※この記事は2021年02月25日にBLOGOSで公開されたものです

フランス議会がペットのネット販売を原則禁止する法律を可決ーー

先月末に欧州で報じられたフランスの動きが、日本のSNSで多く拡散された。

2021年1月29日、フランスの衆議院に相当する国民議会で採決された、新しい動物虐待対策法案のことだ。同法案内にある、「3年後に犬や猫のペットショップでの店頭販売が禁止になる」の項目にも、注目が集まった。

2020年のフランスでは、コロナ禍ロックダウンの余波でペットを購入する人が増えた。対策を取らないと「飼育放棄」が悪化するのでは、と案じられている矢先の国会可決だった。

法案はネット販売規制やペットショップでの店頭発売禁止だけではなく、動物への加害行動およびその様子を録画・配信することに対する罰則強化など、他の対策も包括している。が、今回の法改正の中核を成すのは、放棄予防のための販売網の限定化だった。

なぜペット放棄の予防が、ネット販売の禁止に繋がるのか? その因果関係は保護団体や獣医学の見解から導かれ、販売網・購入者・保護施設と多角的な対策が検討され、法案にまとまっている。以下、代表的な項目をピックアップして見ていこう。

毎年10万匹近い動物が棄てられるペット愛好国フランスの課題

フランスは全国の約半分の世帯が何らかのペットを飼っている国で、その数は約8000万匹と、欧州でもトップクラスのペット愛好国だ。

日刊紙ル・フィガロが今年1月にまとめた特集によると、最も多いのは魚類の3200万匹で、その後を猫(1400万匹)、鶏や兎などの家禽類(1200万匹)、犬(700万匹)が続く。

しかし同時に飼育放棄の数も多く、大手動物保護団体SPAの発表によると、毎年10万匹近い動物たちが飼い主に棄てられている。うち約6万件は夏の長期バカンス期間に発生し、旅行に連れて行けないから・預け先が見つからないからという身勝手な理由によるものだ。

ネットで売買される動物たち 「衝動的な入手」をいかに防ぐか

「動物は命ある存在だ。家具や電化製品のように扱うことはできない」

今回の法案でスローガン的に掲げられた言説である。これとセットで強調されているのが、衝動的な購買欲が及ぼす影響の大きさだ。

家具や電化製品はクーリングオフや転売・譲渡が容易だが、命あるペットはそうはいかない。またペットには生い立ちにより形成された性格や、飼い主との相性など、入手前には分からない要因も大きい。その観点から法案では、「いかに衝動的な入手を防止するか」が問われた。

自宅で手軽に行えるネット販売は、この「衝動的な入手」の最たるケースと認められたのだ。

背景には、コロナ禍で急成長した個人売買プラットフォームの存在がある。特に例出されるのが「Leboncoin」という、日本のメルカリに相当するサイトで、全商品カテゴリーの取引投稿総数はこの1年で2000万件から4000万件に増えた。

Leboncoinはペットの売買に際し、ペットID登録番号、ワクチン接種の有無などを明記するよう求めているが、それが真実であるかどうかを検証するのは至難だ。プロのブリーダーと偽る売り手も後を絶たない。

とはいえ今回の法改正では、ネット経由の販売がすべて禁止されるわけではない。保護施設による譲渡、および国の定める基準を満たしたブリーダーや専門団体の専用サイト販売は、引き続きネット経由で行える。一部を例外的に許可し、「それ以外はNG」とする、原則的な措置だ。

ネット販売が許可される専用サイトの運営団体は、飼育環境を監督する獣医師がいること、その獣医師と施設責任者が衛生飼育規則を設けることなどが定められ、年に2回、衛生監査を受ける。

犬・猫の店頭販売が2024年から禁止に

販売網の規制は、店頭にも及ぶ。放棄されるペットの中でも最も割合の多い猫と犬に関しては、放棄の原因まで遡っての検証が行われ、2024年1月からと準備期間が設けられつつ「ペットショップでの店頭販売禁止」が決められた。

主な禁止の理由は2点とされている。

1点目は、ショーウィンドウで愛らしい子犬・子猫を見せることで、入手衝動を喚起し、熟慮しないまま購入するケースが保護団体から指摘されたこと。

もう1点はそのマーケティング手法のため、しつけや健全な社会性獲得のために重要な「生後4週間以降」にプロのブリーダーのケアを受けられず、狭い陳列ケージに入れられ、不特定多数の目に晒されることだ。

このことで恐怖心を抱いたり攻撃性の強い反応・行動を身につけたりしてしまう犬や猫は少なくない。それが原因で飼い主の手に余り、放棄に繋がると、保護団体はかねて警鐘を鳴らしてきた。

