部下からアイデアを引き出すためには、どうすればいいのか。立教大学の中原淳教授は「心理的安全性の確保されたフラットな関係性を築くことが大切になる。そのためには上司は『いいね!』などと評価する言葉を気軽に言ってはいけない」という――。

※本稿は、中原淳『話し合いの作法』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

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■会議では年齢や職位を離れてフラットに話すことが大事

対話を行うには、「フラットな関係性」も重要です。

これは、対話に参加しているメンバーに、年齢差や職位の差があってはダメということではありません。現実社会においては、人々の間の権力の差や職位、年齢の差を人為的にフラットにすることはできません。ただ、テーマに向き合って言葉を交わし合う中において、権力や職位をいったん「脇」に置き、お互いの立ち位置を心理的にフラットにすることが大事なのです。

哲学者の中島義道氏は、著書『〈対話〉のない社会』(1997年、PHP研究所)において、「対話とは、素っ裸になって行う格闘技」と述べています。ここで「素っ裸」とはあくまで「メタファー」でしょう。ようするに持っている肩書きや職位を、いったん「脇」に置いて、擬似的に民主的な知的姿勢で対話に向かうことが重要だ、ということになります。

メタファーとして「素っ裸」になるのは、上司も部下も同じです。対話においては、お互いが「素」で向き合い、お互いの意見を表明していくことが重要です。

最近はパワーハラスメントに対する意識が高まっているので、部下に物を言わせなくするために、あからさまに権力を振りかざして圧力をかけるような上司は以前よりは少なくなっているでしょう。

しかし、対話をするときに、上から目線でガツンとやるまではいかなくても、言葉の端々にその上下関係が出てくることはよくあります。とりわけ上司は部下を「評価」する言葉を、対話の中で、意図せずに使ってしまいがちです。例えば、次のような会話の例です。

■評価する言葉を使う上司の罪深さ

【話し合いケース】顧客が求めているもののイメージを話し合う場で

【リーダー】今日は、お客様が再び足を運んでくれるお店とは、どんな店なのか、皆で理想的なイメージを話し合って共有したいと思います。では、誰からいきましょうか。

【Aさん】では、私から。実は私はこの間、地域をいろいろ見て回ったんですね。そこで素敵な店を見つけました。そういうところを、少しベンチマークしていくと……な店がまえをつくることがよいと思います。なぜなら〜……。

【リーダー】(Aさんの発言中にかぶせるように)まったくアグリーだね。うん。いいね、いいね。

【Aさん】はい……。で、単にリアル店舗をだすだけではなく、ECと連動させる可能性もあると考えています。

【リーダー】いいところを突いているね。ありがとう。じゃ、次は誰か……。

【Bさん】……ええと、私もAさんの意見と同意見です。あそこの店は素敵ですし、ECと連動すればパワフルかと思います。

【Cさん】私も同感です。

この事例は、上司の「まったくアグリーだね」「いいね」「いいところを突いているね」という言葉によってAさんの発言が「評価された」がゆえに、残りの人々も、それに同調してしまった事例です。こうしたリーダーの発言が、なぜ、部下を萎縮させてしまうかおわかりでしょうか。

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■リーダーが思う正解に誘導している

「まったくアグリーだね」「いいね」「いいところを突いているね」と、リーダーが意見をその都度評価するような一言をはさむことで、いつの間にか、リーダーがメンバーとのフラットな関係を崩しているからです。

権力を握っている側として、「リーダーが思っている正解」に誘導し、他の人の意見を狭めてしまうのです。多くの管理職やリーダーの方々のメンバーとの会話を聞いていると、そこに多くの「評価軸(部下を評価する言葉)」が意図せず含まれていることにすぐに気づかされます。

リーダーが「評価軸」を一方的に発し続けると、「発言者=評価される側」「リーダー=評価する側」というように、「権力の勾配」がいつのまにかできてしまいます。すると、参加メンバーはなんとなく自由な発言がしにくくなり、リーダーが思っている正解を探しはじめたり、支持してしまったりするのです。

■人の話を最後まで聞けない上司が多い

また、リーダーは部下の話がまだ終わっていないのに、部下の言葉の上に「まったくアグリーだね」「いいね、いいね」と自分の言葉をかぶせていますが、これもフラットな関係性が崩れてしまうきっかけをつくります。メンバーの発言にかぶせるように言うことで、リーダーが相手に対してマウントをとってしまうことにつながるからです。

ちなみに私は、企業の依頼を受けて職場の調査を行い、その結果を職場にフィードバックし、対話をうながすようなコンサルティング案件をときにお引き受けしています(最近は多忙でなかなか現場には出られませんが)。

