※この記事は2021年01月27日にBLOGOSで公開されたものです

都営地下鉄大江戸線に所属する運転士ら39人が新型コロナウイルスに集団感染したことについて、洗面所で歯磨きをした際に蛇口に付着した唾液を経由して感染した可能性があることを複数のメディアが報じた。

都交通局に話を聞くと、蛇口は保健所から指摘された感染リスクの可能性がある複数のうちのひとつ。担当者は「蛇口の情報だけが強調されてしまった」と口にする。

また、なかには「感染源は蛇口」と断定調で見出しをつけたメディアもあり、歯科医師らからなる日本口腔衛生学会の理事長・山下喜久氏は、会員に向けた内部文章で「マスコミ報道に振り回されず」と警鐘を鳴らしている。

「蛇口」は保健所の複数ある予防のアドバイスのひとつだった

大江戸線では昨年12月15日以降、江東区の同じ庁舎を使う運転士ら計39人の感染が判明した。

都交通局の広報担当者によると、感染判明後の24日、保健所職員が江東区内にある運転士らの庁舎を見て、感染リスクのある箇所複数を指摘。現場を見ながら予防のアドバイスを伝えるもので、実際にウイルスを採取して感染源を特定するような調査はなかったという。

保健所は

・食事中はマスクを外しての会話を控える ・浴室・脱衣所での会話を控える ・蛇口に唾液が付着する可能性があるので直接触らない

などを指摘。

メディアからの取材を受け、都交通局はこれらのアドバイスを説明したが、多くの報道機関が蛇口についてのみ記載し、他の点については言及しなかった。

担当者は「蛇口だけが強調されたことによって原因が特定されたように受け止められてしまった」と口にする。

報道後、ツイッター上では、「会社での歯磨きをやめようか」と迷う声や、「子どもの通う幼稚園で歯磨きが中止になった」という報告などが投稿された。

同庁舎では、保健所の指摘を受けて、蛇口はペーパーを介して触るようにするなどして対応。今後はセンサー式への変更を検討しているという。

「歯磨きしない」はリスクに 報道に警鐘鳴らした日本口腔衛生学会理事長の真意

この集団感染をめぐっては、東京新聞が共同通信社の記事（14日付）に「感染源は洗面所の手回し式蛇口 大江戸線の運転士39人集団感染＜新型コロナ＞」と断定調の見出しを自社のサイトで配信した。

これに「危機感を抱いた」と話すのは、日本口腔衛生学会の山下理事長だ。

東京新聞のネット配信記事を目にした山下理事長は、同会の歯科医や歯科衛生士らに向けて「学校保健や産業保健の歯科保健指導で頭を痛めておられるのではないかと心配しております」とする文章を、メールにて配信した。

山下理事長は都交通局に事実確認をした上で、「記事をよく読めば『可能性』と書いてあり、間違った記述ではない」としつつ、「他の可能性を敢えて言及していない点に問題がありそうだ」と指摘。「マスコミ報道に振り回されず、事実を見極める目が大切」だと会員に呼びかけている。

内部向けだった同文章だが、ツイッター上で拡散。山下理事長に確認すると「自身が配信した文章で間違いない」ということだった。学会役員の了承を得るのには時間がかかるため、個人レベルで会員向けに送信。その後、役員の了承を得て、現在は正式な学会からの会員への周知としているという。

記者の取材に対し、山下理事長は「科学的な手法で感染源を蛇口と断定するのは難しいと考え、都交通局に確認したところ、保健所は具体的な検査を行ったわけではないにもかかわらず、報道では蛇口が感染源だと断定していた。文章では、会員にその根拠がないことを伝えたかった」と話す。

さらに、「蛇口が感染源である可能性は否定できない」とした上で、感染を極度に恐れて「歯磨きをしない方がいい」と考えることは、口腔の健康を損なうと指摘。新型コロナ感染症の重篤化を含む全身の健康に影響を与えることにつながりかねないと警鐘を鳴らしている。

山下理事長は、「（東京新聞の配信記事を目にして）週刊誌は読み手もそれなりに脚色があるという前提で読むかもしれませんが、新聞がそれと同じような手法を取るのはいかがかと感じました。昭和の人間としては、新聞であれば事実を淡々と知らせてほしいが、最近は新聞と週刊誌の信頼度は同じ程度と考えるべきなのでしょうか」と嘆く。

東京新聞「誤って断定的な見出しをつけてしまった」

東京新聞に22日、こうした指摘が起きていることに関して電話で見解を求めたところ、30分後に見出しが「運転士感染源、洗面所の蛇口か　都営大江戸線の集団コロナ」に変更された。

26日、東京新聞編集局は記者の質問に対しメールで「同記事は蛇口経由で感染した『可能性が高い』とするものですが、ウェブで誤って断定的な見出しをつけてしまいました。ご指摘を受けて、速やかに見出しを修正しました」とコメントした。