地球規模で対処しなくてはならない気候変動。人類の選択肢とは(写真:Alones/PIXTA)

SF映画でも頻繁に取り上げられる地球の気候変動。企業や国単位ではなく、地球規模で対処しなくてはならないこの問題に対し、国連を含め、現状のシステムではうまく対処できているとは言いがたい。では人類にはどのような選択肢があるのだろうか。『テクノソーシャリズムの世紀』(ブレット・キング/リチャード・ペティ著)の訳者である上野博氏が、本書の一部をひもとき、資本主義をはじめとする現在の社会システムの限界と人類の選択肢について解説する。

アカデミー賞5部門を受賞した名作も

SF映画の世界では、気候の大変動をテーマとしたり、その後の世界を背景としてストーリーが展開される作品が、近年とみに増えている。


例えば、「デイ・アフター・トゥモロー」(2004年)は、温暖化の結果として生じる大規模な異常気象が短期間に集中して発生し、北半球のかなりの部分が一気に氷河期的気候へと変化する様子と、その中で生き延びようとする人々の戦いを、迫力あるVFXを駆使して描いている。氷に閉ざされたアメリカからは、大統領をはじめ多くの人々が南へと逃れる。映画の主人公は気象学者で、氷の世界と化したニューヨークに閉じ込められた息子たちを救出に向かう。

一方、「インターステラー」(2014年)では、すでに気候変動が進んだ世界が舞台となっている。温暖化によって地球の乾燥気候化が進み、砂嵐が頻発して耕作可能地が減少して、人類の生存は脅かされている。そのため、宇宙の中で居住可能な環境をもつ星を見出して、人類を地球から脱出・移住させようとの秘密計画が進められていた。主人公の元宇宙飛行士はその計画を知ることとなって巻き込まれ、その星を目指す冒険の旅に出発する。

映画作品には商業的成功のために衆目を集めることが求められるから、気候変動によって起こる自然現象のすさまじさといった劇的なシーンが強調され、主人公の冒険というスリルのあるストーリーが中心に据えられる。

しかし、現実の地球温暖化の影響はより広範に時間をかけて起こる。温暖化は海面上昇を引き起こすが、それは水温上昇による海水の熱膨張によるものが最も大きく、それにグリーンランドや南極の膨大な量の氷床の融解などが加わるとされる。少しずつの海面上昇はドラマチックではないが、それが累積すると、国単位のレベルを超えた巨大な変動につながる。それは、気象学や物理学といった自然科学だけではなく、国や社会、経済や政治を否応なしに巻き込むものだ。

2050年には1.5億人が住む場所を追われる

現在の世界人口の3分の2以上は、海岸線から100キロ以内に暮らしており、その多くは低地であるため、温暖化による海面上昇の影響を受ける。仮に海面が1m上昇するとしよう。マーシャル諸島では国土の80%が海面下に沈むとされる。バングラデシュでは、国土面積の18%にあたる26,000㎢が同様の状態になる。こうした地域に住む人々の大多数は、どこか別のより高い場所への移住を余儀なくされるだろう。

『テクノソーシャリズムの世紀』(ブレット・キング/リチャード・ペティ著)では、2019年に『ネイチャー』誌に掲載された研究を引用して、「2050年の海水面の高さの予測では、総計で現在1.5億人の住む土地が脅かされ、将来的には恒常的に満潮線の下となるだろう」とする。そして、シリア内戦では1,300万人の難民が生まれ、2015年にはその一部がEUに流入したことと対比している。シリア難民の10倍規模で気候難民が生じれば、その移動が1国内だけにとどまらないことは十分に予想できる。

さて、前出の「デイ・アフター・トゥモロー」では、南へと殺到するアメリカの住民を警戒したメキシコが国境を封鎖するが、アメリカ大統領の交渉によって国境は開かれ、大規模な移住が実現した。映画とは異なり、温暖化は時間をかけて進行する(それでも歴史的な観点からすれば圧倒的に短期間だが)。また、海面上昇速度の予測の精度も上がるだろうから、水没時期の見通しも立てられる。となれば、本来であれば、2国間というよりも国際的な枠組みで国を跨ぐ移住プランが策定されてもよいだろう。

そのためには、個々の国家の国益以上に、地球規模でのガバナンスが発揮され、政策協調が行われることが求められる可能性が高い。現在これに最も近い組織は国際連合であり、その国連は2015年にSDGs(Sustainable Development Goals)を採択し、2030年までに世界的に達成すべき17の目標と169の達成基準を示した。このことは、地球レベルでの重要課題について国際協力が実現する可能性を示している。

