「夢の国・日本はウソだった」 介護施設でタダ働きの末、帰国を強制されたフィリピン人女性留学生が日本語学校を提訴 - BLOGOS編集部

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※この記事は2019年07月05日にBLOGOSで公開されたものです

アルバイト先の介護施設に労働条件の改善を求めたフィリピン人留学生の女性(30代)が、通っていた都内の日本語学校から、一方的に退学と帰国を命じられたとして、6月26日、学校を運営する株式会社ホツマインターナショナル(岐阜市)を相手取って、計165万円の損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こした。

取材に対し、「日本は夢の国だと言われて来たのに…」と無念の言葉を口にした女性。在留期間が切れ、フィリピンに帰国する直前に話を聞いた。【取材:清水駿貴】

◆ボランティア名目でタダ働き 抗議すると強制帰国を通告された

訴状などによると、女性は2018年4月、現地ブローカーを通じて、留学生として来日。午前中は日本語学校に通い、午後は神奈川県内の介護施設で働いた。ブローカーからは「食費、寮費は無料。安定した生活が送れる」などと聞いていたという。

しかし、女性を待っていたのは、労働に拘束される日々。留学生の上限である週28時間を超える労働時間を「ボランティア」として無給で働かされ、1ヶ月の寮費として3万5千円が給料から天引きされた。

同年12月ごろ、女性は未払い賃金や長時間労働について介護施設側に抗議。翌19年1月、日本語学校と施設側から「学校と仕事はセット」などの理由で一方的に退職・退学を言い渡され、強制帰国させられそうになったという。

女性は身の危険を感じて、その夜、寮から逃げ出した。外国人労働者からの相談を受け付けるNPO法人POSSEの支援のもと、労働組合「総合サポートユニオン」に加盟し、未払い賃金の支払いや強制退職の責任を求めて介護施設側と団体交渉を行った。

交渉の結果、施設側は賃金の支払いと退職の責任などを認め、補償することで和解。女性は学校側から違法な退学処分を受けたとして、提訴に踏み切った。

◆日本は夢の国だと聞かされていた

「日本は夢の国。行けば人生を大きく変えることができますよ」。

17年の夏、フィリピンのブローカーから女性はそう誘われたという。今年4歳となる息子をシングルマザーとして育てる女性は、「子どものために」と当時働いていた現地工場の医務室スタッフを辞め、日本に留学することを決めた。

ブローカーは「半年分の寮費は無料。食費も必要なく、居住地と学校、職場は5分以内で移動できる」などと女性に説明したという。

しかし、実際は寮と学校、職場はそれぞれ、電車で1時間以上かかる距離にあった。女性は午前5時に起床し、午前中は日本語学校で授業を受け、午後2時半~7時半の間、認知症の介護施設で勤務。翌日の予習などがあったため、就寝時間は遅い時には、午前1時を超える日々が続いたという。

それに加えて、毎週土曜日は夜勤が入り、午後5時から翌朝午前9時まで、計16時間働いた。女性は「日本語もほとんどわからないのに、夜勤は1人。相談する相手はおらず、仕事で取り扱う薬品名や患者の病名などはすべて日本語で書いてあったため、ミスがないか不安で仕方なかった」と振り返る。

在日外国人の労働条件などを定める出入国管理法では、在留資格「留学生」での就業は週28時間までと定められている。そのため、介護施設は実質的な残業を「ボランティア」という名目にして、女性を無給で働かせていたという。無給労働は多い時で月37時間に上った。また、寮費として毎月3万5千円を給料から天引き。女性は他のフィリピン人留学生4人とともに、2段ベッドが並べられた狭い部屋で生活していたという。

「寮ではシーツで覆ったベッドの内側しかプライバシーはありませんでした。お互いが疲れきっていることを知っていたので、誰かが休んでいる時には物音をたてないように、気をつけて生活していました」。

フィリピンにいる両親や息子には気を遣わせたくないと、テレビ電話では明るくふるまった。「ひんぱんに連絡すると、心配をかけるから」。頻度は減っていった。

◆抗議すると退学・帰国命令が 理由は「就労と勉強はセットだから」

昨年冬、女性は複数回、ボランティアや1人夜勤などの改善を求めて、介護施設に抗議した。

年が明けた1月23日、女性は日本語学校の校長らに呼び出され、退学と帰国を告げられたという。

「私は学生ビザで来日しています。日本語学校と問題を起こしたわけではないのに、なぜ退学しなければならないのか」とたずねる女性に対し、学校側は「介護施設での就労と学校での勉強はセット」などと説明した。

その夜、女性は荷物を置いたまま、寮から逃げ出し、POSSEに相談。その後、介護施設と団体交渉を行った。施設側は賃金の未払いなどを認め、和解。女性は6月、退学の責任などを認めていないホツマインターナショナルを提訴した。

同社は編集部の取材に対し、「対応はすべて弁護士に任せており、事実関係なども含めコメントしない」と話した。

◆「日本に来る前は、ある種の洗脳を受けていたと思う」

帰国を強要され、寮から逃げ出した翌日、女性は母親に電話し、それまで隠していた日本での生活実態を伝えた。

「すぐに帰ってきなさい」。母親の言葉に涙が止まらなかった。「自分が日本でされたことはおかしい。きちんと責任を追及したい」と話す女性に、母親は「それなら悔いのないように、自分の思いをしっかり主張しなさい」と言葉を送った。

学校を退学となった女性は在留資格が失効したため、7月3日、フィリピンに帰国した。

帰国前、女性は「日本に来る前は過度の期待をしていた。ある種、洗脳されていたんだと思います」と振り返った。

「日本の社会は、日本での生活が決して簡単なものではないと教えてくれました。学校や会社は社会的地位のある組織。私はフィリピンから夢を追い求めて来た一留学生にすぎず、戦うのは簡単ではありません。しかし、POSSEと出会い、外国人が声を上げることを支援してくれる団体があることを知りました」。

「日本には、法律や労働環境を整えて、労働者や学生を大事にする国になってほしいです」。

◆極めて悪質な事案 国は外国人労働者の人権保護に注力を

女性の代理人をつとめる指宿昭一弁護士は「今回の事案は立場の弱い留学生の人権を侵害する極めて悪質なもの」と憤る。

「日本は労働力の確保のために入管法を改正して、外国人労働者受け入れの窓口を広げているが、留学生や技能実習生の立場を悪用する動きというのは解決されていないまま。女性のように、半分だまされるような形で働かされる事案を防ぐためにも、国は国内外のブローカーを規制する仕組みを確立するなど、外国人労働者の人権保護に注力するべきです」。

また、POSSEで外国人からの相談を担当している岩橋誠さんは「日本における外国人労働者の支援はまだまだ課題が多い」と指摘する。

「日本語が得意ではない外国人労働者は、問題を抱えていても相談窓口にたどり着くことができません。支援につながらないと、問題が"なかったこと"にされかねません。そこでPOSSEでは、学生が中心となって『外国人労働サポートセンター』を立ち上げ、問題を抱えている外国人へのアウトリーチ活動に力を入れて取り組みはじめました」。

岩橋さんは「現在は英語での支援活動が中心ですが、ほかの言語に対応できるボランティアを必要としています」と協力を呼びかけている。

NPO法人 POSSE「外国人労働サポートセンター」