2022年11月25日からスペインで運行を開始した高速列車「iryo」(撮影:橋爪智之)

2022年11月25日、スペインの高速鉄道に新たな会社が参入した。「イリョ(iryo)」というブランドのこの会社、その正体は、イタリア鉄道旅客輸送子会社トレニタリアと、スペインの航空会社エアノストラム、3大陸11カ国で公共交通を運営するインフラ企業のグローバルヴィアの3社が共同で立ち上げた民間運行会社だ。トレニタリアが45%の株式を保有、エアノストラムは31%、グローバルヴィアは24%を出資する。

スペインの高速鉄道市場には、スペイン鉄道の高速列車AVEに加えてすでにフランス国鉄の格安列車「ウイゴ(Ouigo)」が参入しており、iryoの参入によって三つ巴の戦いが始まることになる。スペイン鉄道はAVEとは別の新たな格安ブランド「アヴロ(Avlo)」を立ち上げ、これらを迎え撃つ覚悟だ。

マドリード起点に2つのルート

運行開始に先立つ11月21日、関係者や報道陣向けの試乗列車がマドリード―ヴァレンシア間で運行された。11月25日からの運行はマドリード―バルセロナ間のみで、ヴァレンシアへは冬ダイヤ改正の週となる12月16日から営業開始する予定で、2023年以降にはセヴィリア、アリカンテなどへの運転が計画されている。筆者はこの試乗列車に乗車することができた。

iryoのマドリードの始発駅はチャマルティン駅。AVEの始発駅として知られるのはアトーチャ駅で、チャマルティン駅を発着する高速列車はスペイン北西部への列車が中心となっているが、2008年に完成したマドリード市内を南北縦貫するトンネルによって、南東部へ向かう列車も発着するようになった。


駅に入線するiryo(中央)。ライバルのスペイン鉄道AVE(右)、フランス国鉄のOuigo(左)と並ぶ(撮影:橋爪智之)

チャマルティン駅の搭乗ゲート前に設けられたレセプションへ向かうと、今回の特別試乗のための乗車券が手渡された。招待客は、鉄道関係者やスペイン各自治体の関係者、それにプレスの面々であったが、プレスに関してはスペインメディアが中心で、一部にイタリアや他のヨーロッパ系出版社が見られ、日本を含むアジアのメディア関係者はざっと見渡して私1人であった。

スペインで義務付けられている搭乗前のX線検査を抜けると、ホームまで赤いじゅうたんが敷かれ、その脇にはiryoの客室乗務員がずらりと並び、胸に手を当て「ようこそ」とわれわれ試乗客を迎える。赤いじゅうたんを含めて試乗会向けの演出ではあるが、激戦区へ参入する同社の強い意気込みを感じる。


赤いじゅうたんを敷いたホーム上で試乗客を出迎える客室乗務員(撮影:橋爪智之)

10時30分、定刻にチャマルティン駅を出発した列車は、トンネルを抜けるとヴァレンシア方面へ加速していく。薄曇りで、ところどころ霧も発生していたが、列車は時速300kmを維持しながらスペインの赤茶けた大地を走り抜けていく。

車内は4クラス、食事は生ハムも

iryoはインフィニタ(Infinita)、シンギュラー・オンリー・ユー(Singular Only YOU)、シンギュラー(Singular)、イニシャル(Inicial)という4つのクラスがあり、このうちInfinitaとSingular Only YOUは横1+2配列の1等席、SingularとInicialは2+2配列の2等席となっている。

4つのクラスはサービス内容などによって差別化され、最上級のInfinitaには食事も含まれる。今回は体験乗車のため、2等車に座った私たちプレス関係者にも地元スペイン産の食材を使った料理やワイン、名産の生ハムなどの食事が配られた。ケータリングサービスはHAIZEAというブランド名が付けられており、バスク地方の言葉で「風の娘」という意味があるという。


iryoの最上級クラスで提供される食事(撮影:橋爪智之)

