「なんで俺が…？」慶應卒29歳商社マン。ハイスペなのに、女にモテない意外なワケ
スマートウォッチが全盛の今、あえてアナログな高級時計を身につける男たちがいる。
世に言う、富裕層と呼ばれる高ステータスな男たちだ。
ときに権力を誇示するため、ときに資産性を見込んで、ときに芸術作品として、彼らは時計を愛でる。
ハイスペックな男にとって時計は、価値観や生き様を表す重要なアイテムなのだ。
この物語は、高級時計を持つ様々な男たちの人生譚である。
▶前回：「いかにもって感じ」高級時計を愛用する男に女性が痛烈な言葉を浴びせたワケ
Vol.2 大手総合商社マン・豊（29歳）の求婚
「唯、ニューヨークについてきてほしい。結婚してください」
銀座の『エスキス』で、コース料理を堪能しデザートが出てきたところで、豊は、ダイヤのリングが入ったケースを広げた。
「……。豊、ごめん」
大抵の独身女性が望むような、結婚向きな“品行法方正”な男。そんな豊の決死のプロポーズに唯は、下を向きながら言いにくそうな表情で答えた。
「どうして？俺じゃダメ？」
「豊との結婚生活が描けない。1年付き合って思ったけど、正直、男としてつまらないの」
― つまらない……？俺は同世代よりも稼ぎもある。唯はそこまで仕事に尽力するタイプの女性ではないし、ついてきてくれるかと……。
だが、“つまらない”という言葉で、豊は過去の苦い恋を思い出した。
豊は、大学時代の彼女に「あなたじゃ物足りない」と突然、振られたことがある。そして、彼女は、同世代のワイルドな遊び人の男に乗り換えた。
― なぜ、みんな俺を選ばないんだ？
半年後にニューヨーク駐在を控えた豊は、慶應卒の大手総合商社マンとして働いている。
“大手エネルギー会社で役員として働く父と優しい母”という家庭に生まれ、順風満帆な人生を歩んできた。
確かに、顔はすごくかっこいいというわけではないが、条件は悪くないはずだ。それなのに、なぜか毎回女性に振られてしまうのだ。豊自身も原因がわからずにいた。
ニューヨークでの新生活
― 何着ていけばいいんだ。これでいっか。
失恋を引きずったまま、ニューヨークでの新生活をスタートさせた1ヶ月後。
現地の駐在員の先輩からの誘いで、豊は、初めての“ナイトアウト”に出かけることになった。
豊は、ファストファッションブランドのポロシャツに、アウトレットで購入した黒いチノパンで「よし」と気合を入れてニューヨークの夜の街へ繰り出した。
乗り慣れない地下鉄を乗り継ぎ、Google マップを頼りにあるバーに到着する。
1920年代のアメリカの禁酒法時代に栄えた「スピークイージー」という隠れ酒場を再現したトレンドスポットだ。
一見コインランドリーのように見える入り口から中に入り、店内の奥にあるもう一つの扉を開けた。
すると、暗い照明におしゃれなジャズが流れるなか、楽しんでいるニューヨーカーたちが目に入ってきた。
― いかにもニューヨークって感じでかっこいいな。
豊は先輩と合流し、早速ビールで乾杯する。
「Cheers！」
「そういえば、紹介がまだだったね。こちらイケイケ金融マンの雄二」
乾杯とともに先輩から紹介されたのは、ニューヨーク在住5年目の大手外資系金融マンの雄二だ。
黒い上質なシャツにニューヨークらしい伊達メガネ、腕に光るのは高級時計。ワイルドな風貌に自信たっぷりの態度で、完璧な英語でウエイターと会話する姿が、豊にはまぶしく映った。
仕事や恋愛の話で盛り上がってきたところで、豊は「俺いってきますよ」と突然、バーカウンターで飲んでいたブルネットの美女に話しかけた。
「May I buy your drink.（よかったら１杯ご馳走するよ）」
「Excuse me?……Are you nerd or somethings?（ごめんなさい。あなたオタクか何か？）」
豊の日本語なまりの英語が聞き取れなかったのか、困った表情で軽蔑するかのように上から下まで見て、“オタク”と判断する、外国人美女。
― Nerdって、オタクって言われたのか？この俺が？
「あぁやっぱり。まず服装！そのよれよれのポロシャツはないって。まぁ、ニューヨークの洗礼だと思えよ」
落胆する豊に先輩2人が笑いながら愛のある突っ込みを入れる。
豊は、ショックを受けたが、ある決心をした。
「俺、これから変わりたいです。外見も中身もいい男になるんで、教えてください！」
すっくと立ち上がって、突然決意表明をした豊は、先輩2人と堅い握手を交わした。
「よし。俺らにまかせろ。ニューヨーク仕様にイメチェンだ。明日11時にソーホーで！」
雄二たちは、豊をニューヨーカーに進化させるべくデザイナーズブティックが集まるエリアへと誘った。豊は「いくらかかるんだろう」と心配しつつも、雄二たちのように洗練された男になりたくて、二つ返事で了承した。
◆
翌日、3人で買い物へ出かけた豊。
