※この記事は2019年07月04日にBLOGOSで公開されたものです

キャッシュレス決済を巡る動きが、慌ただしさを増しています。特に目立つのは、雨後の筍の如くその数が増えてきたスマホ決済関連の動向です。

各陣営のキャッシュバック等利用者還元キャンペーン合戦もさることながら、ここに来て複数のキャッシュレス決済が連携をはじめる等の報道も相次いでいます。そこでこの機会に少し、キャッシュレス化の流れのおさらいと今後の課題を整理しておきたいと思います。

利用者囲い込みに躍起になるQRコード決済各社

最近時の新聞記事の見出しを具体的にあげると、「LINEとメルカリが相互利用で連携へ」「楽天ペイがSuicaと連携」、QRコードの共通化では、「産官学共同で立ち上げたキャッシュレス推進協議会がQRコード統一規格を発表」「JCBがメルペイと連携」「LINE、ドコモ、アリババなど5社が連携」等々。

ただでさえ耳慣れない○○ペイなどの新たな決済担い手の乱立に加え、陣営同士が不規則な提携や連携を繰り返すことで、加盟店や利用者はどうにもさっぱり分からないという状況に陥りつつあるように思えます。この状況の先に我が国キャッシュレス化の明るい未来は待っているのか、少々不安ではあります。

なぜこのような状況に陥っているのかと言えば、それはひとえにスマホ、カード、QRコード各陣営がキャッシュレス化推進の本来の目的や利用者の利便性を後回しにして、とにかく自社サービス利用者の囲い込みに躍起になっているからにほかなりません。

なぜ彼らが、まだ日本では黎明期を脱しきれていないキャッシュレス化移行初期の今、そこまで躍起になって利用者囲い込みを仕掛けているのでしょうか。

還元キャンペーンを打ち続ける真の狙いは「顧客情報」

クレジットカードの時代には、各社の思惑は基本的に加盟店が負担するカード取扱手数料の積み上げにありましたが、新参のキャッシュレス陣営の場合、それは二の次。真の狙いは別のところにあります。

その狙いを一言で申し上げるなら、キャッシュレス化によって貨幣が金銭的価値と同時に手にする情報データを他陣営に先んじてより早くより多くを手にしようとしている、ということになります。そのためには大々的なキャッシュバック・キャンペーンや他陣営との連携等のコストもいとわず、より早くより多くの利用者を囲い込むことで、この領域で主導権を握ろうとしているわけなのです。

言ってみれば、現在の各キャッシュバック・キャンペーンは彼らが顧客情報を買い集めるコストであり、言い換えれば、キャンペーン参加者はキャッシュバックの恩恵と引き換えに自分の個人情報を売り渡しているわけなのです。

これらの「いつ、どこで、誰が、いくらで、何を買ったか」という顧客情報は、まずは当然自社のマーケティングに活用されます。Amazonに代表されるECサイト運営者がすでにそうしているように。

しかし、最終目的地はそこではありません。各キャッシュレス陣営は、自らキャッシュレス決済のプラットフォーム役になることで情報収集の守備範囲を世界中に広げ、手にする情報を飛躍的に増やすことを狙います。そしてその先では、集めた情報の仲介役として新たなビジネスを生みだすことを画策しているのです。

顧客情報取得の先に各社が見据えている情報ビジネス

その代表例ともいえるものが、情報銀行ビジネスです。情報銀行とは、国の認可を得て情報の仲介役として銀行のような役割を果たす機関になります。

その仕組みは、まず自分たちが集めた個人情報の名義人からの委託(正確には個人情報を外部に提供することの承諾)を受けて預かります。これは一般銀行の預金業務に相当します。今度は、その情報を活用したいと希望する企業に有償で提供します。この部分は一般銀行の融資業務に相当します。

情報の提供を受けた企業は、情報の名義人(委託者)に対して利息の相当する有益な情報を提供しつつ自社のサービスに誘導することを狙います。これが、情報を仲介する情報銀行の基本的なビジネススキームです。

情報銀行業務にまで至らずとも、自前で集めたデータを活用した与信判断ビジネスや、あるいは日常的な取引ぶりを採点して高得点者に優遇サービスを付与するようなスコアリング・ビジネスも実用に向け動き出しています。

前者に関しては、金融事業以外が与信判断および実質貸金業務を大々的に請け負うという新たな展開につながり、法規制の問題等が検討課題となります。

後者に関しては、すでにキャッシュレス化60%を超える中国のアリババ集団が芝麻(ジーマー)信用なるスコアリング・ビジネスを定着させており、これが参考になりそうです。現状中国では、多くの利用者は優遇サービスを求めて芝麻信用に登録をする動きが出ています。

しかしながら、一方でスコアリングの低い利用者がサービス提供からの排除を受けるなどの逆差別的弊害が問題視されるなどの動きもあり、我が国での定着に向けてはまだまだ解決課題が多いといえます。

このように新たな情報ビジネスが本格稼働するようには、まだ多くの時間が必要な様相ではあります。となると、今後会員囲い込みコストに耐え切れずに、事業そのものを投げ出すキャッシュレス陣営が出てくることも考えられます。

QRコード決済に限らず乱立するキャッシュレス決済陣営が、ある程度の連携か統合を経て優勝劣敗が明確化する等の流れに向かう中で、キャッシュレス決済を巡る業界地図はこの先まだまだ塗り替えられることは必至です。波乱含みの展開が、店舗や消費者をさらなる混乱に引き込む事態も待ち受けているかもしれません。

「台風の目」となり得る銀行系QRコード決済が抱える課題

もうひとつ現在の状況下でとりあえず注目しておくべきは、キャッシュレスに対して基本的に慎重なスタンスで業界統一感がなく、存在感が薄かった銀行業界の動向です。

ここに来て業界統一のプロジェクトがようやく始動し、全銀統一QRコード決済「バンクペイ」を今秋スタートさせると発表しました。これは2000年にサービススタートした、銀行口座に紐づけされた即時決済J-デビッド機能をベースにしたQRコード決済サービスです。

国民一人あたり複数所有する銀行口座と連動する点、加盟店はタブレット以外の設備投資が不要な点、即時決済による手数料が安い点(現時点では1%台を予定)が、大きな利点です。

決済業務のディフェンディングチャンピオンともいえる銀行が提供する信用力の高いサービスでもあり、キャッシュレス決済の台風の目であることは間違いありません。

しかし本サービスは、2000年スタートのJ-デビッド失敗の最大要因とされる加盟店増強という大きな課題を抱えています。そしてこの問題と密接に関係した、「バンクペイ」と並行して各銀行が独自あるいは共同で進めているキャッシュレス・サービスとの優先順位がどうなるのか、本当に「バンクペイ」に一本化できるのか、といった課題も見え隠れしています。

さらには、今春スタートした日本最大の利用者を抱える金融機関ゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」との連携はどうなるのか、という問題も。過去に決済機能を独占してきた銀行が引き続きその座を確保できるのか否かは、秋のサービススタートまでにこれら山積する課題に道筋をつけられるか否かにかかっているといえそうです。

まだまだ戦国時代が続く様相のキャッシュレス決済。2025年に40%達成を掲げる日本のキャッシュレス決済が本当に計画通りに根付くか否かも含めて、各陣営が目先の陣取り合戦に終始することなく国民的利益を第一に考えた流れをいかに作り上げていくのか、陰で支える政府の舵取りにも注目したいところです。