そのような事案では、フィードバックされた調査結果をもとに、現場の社員と管理職が、ともに長時間労働などの働き方の問題について話し合い、職場の改善を目指すのですが、この「話し合い」に立ち会うたびに、「世の中では、本当に話し合いが成立しないんだな。みんな他人の話を最後まで聞けないんだな」と感じます。

ちなみにここに「悪意」があるかというと、そうではありません。上司はまったく悪意なく、会話の中で部下を「評価」したり、話をさえぎったりして、権力をつくりだしているのです。権力は「ある」のではなく、リーダーによって「つくられる」ものなのです。

写真=iStock.com/kazuma seki
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「対話は大事ですよ。相手の話をよく聞きましょう」といくら事前に伝えても、話し合いがはじまった瞬間から、リーダーや管理職が、知らず知らずのうちに、マウントし、評価し、権力をつくりだしてしまいがちです。そして「持っていきたい結論」のほうに、知らず知らずのうちに話を誘導しようとするのです。

■自分の権力や影響力を自覚しよう

対話においてフラットな関係性を保つためには、権力を持っている側が自分の権力や影響力について、十分に自覚していることが必要です。このことを専門用語で「自己を知ること(セルフアウェアネス:self-awareness)」といいます(※注1)。

注1……ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部訳(2019)『セルフアウェアネス』ダイヤモンド社

リーダーシップの発揮にとっても、とにもかくにもセルフアウェアネスが重要だとされているのは、何の偶然でもありません(※注2)。「自己の影響力」を知らない人が、「他者に影響力を行使できる」わけがないのです。

注2……Sosik, J. J., & Megerian, L. E. (1999). Understanding leader emotional intelligence and performance: The role of self-other agreement on transformational leadership perceptions. Group & Organization Management, 24(3), 367-390.
Bratton, V. K., Dodd, N. G., & Brown, F. W. (2011). The impact of emotional intelligence on accuracy of self-awareness and leadership performance. Leadership & Organization Development Journal, 32(2), 127-149.

たとえ上司が「俺は大丈夫だよ」と思っていても、部下のほうが萎縮して影響力をもろに受けて、自分の思っていることが表明できないのであれば、それはフラットな関係とはいえません。

■人は意識しないと権力を振りかざしてしまう

それではそれを防止するためには、どうすればいいでしょうか。

それは、自分の言動が常に「権力」を生み出していることを自覚しつつ、「あなたと私は対等ですよ」という行動を、意図をもって積極的に相手に示し続けることです。

また、知らず知らずのうちに「評価軸」を使ってしまいがちなことを自覚して、意図して部下を評価する言葉を用いないことです。権力を行使しないこと、生み出さないことには「意図」が必要です。それは「意思の力」なのです。そうしなければ、あっという間に権力やポジションに絡めとられて、有意義な対話ができなくなります。

■自分のオンライン会議の録画をチェックしてみよう

もし、どうしても、自分の権力に気づけない、という方がいらしたら、1つ非常によい方法があります。それは、リモートワークでのオンライン会議の様子を、録音・録画しておいて、その録画を後から見てみることです。ないしは、信頼のおける人に見てもらい、コメントをもらうことです。

録音・録画されたものを見れば、自分がどのように発言しているのか、誰をどのようなときに意図せず評価してしまっているのかが、たちどころにわかるでしょう。そうすると「自分を見つめる鏡=フィードバック」を得ることができ、自分の影響力や、発言のバイアスに気づくことができます。

イラスト=『話し合いの作法』より

■「自分を見つめる鏡」が必要

かつて、私の取り扱ったコンサルティング案件の中に、難治性の病「すぐに評価してしまう病」を抱えた管理職の方がいらっしゃいました。

その管理職の方は、あたかも「目」にスカウター(部下の能力を計測する装置)をつけているがごとく、彼が出会う人の能力・スキルを判定し、優秀な人(というより、自分の意のままに扱いやすいと思われる部下)に発言権を与え、そうでもない人は「放置する」といったことを、おのずと行ってしまうのです。

中原淳『話し合いの作法』(PHPビジネス新書)

話を聞けば、かつてその方が若い頃、そうしたマネジメントを、そのときの上司がやっていて、その方は、それを再生産しているだけでした。

私は本人との話し合いの中で、ご本人がふだん行っている会議を録音・録画して、後で自分1人で見直すようにお願いしました。

動画を見直したその方は、あることに「気づいた」と後で報告してくれました。

「私は、こんなふうに、いつも部下の言葉をさえぎって、発言の最後まで聞けていないんですね」

それ以来、その方が、問題を繰り返すことはありませんでした。大人が学ぶためには「自分を見つめる鏡」が必要なのです。

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中原 淳(なかはら・じゅん)
立教大学経営学部教授
東京大学教育学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター、米MIT客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。『職場学習論』(東京大学出版会)など著書多数。
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(立教大学経営学部教授 中原 淳)