雄二は慣れた様子で次々とセレクトし、豊は新進気鋭の若手デザイナーブランドの質の良いジャケットやパンツを新調した。
「やっとこれでかっこいいニューヨーカーの仲間入りだな。最後は男としてレベルアップできる“高級時計”を見に行くぞ」
雄二の一言で、豊は高級時計店の門をくぐることになった。
豊は、ショーケースの煌びやかな高級時計の数々にたじろぎながらも、その中でひと際目立つ、スポーティーで黒く光る時計に目を奪われる。
その瞬間、豊は高級時計をつけてニューヨークを闊歩する洗練された自分自身を想像した。
「オメガのスピードマスターはただの時計じゃなく、本物のスポーツウォッチなんだ。宇宙飛行士と月面着陸した時計だよ。高級時計の世界へようこそってとこかな」
雄二は初めて高級時計の世界に足を踏み入れた豊に、得意げに時計のウンチクを披露する。
高級時計収集が趣味の雄二に触発され、“宇宙へ行った時計”を手に取った。
豊は、ニューヨークで挑戦する自分自身と重ね「来週30歳の誕生日だし、記念にってことで」と購入することにした。
初めて“高級時計”を左手に着けた豊は、その重厚な重みと、滑らかに刻む機械式時計の感覚を味わい、ニューヨーカーとして新たな自分に生まれ変わった気分になった。
― もう日本にいるときの俺じゃない。
◆
―半年後―
『ブーブー』
20時。
豊は、取引先とのハードな会議が終わり、どこかで1杯飲んで帰ろうかと歩いていた。
海外生活にも大分慣れ、自信がついてきた豊はニューヨークの街並みに溶け込んでいる。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
InstagramのDMを開くと、見覚えのある黒髪ロングヘア女性のアイコンが目に入った。
― 唯？どうして？
豊の心臓が急に高鳴る。
『実は、今ニューヨークに来ているの。少し会えないかな？』
― 唯、旅行なのか？それにしても、俺のことを振ったくせに、なんで連絡してくるんだ？
久しぶりに唯に再会できることを嬉しく思う反面、疑問も浮かぶ。
迷った挙げ句『土曜なら』と返信した。
豊は自分を振った唯に「東京にいた頃の自分とは違うことを証明したい」と思い、とっておきのレストランを押さえた。
◆
土曜18時。
― そろそろ、迎えに行くか。
豊は、以前雄二に見繕ってもらったジャケットに、腕にはオメガのスピードマスターを着けて、唯が宿泊するホテルに向かった。
ロビーに着いて、「今下に着いたよ」とメッセージを送ると、唯が、黒のタイトワンピースに巻き髪、スモーキーなメイクで現れた。
― 唯、しばらく会わないうちに一段と綺麗になったな…。
「久しぶりだね…」とお互い挨拶したあと、豊は唯をエスコートしてタクシーでレストランに向かう。
豊が予約していたのは、今ニューヨーカーに人気のアジアンフュージョンレストランだ。
席に案内され、シャンパンで乾杯後、サーブされるアートのような料理を食べながら、お互いの近況報告をする。
微妙な空気をお互い気づかないふりをしつつ、核心に触れないような当たり障りのない会話をする。
食後のコーヒーが出てきたところで、豊はとうとう切り出した。
「ところで、唯はなんでニューヨークに来たの？」
「……ごめんね、ずうずうしいよね、あんな別れ方したのに…」
唯は、急に小さな声になりうつむく。
「実は、失恋旅行なの。豊と別れたあとに付き合った人がいたんだけど、最近振られちゃって…。なんとなく、豊に会いたくなって…」
友達の紹介で出会ったその彼は、かっこよかったが全然唯のことを大切にしてくれなかった。最後は、二股が発覚して別れたという。
「豊は最近どう？なんか、かっこよくなったね。男としての自信みたいなのに満ち溢れてるっていうか…。服装とかもセンスよくなったしね、彼女でもできた？」
「そうかな…。特に彼女はいないけど」
豊は、平静を装いながら答えたが、唯の言葉は最高の褒め言葉だった。
もとはといえば、いい男になりたいと思ったのだって、彼女に振られたことがきっかけだったから。
「なんで唯にプロポーズ断られたのか、ずっとわからなかったけど。最近わかったよ。俺って自分の経歴にあぐらをかいて、男としての魅力を磨いてなかったんだよな。ごめんな」
チェックをしレストランを出た後、表で待っていたタクシーに唯を乗せた。
豊は、タクシー運転手に流暢な英語で彼女が滞在するホテルへの行先を告げる。
唯は少し名残惜しそうに「また連絡していい？」と尋ねる。
「ああ、いつでも！」
そう言って唯を見送ったあと、豊はふと空を見上げた。
高層ビルやネオンがキラキラ輝いている。ニューヨークに来た当初は、眩しすぎた景色だが、今は心地よく感じる。
「よし、世界で認められるくらいのいい男になるぞ！」
そう決意した豊の左腕には、人類初の月面着陸をした時計が、時を刻んでいた。
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