携帯電話で通話する北朝鮮市民(参考写真:デイリーNK)

先月8日に発生した安倍晋三元首相に対する銃撃事件。北朝鮮の国営メディアは、今に至るまで事件について一切触れていない。

事件のことは、一部の幹部にだけ伝えられた。また、国家保衛省(秘密警察)は各地方の保衛局に事件のことを伝え、革命の首脳部(金正恩総書記)の安全保障事業に総力を傾けよとの指示を出している。

一方で、一般住民の間にも、少しずつ事件のことは伝わりつつあるようだが、このことを人に話したとして、ひとりの女性が逮捕された。容疑は流言飛語(デマ)を流したというものだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、逮捕されたのは鉱山で知られる茂山(ムサン)に住む女性。彼女は、親しい近所の人々に、安倍元首相が演説中にある男性に撃たれて死亡したという話をした。

ここから、事件のことが街中に広がり、茂山郡保衛部の反探課(スパイ担当部署)のメンバーの耳にも入った。噂の出どころを探ったところ、この女性であることがわかり、
当分の間泳がせて監視をした上で、先月末に逮捕した。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

容疑は「デマを広げた」ということだが、保衛部が問題視しているのは、一般住民が知らないはずの安倍元首相銃撃事件について、彼女が知っていたことだ。中国キャリアの携帯電話を持ち、海外とのやり取りをしていると見て家宅捜索を行ったところ、天井裏から油紙に包まれた携帯電話2台が発見された。結局、茂山鉱山専門学校の教員である夫まで逮捕された。

今回の事件に、近隣住民は驚きを隠せずにいる。

「この夫婦は普段、家庭よりも国のことに忠実だと定評があったのに、近隣住民は彼らが外国の携帯電話を隠し持ち、外部からの情報を聞いていたとは知らなかったと大きな衝撃を受けた」(情報筋)

おそらく成分(身分)も良好とされているのだろう。

一方で、夫婦が「電話が通じない」と言って、あちこちうろちょろしていた姿を見て、怪しいと思い、保衛部に通報した知人もいたとのことだ。

この知人には、逮捕に協力したということで、大豆油2キロが贈られたとのことだが、口コミネットワークが発達している北朝鮮のこと、あっという間に誰であるかは知れ渡るだろう。そうなれば、自分も密告されるかもしれないと恐れた人々から徹底的に避けられ、日本で言うところの「村八分」にされてしまうかもしれない。

保衛部は住民を集めた上で、「敵どもが利用する階層は多様だということを見せつける実例」だとして、「群衆の鋭利な目線は(敵を)決して逃さない」などと、宣伝事業を行っている。

逮捕された夫婦は、年端の行かない妹と一緒に暮らしていたが、その面倒は一時的に人民班(町内会)で見ており、愛育院(孤児院)に送られる予定だ。ただ、夫婦に下された判決によっては、共に管理所(政治犯収容所)行きになる可能性もある。