だから、ボディは軽自動車のN-BOXよりも大きいが、デザインと機能はよく似ている。
トヨタ「ルーミー」(写真:トヨタ自動車)
ルーミーがN-BOXの拡大版に見える理由は、軽自動車の好調な販売を食い止めるために開発されたからだ。
2014年は「ハスラー」のヒットなどによってスズキが売れ行きを伸ばし、ダイハツとの販売合戦が激化した。この影響で2014年には、新車販売台数に占める軽自動車の比率が40%を超えた。2022年の39%を上まわる。
軽自動車の販売比率が40%以上に達すると、小型車の需要を奪ってしまう。小型/普通車のみを生産するトヨタには危機感が生じて、軽自動車の販売増加にストップをかけるコンパクトカーが求められた。そこで、傘下のダイハツが約2年の短期間でルーミー/タンク/ダイハツ「トール」を開発し、前述の通り2016年に発売した。
姉妹車となるダイハツ「トール」(写真:ダイハツ工業)
2014年の軽自動車市場は、先代N-BOXやタント、日産「デイズルークス」など、すでに全高1700mm超のボディにスライドドアを持つスーパーハイトワゴンが主流になっていた。
そうなると、軽自動車に対抗するコンパクトカーも、同じタイプにする必要がある。ルーミーが、N-BOXやタントを拡大したようなスタイルになったのには、こんな理由があったのだ。
この経緯を見ると、軽自動車のN-BOXが国内販売の総合1位、ルーミーが総合2位(小型/普通車の1位)という順列も納得できる。要は小さなボディで背が高く、スライドドアを持つ車種が人気なのだ。
維持費は軽自動車と変わらない?
ルーミーの人気をトヨタの販売店に尋ねると以下のような回答を得た。
「今の比較的若いお客様は、ミニバンを所有するご家庭で育った事情もあり、2列シート車でもスライドドアを好む。そのためにルーミーの人気が高まり、他社の軽自動車と比べて選ばれることも多い。ルーミーの決め手は、5ナンバーサイズの小型車になること。軽自動車よりも全幅がワイドで安心感があり、乗車定員も5名だから、4名の軽自動車に比べて実用性が高い。その一方で価格は同タイプの軽自動車に近く、小型車のルーミーには割安感が生じている」
5人乗りであることが小型車のアドバンテージ(写真:トヨタ自動車)
ミニバンは、ホンダの初代「ステップワゴン」などが発売された1990年代の中盤から、急速に普及した。このころに生まれ、幼少期からミニバンに親しんできた世代が今、子育てをしている。ミニバンの便利さを知っていて、馴染みやすさもあるから、軽自動車やコンパクトカーにも背の高いボディとスライドドアを求めるというわけだ。
ちなみに軽自動車のN-BOXやタントと、コンパクトカーのルーミーで維持費を比べた場合、1台だけを所有するなら税金にあまり差が生じない。金額がもっとも異なるのは自動車税(軽自動車税)だが、軽自動車は年額1万800円、ルーミーのような排気量1.0リッター未満のエンジンを搭載する小型車は、年額2万5000円だ。
税額と乗車定員やエンジン排気量を比較して、小型車のルーミーを選ぶユーザーも多い。ルーミーの類似車種として、スズキ「ソリオ」もあるが、同社は軽自動車ブランドのイメージが強いこともあり、販売台数はさほど多くない。小型車版の需要はルーミーに集中して、一人勝ちになっている。
2022年12月にフルハイブリッドが追加された「ソリオ」(写真:スズキ)
以上のように、背が高くスライドドアを持つ軽自動車とコンパクトカーは、きわめて高い人気を得ているが、ホンダの商品企画担当者は複雑な表情を見せる。
「N-BOXの販売が絶好調なのはいいことだが、過度に売れると小型車が売れ行きを下げてしまう。本音をいえばN-BOXの販売を抑えてバランスを整えたいが、そうならない。N-BOXはモンスターのような存在だ」
販売の好調な商品を開発したのはいいが、コントロールが利かず、フィットなどの需要を奪っている。実際に現行フィットの販売台数は、ライバル車のヤリス、トヨタ「アクア」、日産「ノート」などに比べて大幅に少ない。
