【新型コロナウイルス、ワクチン】コロナワクチン「又聞きやウワサでなく正しい知識と情報をもとに自分で判断すれば怖くない」 - 木村正人
※この記事は2021年01月22日にBLOGOSで公開されたものです
［ロンドン発］「人に迷惑をかけたくないし、かけられたくもない。コロナを征服したいと自分の意思で接種を決めました」――。ロンドン北西部で暮らす日本人女性、A子さん（85）は昨年12月21日と今年1月11日に米ファイザーと独ビオンテックが共同開発したワクチンを2度接種した。
ワクチンの集団接種で感染防止の防波堤を築く「集団免疫」の獲得を目指すイギリスではすでに約461万人が1回目の接種を終えた。しかしA子さんのように免疫を高める2回目の接種を済ました人は約46万人しかいない。
感染力が最大70%も強い変異株が猛威をふるい、急ピッチで勢力を拡大している。イギリスの死者は9万3290人。できるだけ死者を増やさないよう1回目の接種を優先し、2回目の接種間隔を3週間から急遽（きゅうきょ）12週間に広げたからだ。
A子さんは1990年にイギリス人の夫を心臓病で亡くしてから30年間、独り暮らし。12月2日にファイザー製ワクチンの緊急使用が英医薬品・医療製品規制庁（MHRA）で承認されたのに、英国民保健サービス（NHS）からは何の音沙汰もなかった。
原則無償で医療を市民に提供するNHSでは「GP」と呼ばれる「かかりつけ医」診療所が「プライマリ・ケア」を担当している。日本のようにその都度、自分で行く診療所や病院を選べない。自宅や職場、子供が通う学校近くのGPを一つだけ選んで登録する。そのGPが医療にアクセスする窓口になる。
上から2番目のハイリスクグループ（80歳以上）のA子さんは「ワクチンをいつ打ってもらえるのだろうと思って、薬局で尋ねても“待っていればいい”という返事。GPに問い合わせると“12月21日に来て下さい”ということでした。“何で教えてくれなかったの”とこぼしても相手にされませんでした」と言う。
「ルールを守らない人が多ければ何度ロックダウンしても同じ」
「過剰医療」と言われる日本と異なり、イギリスの医療事情は待っていれば順番が回ってくるほど甘くはない。なかなか病院で治療を受けられないので、普段は救急科が「駆け込み寺」のようになっている。筆者自身、鼻血が止まらず救急科で昼から夜まで待たされている間に止まっていた経験がある。
犠牲者を減らし、医療崩壊を防ぎ、早く日常生活を取り戻すため、イギリスではワクチン以上に効果的な手段は今のところ見当たらない。全身的なアレルギー反応のアナフィラキシーや「ベル麻痺（急性顔面神経麻痺の一種）」、自己免疫疾患をまれに引き起こすリスクをベネフィットがはるかに上回っているからだ。
A子さんのアポイントメントは1回目も2回目も同じ午後2時半。接種会場はバスで5～10分かかるいつもの「かかりつけ医」とは異なる診療所だった。「乗客の中にはマスクをしていない人もいるので、やはり怖い。ルールを守らない人が多ければ何度ロックダウン（都市封鎖）をしても同じことの繰り返しです」
都市封鎖になればA子さんのような高齢者には地元の区役所が週に1度、パンやスープの缶詰、野菜が入った食料品の小包を届けてくれる。日本のお米やみそ、しょうゆは隣人や友人に頼んでいる。
「本当に助けられますが、イギリスは多民族の移民社会。バスのドライバーはトラブルを恐れてマスクを着用していない乗客に注意をしない。放任主義というか、政府の言うことを聞かない人が多すぎます。小売店で牛乳1本買うのも怖い。店員がマスクをせず、2～3人集まって大声で話しているからです」
「2回目は腕の痛みを感じ、今でも動かすと軽い痛みがあります」
ワクチン接種を決めた理由についてA子さんは「私自身、コロナにかかりたくない。買い物にもゴミ捨てにも独りで行けない。万一、私に何かあったら後始末が大変です。70～75歳の人は85歳の私に比べてまだ余裕があるのか、受けたってしょうがないとワクチン接種を受けない人もいます」と打ち明ける。
接種会場の診療所では2メートルの安全距離を保ちながら順番を待った。接種前の問診は3～5分で終わり接種後、体調に変化がないか15分程度様子をみた。いずれも左腕に筋肉注射した。「1回目は何も感じませんでした。2回目は腕の痛みを感じ、今でも動かすと軽い痛みがあります」
「夏の東京オリンピック・パラリンピックは人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、また東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい」と18日の施政方針演説で繰り返した菅義偉首相にA子さんは「選手の方には気の毒ですが、無理じゃないでしょうか。このウイルスは感染が感染を広げます。残念ですが、再び延期できるものなら延期した方が良いと思います」と正直に感想を語った。
