2021年は家賃相場の地域差が拡大？ひとり負けの東京23区、学生が左右する多摩、京都、神戸 - 中川寛子
※この記事は2021年01月26日にBLOGOSで公開されたものです
不動産業界では1月～3月はいわゆる繁忙期。4月からの新年度に向けて引っ越しが増える時期なのだが、コロナ禍の続く2021年は大きく様相が変わりそうだ。移動が減るだけではなく、地域ごとに賃料、空室率などに差が出ると不動産評価サービスのタス・主任研究員の藤井和之氏。実際の動き、懸念事項などを地域ごとにみていきたい。
世帯数激減の東京23区はひとり負け状態
コロナ禍でもっとも影響を受けているのは東京23区。2020年2月までは月に6500世帯（12カ月移動平均）ほどの流入があったものが、2020年9月には2700世帯余にまで減少。これはリーマンショック後の最低値と同水準だが、注意したいのはリーマンショック時は最低値に至るまで3年ほどを要したのに対し、今回は7カ月と藤井氏。「人口の移動に関してはリーマンショック時よりも影響が大きく、特に東京23区が大きなダメージを受けています」。
一方で賃貸住宅の供給自体はそれまでの好調な人口集中を反映、高い水準を維持しており、コロナ禍でも貸家着工戸数自体は影響を受けていない。つまり、物件は増えるが、借りる人は減っているという状態といえるわけで、今後、東京23区では需給のギャップが拡大、空室増もあり得る。
借りる側からすると物件余りの「借りやすい状況」ができるわけだが、それが賃料ダウンに繋がるかどうか。そこまではまだ難しいのではと藤井氏。コロナ禍にあっても各種データ上、賃料は上昇し続けており、その傾向はしばらく続くというのである。
日本では景気の動向と賃料はほとんどリンクしておらず、景気が悪化しても賃料はしばらく高止まりする。一般的な賃貸借契約は2年となっているため、その間は賃料が変わらないからである。リーマンショック時も都市部では有効求人倍率が1倍を切ってから1年後くらいにようやく賃料の低下がみられており、今回も緊急事態の継続で景気がより悪化、有効求人倍率の低下があれば賃料も下がるだろうが、とりあえず、今回の繁忙期には影響は少ないのではなかろうか。
学生ニーズ消失で先行き不安な多摩エリア
同じ都内でも状況がやや異なるのは多摩エリア。23区ほど世帯数の増加幅は減少していないものの、多摩はそもそも住民票を移さない人口流入＝学生が多い地域。統計には出てこない人口流入があるわけだが、それがコロナ禍で激減している可能性があるのだ。オンライン授業が中心になったことから大学周辺の賃貸住宅への引っ越しを控えている、費用負担を抑えるため、実家に戻るなどで周辺の賃貸需要がより少なくなっていることが考えられるのである。
しかも、この傾向はコロナ禍とは関係なく、ここ数年続いてきたもの。多摩エリアに移転した大学のうちの多くは都心に回帰しており、2023年には中央大学法学部の文京区への移転も決まっている。コロナ禍が終息しても多摩の単身者向けニーズが戻ることはないのである。しかも、率直なところ、多摩エリアの単身者向き物件は質的に微妙。コストを抑えて住むという意味ではあり得るかもしれないが、快適な在宅生活を考えるには足らないかもしれない。
神奈川県の危険要素は狭小ワンルーム
ひとり負けの東京23区に比べると首都圏他県の影響は比較的軽微。特に増加幅が縮小したとはいえ、神奈川県は首都圏では唯一世帯数が増加しており、都心から首都圏近郊へという人の流れの行先のひとつとなっていることがわかる。2020年11月の住民基本台帳人口移動報告でみても前年同月比の倍近い1500人以上の転入超過である。住宅供給も東京23区ほど過多ではないため、需給のバランスは取れており、空室が増える、家賃が下落するということはなさそうである。
ただ、神奈川県にも大きな弱点がある。それが20㎡未満、築10年以内という、市場ではあまり選ばれないワンルームが多数供給されているエリアが広範にあるという点。
「横浜市から川崎市にかけての、京浜東北線、京急線、相鉄線沿線には比較的築年数は新しいのにもかかわらず、市場では不人気な狭いワンルームが集中して供給されている地域があり、それはイコール礼金、敷金の取れないエリア。神奈川県は駅近くにマンションが集中しており、そちらは人気が高いのですが、駅から遠く、狭い物件は不人気。市場全体としてその影響で空室率が高くなることはあり得るかもしれません」。
影響は軽微だが、単身者向け物件がだぶつく埼玉県
埼玉県も世帯数の増加は月に4000世帯前後から3700世帯ほどと減少はしているものの、東京23区ほどの減少ではなく、人の流れに関してはコロナの影響は軽微。2020年11月の転入超過数も1500人ほどと順調で住宅の需給バランスも均衡しており、2021年の賃料、空室率は横ばいが続くものと思われる。ただ、埼玉県では築年数の古いワンルーム、1K、2Kなどといった選ばれにくい物件が多く、そうした物件の空室率は高くなっている。
人口流出減少、空室率改善で首都圏では勝ち組の千葉県
首都圏では唯一、空室率TVI（タス空室インデックス）が改善しているのが千葉県だ。1年前の2019年10月に16.44だった空室率TVIは2020年10月に14.50と1.94ポイント改善されているのである。東京23区が12.69から13.47と上昇、つまり空き家が増えていることと比べると、その違いがおわかりいただけるだろう。
