女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務め、愛猫家としても知られる川上さんが、猫のこと、50代の暮らしのこと、食のこと、出生地であり、その後も定期的に訪れるスウェーデンのこと(フィーカ:fikaはスウェーデン語でコーヒーブレイクのこと)などを写真と文章でつづります。第17回は、川上さんが47年前、9歳の頃に両親の仕事で1年間暮らしたスウェーデンで体験した、北欧式の「子どもとの向き合い方」と「性教育」について。

47年前にスウェーデンで目の当たりにしたリアルな「性教育」<川上麻衣子の猫とフィーカ>

私がスウェーデンで暮らしていた1975年当時。「スウェーデンは日本より50年先を行っている国」という表現をよく聞きました。その頃は、漠然と50年後の日本を思い描いていましたが、2025年ともなれば、しっかりとあれから50年の月日が流れたこととなります。

【写真】9歳の頃の川上麻衣子さん

50年も日本が遅れているというのは、なにを指し、どういう意味なのかは理解できませんでしたが、まだ9歳だったあの頃の私が、鮮明に覚えていることが1つあります。

それは「スウェーデンでは、もし親が子どもに手をあげたら、子どもであっても親を訴えることができるようになるのよ」というものでした。実際スウェーデンでは1979年、世界で初めて子どもへの体罰禁止を法制化しています。

 

●50年前の日本は体罰への意識も低かった

「子どもが親を訴える」。当時の私には、まったく現実味がなく、むしろスウェーデンの考え方をひどく冷酷で、情の薄い考え方だと感じていました。

当時の日本ではまだ学校での体罰も珍しくなく、家庭の教育として親に叩かれることに疑問を感じる気配はまったくと言っていいほどなかったと記憶しています。悪いことをしたら「お尻ペンペンされるぞー」とはしゃいでいたほどです。

ですから「50年先を行く国スウェーデン」との表現はまんざら大袈裟ではなく、確かに私たちは数十年遅れて、さまざまな問題にいま直面しているように思います。

そうであるならば、1975年当時私が学校で受けた性教育についても、ともに考えてもらえたらうれしいなと思い、今回は少し難しいこの「性教育」をテーマに書いてみることにしました。

スウェーデンの性教育の教科書の内容とは…?

あとになって知ったことではありますが、スウェーデンが、性教育に力を入れていた時期と、私が学校教育を受けた時期は、うまく重なっていたようです。先を行く現在のスウェーデンでは、すでに性教育という域を超えて、もっと哲学的な(たとえば片親で育った場合の、精神的影響などを含めた)授業になっていると聞きます。

ところが日本ではまだまだ抵抗があるようで、私が数年前に翻訳した「愛のほん」という子ども向けの絵本でさえ、性を扱った1ページがあるがために未だ、絵本売り場には置いてもらえないそうです。だとすれば、私が9歳の頃に学んだ教科書など、もってのほかかもしれません。

余談にはなりますが80年代でタモリさんの番組に生出演した際、この教科書を持参したところ、タモリさんもビックリ! 決してテレビでは映せないその教科書について、いっとき話題となりましたが、ほとんどは男性誌などが興味本位で取り上げる程度で、社会問題として捉えてもらえることはありませんでした。

●教科書も教材動画も「セックス・妊娠・出産」の描写が具体的

私にとってその授業は、ある日突然唐突に始まりましたが、じつは私の家族には事前に学校から相談があったそうです。私が海外からの子どもであることを配慮してのことだと思いますが、私の両親は、せっかくスウェーデンで生活をするのであれば、スウェーデン人と同じ教育を受けさせたいと判断しました。

その日、男女ともに集められた教室で流されたのは、男性と女性の裸の映像。カップルと思われる男女が一緒にお風呂に入り、抱き合い、そして妊娠。徐々に大きくなるおなか…。当然教室は生徒たちの大歓声で、大はしゃぎでしたが、たしなめられることもなく、映像は淡々と進み、そして出産の場面へ。

生々しいその映像が流れた瞬間、教室は水を打ったような静けさとなり、中には青くなるほど硬直した生徒もいたように思います。

 

●帰宅後、両親を質問攻めに…

「どうやったら子どもができるの?」ではなく「こんな風に赤ちゃんは生まれてくるの!?」という衝撃の方が強く、それは私に限らずこの日授業を受けた生徒のほぼ全員が、同じ疑問を持って自宅に帰ったと思います。私がそうであったように、親の顔を見た途端に頭の中に巡っていた疑問が嵐のように口から吹き出し、その日もらった教科書をかかえて、親を質問攻めにしました。

教科書には当然性行為の場面も描かれていましたから、質問はその箇所にも及びましたが、これは今思うと、親にとっても大変な作業だったと思います。

最初は顔を赤らめて苦笑いの母でしたが、誤魔化すことなく、学校で習ってきたことが正しいのよ、と答えてくれました。それでもなかなか信じることができずに、「じゃあパパとママもこんなことしたの?」と問いただしたことを覚えています。これが子どもの素直で最大の疑問なのだから、仕方ありません。

小学3年生の私が、スウェーデンに滞在中学んだ性教育は、男女の体の違いから、性行為、避妊の方法、妊娠、出産。どれも具体的に、男女ともに授業を受けました。

隠さない「性教育」を受けたことで得たもの

現在日本でも、性教育について語られることが増えてきたように思います。スウェーデンでの教育が、そのまま日本で受け入れられるかどうかという点については、そんな単純なものではないと思いますが、実際に幼少期に授業を受けた私が、今振り返り思うことは、まずなによりも、「両親との関係が大きく変わった」ということ。

家族の中で性について両親とオープンに話すという環境は、のちに思春期を迎え、体の変化や、恋愛に悩んだときにも、人生の先輩として、隠すことなく打ち明けることができました。そしてスウェーデンの男性が優しいと感じる1つの要因として、出産という一大事を女性が担うことへの労りを幼い頃に学び、男女平等に教育を受けたことで、性についても、ともに同等な立場で語り合える関係を築きやすくしているように見えます。

一時期、スウェーデンはフリーセックスの国などと、おもしろおかしく囃し立てられたことがありますが、私から見たら日本の方がよほどフリーで危ういと感じていました。

日本は察することを美徳とする国柄ではありますが、こと教育に関してはもっとたくさんたくさん議論していくべきだと思います。皆さんはどんな風に考えますか?