ノルウェー政府によると、ファイザー製ワクチンを巡って同国で介護施設や在宅介護の高齢者23人（最新の報道では33人）が接種から1週間以内に死亡した。同国の高齢者介護施設では毎週平均して約300人が死亡しており、同国の保健相は「高齢者介護施設に住む人々のほとんどは、深刻な基礎疾患を抱えているか、人生の最終段階にある。報告された死亡者は高齢者、非常に虚弱な患者、および終末期の老人ホーム居住者だ。これはワクチンの安全性を懸念する原因にはならない」と話している。 事前の説明と同意や、事故防止のためのスクリーニングは十分行われていたのだろうか。
英イングランド南東部オックスフォードシャー州で夫と暮らす日本人女性のB子さん（83）は昨年12月23日に1回目の接種を受けた。「午後2時半のアポイントメントでしたが、普段のかかりつけ医ではない自宅から7.2キロメートル離れた大きな診療所でした。列に並んだので実際に接種したのは午後2時50分ごろでした」
ファイザー製ワクチンで、2回目は1月13日と決まっていたのに延期になった。「政府の方針が変わったとニュースで聞いていたので仕方ないなと感じました。1回目の接種の翌日、ベッドから起き上がる時に上腕がちょっと痛いなと感じたぐらいで、副反応は何もありませんでした」
在英50年というB子さんは「怖いという気持ちは全然なく、ニュースやウェブサイトには1回接種しただけで有効性が90%という情報もあったので、そんなに効き目があるのなら、もちろんやるに越したことはないと思いました。又聞きやウワサではなく正しい知識と情報をもとに自分で判断すれば何も怖がることはありません」と言う。
最初、夫のスマホに通知が届いた。B子さん自身は持っていないからだ。ワクチンの説明と同意を求める文書で、やりますと返事するとまた長いメールが届いた。「読んだという返事を書くと、3度目に看護師から電話がかかってきて丁寧に説明してくれて接種日が決まりました。時間もいつが良いか尋ねられました」
送られてきた文書には10人に1人にみられる副反応として注射部位の痛み、疲労、頭痛、筋肉痛、寒気、関節痛、発熱、100人に1人にみられる副反応として注射部位の腫れや赤み、吐き気が明記されている。
接種当日、医師はパソコン画面に表示された女性のメディカルレコードをチェックしながら問診を2～3分続けた。持病の高血圧や不整脈、服用している薬についても確認された。
「夫とはあと4年で金婚式。76歳の夫にはまだワクチン接種の順番が回ってきていません。これまで彼が買い物に行ってくれたのですが最近、神経質になってきて車で買い物に行っても駐車場に止めた車の中で本を読んで待っていて、スーパーマーケットの中に入ってこなくなりました。代わりにワクチンで免疫をつけた私が店内で買い物をしています」
イギリスの医療現場「悲観的になっても仕方ない、みんなで乗り越えよう」
2013年にイギリスで看護師免許を取得し、英中部にあるNHS病院の外科部門で働き始めて7年が経つ40代の日本人看護師ユキさんは昨年春の第1波でコロナ専門病棟に招集された。コロナ病棟で働く医療従事者も最優先で接種を受けているが、接種するかしないかは本人次第。
ユキさんの場合、説明と同意はオンラインと接種前の2回。1月14日午後5時に勤務先の病院でファイザー製ワクチンを接種してもらった。翌日昼、勤務中に調子がおかしくなった。勤務が終わる前後には頭が割れそうなぐらいひどい頭痛と、悪寒、全身の筋肉痛に襲われた。首がガチガチに硬くなって吐き気がした。
「事前に説明を受けた通りの副反応だったので、そのまま自宅に帰りました」。19日に筆者がテレビ電話会議サービスで取材した時にはすっかり元通りになっていた。次の接種は4月2日という。
「ワクチン接種に限らず、大切なのは患者さんに理解してもらった上で判断してもらうことです。接種を拒否した同僚もいます。この国では自分で決める個人の権利が確立しています。多くの人が実際に打っている。副反応が出ているのは確かだが、割合とか深刻度をみるとごくわずかと私は判断しました」
「イギリスでは看護師2人にアナフィラキシーが出たのも、もともとアレルギー歴があった人でした。まず正しい情報や知識を得て、接種する、しない場合の両方のリスクとベネフィットを天秤にかけなければなりません。私はリスクよりベネフィットの方がはるかに大きいと考えました」
日本ではコロナ危機で看護師不足がさらに深刻化していることについては「NHSでは基本的に業務命令が来るという感じ。4万人不足していた看護師も1万3千人増員しました。看護師免許は3年に1度更新する必要があり一定時間以上の臨床が求められるため、イギリスには休眠“資格者”は存在しません」という。
看護師の年収は地方で3万1千ポンド（約438万円）に満たず、コロナ病棟勤務になっても危険手当や特別手当は一切ない。
「元の職場がコロナ病棟になり、帰る場所もない。医師も看護師も簡単に辞められるものではなく、悲観的になっても仕方ない、みんなで乗り越えよう、暗くなる必要はないという感じです」とユキさんは言う。
東京五輪については「その前にワクチン接種にしろ、こういう具体的な対策をとるという大きな方針があってのことだと思います。こうだから五輪も頑張りましょうと言えば、もっと現実的に聞こえるでしょう。根拠を示さないので精神論にしか聞こえないのかもしれません」と話した。