しかしながら、現実の国際連合は、必ずしもそのように機能しているとは言えない。国連の主たる設立目的は、次の世界大戦発生の防止であり、そのために安全保障理事会を最高位の意思決定機関に置いている。その中で第2次世界大戦の戦勝国である5カ国が、常任理事国として拒否権を保有している。そしてその拒否権は、自国の国益に反する議案に対して発動されることで、結果的に国益を擁護することにつながっていることは周知のとおりだ。

だが、戦争が国益の相反によって国家間で起こるものであるのに対して、気候変動を含むSDGsの17の目標は、国益を超えて人類が実現すべき普遍的なものだ。こうした共通目標の実現のための提案に対しては、拒否権が持つ非生産的な側面を制限することが必要になるだろう。

火星植民地で大事なものは利益ではない

国益のない世界での全体組織の運営がどのようなものになるべきかについては、前出の『テクノソーシャリズムの世紀』で、火星植民地が成功裡に設立されて100万人が居住するようになった場合、そこでの経済がどのようなものになるかについて述べられている。

火星植民地で最も重要になるのは、資本主義が求める利益とリターンではなく、持続可能性と自律的繁栄である。火星の自然環境下では人間は生きられないため、生存可能な環境を作り上げてそれを維持し、拡大していかなければならない。そこでの価値は、富の蓄積ではなく、消費するよりも多くの空気と水、食糧そしてエネルギーなどの資源を生みだすことである。つまり、資本主義とはまったく異なるOS上で経済が回ることになる。

また政治の目的は、私利や特定集団の利益拡大のために権力を握り、他人の上に立ってそれを行使するのではなく、コロニー全体利益の増進に資することになるだろう。

これをより端的なかたちで示したのが、2015年にアメリカで公開されたSF映画「オデッセイ」(原題『The Martian=火星人』)だ。NASAが火星探査のために送り出した6人の宇宙飛行士は、火星上での任務遂行途中で大規模な砂嵐に襲われる。任務放棄が決定され、皆は火星離脱のために急いでロケットに向かう。ところがクルーの1人のマーク・ワトニーが、折れて飛んできたアンテナの直撃を受けて行方不明になる。残りの5名はワトニーが死亡したと判断して火星を離陸し、地球への帰還の途に就く。

しかし、彼は生きていて無事だった。ひとり取り残されたことを知ったワトニーは、植物学者そして宇宙飛行士としての持てる知識と知恵とスキル、そして手元にあるテクノロジーと入手可能な資源を総動員して、生存の工夫を始める。水や酸素を確保し、食糧であるジャガイモの栽培を行い、遂には地球との交信にも成功して、最後は無事に地球への帰還を果たす。

世界レベルで「両利きの経営」が求められる

ワトニーの目的が、有限の環境下での持続可能性確保に向けた再生産の維持と拡大であることは、火星植民地の例とまったく同じだ。そしてそれは、宇宙船地球号の持続可能性に関しても変わらない。

大きく異なるのは、ワトニーや火星植民地は、ベンチャー企業のように何もないところに新たに絵を描けるのに対して、この世界は、既存企業と同じく、現存するさまざまな組織や仕組み、すなわち国、企業、政治、経済間の利害を調整しながらそちらに向かわなければならないことだ。つまり、世界レベルで「両利きの経営」を行うという離れ業が求められている。

オックスフォード大学の地理学者が書いた書籍『減速する素晴らしき世界』(ダニー・ドーリング著)では、ほとんどすべてのモノやコトには加速した後に減速が訪れるとしており、人口増加、経済成長、債務拡大、新しいデータの増大などはいずれスローダウンすると説く。しかし、同書でも気温上昇はその例外とされている。

2019年に英国の大学が発表したレポートによれば、2014年のアメリカ軍の二酸化炭素排出量は、ルーマニア1国(世界45位)のそれに匹敵していたという。国益に基づく軍事活動は、温暖化対応面では「高くつく」のだ。

SDGsの13番目の目標である「気候変動に具体的な対策を」は、個々の国々の自助だけではなく、世界全体の協調した努力によって、はじめて達成に向かう道が見えてくるだろう。

(上野 博 : NTTデータ経営研究所 金融政策コンサルティングユニット エグゼクティブスペシャリスト)