N-BOXとフィットは価格帯が重複するから、ホンダ車同士で比較され、N-BOXが選ばれてしまうことが多いのだ。N-BOXは、たしかにモンスターである。
上級移行を阻むモンスター
トヨタの販売店では次のような話が聞かれた。
「ルーミーへの乗り替えは、軽自動車や『ヴィッツ』などのコンパクトカーだけでなく、『ノア』などからダウンサイジングするお客様も多い。しかし、ルーミーから上級移行するお客様は少ない」
ルーミーは実用的なコンパクトカーだから、初心者ドライバーから子育て世代、高齢者まで幅広いユーザーに適する。クルマに趣味性を求めないのであれば、運転免許を取ってから返納するまで、ルーミーだけで済ませることも可能だ。
極端なことをいえば、日本には軽自動車のN-BOXとコンパクトカーのルーミー、そして3列シートミニバンのノアがあれば、クルマに向けられる実用的なニーズはすべて満たせてしまう。
2022年にフルモデルチェンジした現行「ノア」(写真:トヨタ自動車)
だからこそ、国内販売の1位と2位に入り「モンスター」とも呼ばれるのだ。クルマ好きには味気ない話だが、必然の成り行きである。
この背景には、新車価格が15年ほど前と比べて1.2〜1.4倍に高まったこともある。2007年に販売されていたノアのXグレードは価格が203万7000円だったが、現行ノアのXグレードは267万円で、1.3倍になっている。
同様に15年前、コンパクトカーのヴィッツのエントリー価格は120万円を下回っていたが、現在のヤリスは147万円からだ。それなのに日本の平均所得は、15年前とほとんど変わっていない。
ピークだった1990年代の中盤と比べれば、今でも下まわる状態が続いている。所得が増えない中で新車価格が上がっているとなれば、売れるクルマのクラスが変わってくるのも当然だ。
就学年齢の子どもを持つ世帯がファミリーカーを購入するとき、車両価格は「200万円」に想定することが多い。この目安は今も昔も変わらず、15年前に販売されていた203万7000円のノアXは、まさに合致していた。
2007年に発売された2代目「ノア」。写真はGグレード(写真:トヨタ自動車)
新車価格が上がった今、同じ200万円想定で新車を購入しようと思うと、候補に挙がるのはN-BOXカスタムL(178万9700円)、あるいはルーミーカスタムG(192万4000円)といった車種になる。
経済的に無理をしないで購入できるファミリーカーが、以前のミニバンから今は背の高いコンパクトカーや軽自動車に移っているのだ。そうなると、今後もN-BOXやルーミーのような車種が堅調に売れるだろう。
今こそキューブのような車を
ルーミーは、前述の通り短期間で開発されたから、動力性能、走行安定性、乗り心地、内装の質、ノイズなどに不満な部分が散見される。購入時にはライバル車のソリオ、軽自動車サイズのN-BOX、タント、スズキ「スペーシア」なども試乗してみるといい。
2022年のマイナーチェンジで大幅にデザインを変えた「タントカスタム」(写真:ダイハツ工業)
軽自動車でパワー不足を感じたときは、ターボエンジン車に試乗してみてほしい。N-BOXカスタムLターボ(198万8800円)は、ターボのつかない自然吸気エンジンに比べて最大トルクは1.6倍に増えてパワフルに走るが、WLTCモード燃費は5%しか悪化しない。
ターボの価格はノーマルエンジンのカスタムLよりも19万9100円高いが、右側スライドドアの電動機能、パドルシフト、上級シート表皮などが加わり、アルミホイールのサイズも14インチから15インチに拡大される。
プラスされる装備の価格換算額を差し引くと、ターボエンジンの正味価格は約8万円だ。軽自動車のターボは走りの不満を割安に解消して燃費の悪化も抑えるから、積極的に検討するといいだろう。
なお、今は背の高い2列シート車が、軽自動車に偏っている。かつての日産「キューブ」のような、背の高いコンパクトカーの充実が必要なのではないだろうか。国内販売を回復できるのも、ユーザーニーズの高いルーミーのようなコンパクトなクルマであると考えられる。
(渡辺 陽一郎 : カーライフ・ジャーナリスト)