その理由として大きいのは他県への人口流出が少なかったこと。これまで、就職、大学進学、転勤などで地元を離れていた人たちが地元に留まっているのである。加えて2020年11月の転入超過数は前年同月のマイナス300人近くから780人にまで増加している。人が留まり、入ってきているわけである。
その一方で賃貸住宅の新築着工戸数は2017年10月以降微減傾向が続いている。借りる人が増え、物件がそれほど多く供給されていないわけで、その結果が空室改善ということなのである。
また、千葉県では2019年秋の2つの台風で多くの家屋が被害を受けており、これに対して民間賃貸住宅が応急仮設住宅として使われている。もちろん、賃貸住宅も被災した。それが供給減少に繋がり、結果として空室率改善となったとも考えられる。今後、急に住宅が増えるとは思えないことを考えると、地域にもよるが物件が少なく、探しにくくなることもあり得るかもしれない。
需給バランスは調整済 大阪府はしばらく横ばいか
首都圏で東京23区が影響を受けているなら、関西圏では大阪府も？ と思うかもしれないが、大阪の場合、世帯数増加の縮小はさほどでもない規模に収まっている。逆に2020年11月でみると近畿圏で唯一転入超過数がプラスとなってもいる。景気の悪い時ほど大都市に人が集まるといわれるが、東京がその受け皿にならない分、大阪に人が集まっているということだろうか。
賃貸住宅の着工戸数も2019年初旬以降減少しており、需給のギャップはすでに調整されてきていた。そのため、今後も賃料、空室率ともに横ばいの状態が続きそうである。
学生の動向次第で状況はさらに悪化も 京都府
市民の10人に1人が学生という京都市。京都府全体でも人口の6.1％は学生となっており、懸念要因は学生の動向。多摩の項でも指摘した通り、オンライン授業が主体となるなら大学の近くに住む必要はなくなるのである。
加えて、最近の学生はアルバイトで生活費を稼いでいる例が多い。バイト先のメインは飲食店。その飲食店が打撃を受け、バイト代が入らないとなれば家賃が払えなくなるケースもある。ましてや京都は主要な産業のひとつである観光も大打撃を受けている。観光客がいなくなって静かで良いとのんびりしている場合ではない。賃料自体はまだしばらく変わらないとしても、空室は増えそうである。
変化は少ないが、学生の多い神戸市に懸念
世帯数増加幅は縮小しているものの、全体としてはそれほど影響を受けていない兵庫県だが、懸念があるとすれば学生の割合が高い神戸市。京都市の10.0％に比べればだいぶ少ないが、それでも4.6％となっており、政令指定都市の中では福岡市の4.9％に次ぎ、仙台市と同レベルである。2020年の場合にはコロナの影響が本格化する前に移動をと考える人が多かったが、2021年は引っ越しすら考えにくい状況下にある。学生の移動は前年よりもはるかに少ないと考えるのが妥当だろう。
トヨタの動向が鍵を握る愛知県の賃貸市場
愛知県の場合はコロナ以前に自動車産業が消費税増税の影響を受けており、世帯数の増加幅は2019年10月以降減少に。2019年11月には1100人超の転出超過にもなっている。そこにコロナが拍車をかけ、2020年9月時点では2019年9月時点の約60％にまで世帯数の増加幅が減少している。同時に賃貸住宅の着工戸数も減少しているものの、世帯数増加の減少のほうが大きいことから、需給ギャップは拡大傾向に。空室が増える状況というわけだ。
実際、2019年10月から2020年10月で空室率TVIを比較してみると14.62から16.56と今回取り上げた都府県の中でもっとも悪化している。
今後がどうなるかについてはもっぱら自動車産業、というよりトヨタ次第だろうと藤井氏。「雇用は守るとのことですが、生産が落ちてくると一次、二次までは守れても、三次、四次の下請けまでは守り切れない。今回は雇用調整のための助成などもあり、リーマンショック時のような派遣切りは目につきませんが、これからどうなるか。感染がこれ以上に拡大するようなら不安です」。
とはいうものの、転出入でいえば2019年の1100人超のマイナスから、相変わらず転出超過ではあるが、2020年11月には290人のマイナスにまで減少しており、今後の回復に期待したいところだ。
感染拡大前の勢いが継続か 福岡県
感染拡大直前まで非常に元気のあった福岡。2020年4月以降に世帯数増加幅が多少落ち込んだものの、割合はピーク時で約15％減、2019年と比べると約10％減ほどに留まっており、幸いなことに影響はそれほど大きくはない様子。ただ、多摩、京都市、神戸市であげた通り、福岡市も大学の多いまちのひとつでもあり、今後の動向は気になる。
賃貸住宅の着工戸数は2017年初旬くらいから減少傾向で推移していたため、需給のバランスは保たれており、余るでもなく、足りないでもなくという状況。賃料、空室率ともにしばらくは横ばいが続くと思われる。
九州は長崎県、大分県を除けば数は少ない自治体もあるものの、2020年11月時点では転入超過となっており、福岡はその筆頭。若い層の流入もあり、勢いはまだ続きそうである。
以上、ざっくり2021年の日本全国の賃貸市場予測をみてきた。学生だけではなく、企業も異動を控える傾向にあり、人が動かなくなっている。ちょうど繁忙期にかかる時期の緊急事態宣言だけに影響は前年よりはるかに大きい。どうなることか、先行きも含めて不透明としか言いようがない。