一方、ウサギやハムスター、魚類などの品種はペットショップでの販売が継続される。

ペット初心者や未成年者の入手ハードルを上げる

流通ルートを限定する一方で、飼い主の側の入手ハードルを上げる対策も可決された。初めて飼い主となる人物は、ペットの入手にあたり「知識と継続的飼育意思の証明書」を示さねばならない。スイスやドイツなど他のEU諸国が先行している「飼い主免許制度」の簡易版だ。

証明書取得の流れや詳細が定められるのはこれからだが、現状では国の農業省が専用サイトを新設し、ネット講座・テストを行う案がある。求められる知識としては、動物別の飼育術、ワクチンとその費用、餌や獣医を要するケースなどが挙がっている。

加えて、それまで単独の飼い主としてのペット購入可能年齢は「16歳以上」とされていたが、これが成人年齢の18歳まで引き上げられ、16歳~18歳の未成年の購入には親の同意が必要になる。ペットの飼育には費用がかかるため、これまでは就労が可能になる義務教育終了年齢(16歳)が親の同意のいらないペット所持適性年齢とされてきた。が、現実の費用負担と16歳~18歳の就労・住居の自活状況を鑑みて、年齢の引き上げが行われることとなった。

保護団体は「時代を画する法の前進」と評価も残る課題

販売ルートを限定し、ペット入手のハードルを上げることに加え、放棄動物の保護も強化される。各市町村に保護収容所の設置が定められ、安楽死前の保護期間は従来の8日間から15日間に延長された。収容動物には放棄だけではなく、迷子や脱走のケースも多いためだ。ペットが飼い主と再会できるよう、より多くの時間的な猶予が与えられる。

今回の法改正を、動物保護団体は「時代を画する法の前進」と評価している。

「それでも悔やむべき点が残っています」と話すのは、フランス最大の動物保護団体SPAの会長ジャン=シャルル・フォンボン氏だ。

1845年創設、フランス国内に62の保護施設を構え、年間3万8千件のペット縁組を成立させている彼らは、今回禁止されなかった「ネット経由の譲渡」にも強く警句を発している。

「ネット上の譲渡はいまや闇取引のようになっています。動物自体に値段をつけずとも、架空の去勢手術代やワクチン代などの名目で、金銭を要求するのです」

今回の法改正は達成ではなく第一歩。さらなる改善に繋げるべく、続く上院審議での議論に期待が寄せられている。

300ページの報告書を基盤にした法改正

今回のフランスの法改正で注目すべき点は、その準備段階で300ページにも及ぶ報告書が提出されたことだろう。関連業界や獣医学会へのヒアリングは250時間に及び、121項目にまとめられた推奨・勧告から、今回の法改正が実現した。

報告を担ったのは、南フランスのアルプス・マリティム県選出議員ロイック・ドンブレヴァル氏。臨床獣医から政治家となり、市長、国会議員と活躍の場を移しながら、常に動物愛護を信念として掲げてきた人物だ。

2019年には環境大臣に命じられて、フランス国内のサーカスや動物園での、野生動物の飼育実態調査を行った。この時の報告書は、翌年9月に同大臣が発表した「サーカスでの野生動物使役の段階的禁止」と「ショー用のイルカ飼育・繁殖の禁止」の方針に繋がっている。

フランスの法改正は、長年その案件に携わってきた政治家や専門家を責任者に任命し、実態調査報告から始まることが多い。調査の過程で専門家や業界団体から幅広く最新の知見を吸収する一方、改正に向けて業界のコンセンサスを取っていく効能もある。今回の改正案が修正を含みつつもほぼ満場一致で可決されたのは、十分な時間と労力をかけた、オープンな手順の成果とも言えるだろう。

フランスはヨーロッパ有数の動物愛好国で、乗馬や動物園など、動物関連の観光も盛んだ。ペット関連の市場規模は48億ユーロ(約6000億円、2019年度、promojardin発表)、新型コロナ禍でも打撃を受けず、むしろ成長したと言われている。

一方、保護関連の法整備は他国に後れをとっている。ペットのID登録は1991年に犬から始まったが、猫など他の肉食動物まで広く義務化されたのは2012年のことだ。今回の法改正ではスイスの免許制や英国のルーシー法などの先行事例に言及され、先進国に合わせて基準を引き上げていく狙いが見て取れる。

こなた日本でも、飼育放棄や衛生状態の劣悪な多頭飼いなど、ペットを巡る問題は少なくない。2019年の改正動物愛護法でマイクロチップの埋め込み義務化が決定し、2022年からの施行に向けて調整・準備中である。飼い主・流通・保護施設と多面的に対策を打った今回のフランスの法改正を始め、諸外国の先進事例は、今後も要注目だ。

著者プロフィール: 郄崎順子
1974年東京生まれ、2000年よりフランス在住。フランス社会・文化に関する寄稿多数。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮社)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)など。