食事が終わる頃、わずか2時間少しの所要時間で列車はヴァレンシアに到着した。到着後は駅構内で関係者らによる記者会見が開かれ、iryoの社長カルロス・ベルトメウ氏は「ヴァレンシアへのお披露目走行で、最新世代の列車による高速で持続可能なプレミアムサービスの新しい基準を示すことができたことに大変満足している」と語った。トレニタリアのCEO、ルイージ・コッラーディ氏は、高速列車市場の成長を促す理由にサスティナビリティと環境性能を挙げ、まだ自家用車を利用している長距離移動者を鉄道へ誘導することが重要だと述べた。

iryoに使用される車両は、日立製作所グループの日立レールが製造するイタリアの高速列車「フレッチャロッサ・ミッレ」と同タイプで、列車のブランドもそのままフレッチャロッサを名乗っている。イタリアでの形式はETR400型だが、スペインでは既存の高速列車AVEの続番となるETR109型という形式が与えられた。


iryoの車両はイタリアの高速列車「フレッチャロッサ」と同タイプ。ブランド名もそのままフレッチャロッサを名乗る(撮影:橋爪智之)

車体そのものはイタリアで運行されている車両とほぼ同一で、塗装もフレッチャロッサ(赤い矢)のイメージカラーである赤を踏襲する一方、内装に関してはクラス設定が異なるため、座席などを中心に違いが見られる。例えばイタリアでは最上級クラスとして横1+1列のエグゼクティブクラスが設定されているが、スペインでは座席の種類は1等・2等の2種類のみだ。代わりに、前述の通り食事の有無などで4つのクラスを設定し、サービスの差別化を図っている。

競合3社、共通の目標は「打倒マイカー」

興味深い点は座席だ。スペインのAVEはヨーロッパでは珍しく、日本の列車のように座席を回転させて進行方向向きに座ることが可能となっているが、iryoはヨーロッパで一般的な固定式の座席となっている。スペインは、初代AVEの100型で固定座席を採用した際に不評だったため、以降の新車では回転座席を採用したという経緯があったが、はたしてiryoではどう受け止められるのかが注目される。


1等車の座席は1+2の配列。座席は回転しない(撮影:橋爪智之)

iryoの運行開始によりスペインの高速鉄道は三つ巴の戦いが始まることになるが、3社とも1つの共通した目標を掲げている。それは前述のとおり、「打倒自家用車」である。

スペインに限らず、ヨーロッパの多くの国はマイカーの利用率が高く、対公共交通機関で見た場合にはシェアで大きな差がある。だが世の中の環境意識の高まりから、過去数年で公共交通機関、とりわけ鉄道に対する注目度が高まりつつあるため、各国の鉄道会社は人々の関心が高い今こそが絶好のチャンスと捉え、新たなビジネスを模索している最中なのだ。

では今後、ヨーロッパの鉄道市場はどうなっていくのか、そしてイタリア鉄道は長年のプランであったスペイン参入という大きな目標達成を果たし、次なる目標をどこへ見定めているのか。記者会見の後のパーティで、コッラーディ氏に質問してみた。


記者会見するるトレニタリアのルイージ・コッラーディCEO(撮影:橋爪智之)

筆者の問いに対し同氏は「それはよく聞かれる質問なんだ」と笑みを浮かべつつ、「(オープンアクセスによって)ヨーロッパ市場は開かれた状況にあるため、私たちは常にヨーロッパ中に目を光らせている。トレニタリアは現在、フランス、スペインへと参入することになったが、現在はドイツ・オーストリア市場への参入を目指して現地の鉄道会社と交渉を進めている」と話した。

他国への参入に関しては、トレニタリアは原則的には地元企業と手を組んでの参入を前提としており、ドイツ・オーストリア市場に関して同氏は「ドイツ鉄道と協議を進めている最中だ」と話した。

今後の他国進出も日立製車両?

ちなみにフランスだけは、手を組むための地元企業を見つけることができず、自社でフランス子会社を立ち上げ、例外的に単独での参入となった。「私の頭の中には、まだいくつかの野望がある。それを順次実現させていきたいのだ」と、それまではジョークなどを交えつつ笑顔で話していた同氏が、ここだけは少し真顔になったのがとても印象的だった。

また、他国への参入にあたって気になる車両について、同氏は「私たちは素晴らしい車両を手にしている。TSI(相互運用性の技術仕様)に準拠し、インターオペラビリティに長けたヨーロッパ各国への乗り入れが可能な高速列車、日立製のフレッチャロッサ・ミッレだ」と述べ、今後他国へ参入する際は、引き続き日立製フレッチャロッサ・ミッレを導入していくことを示唆した。イタリアで大きな信頼を寄せられている日立も、今後の展開次第では新たなビジネスチャンスを手にする可能性があるかもしれない。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)