※この記事は2019年07月04日にBLOGOSで公開されたものです

東京大学と並んで、日本の最高峰の大学の一つに数えられる京都大学。「自由の学風」を誇り、iPS細胞で知られる山中伸弥氏や、湯川秀樹氏、福井謙一氏らノーベル賞受賞者を数多く輩出してきた。そんな京大の“研究の現場”にスポットライトをあてた『京都大とノーベル賞 本庶佑と伝説の研究室』(河出書房新社) が出版された。

著者は、地元紙・京都新聞記者の広瀬一隆氏(37)。医師免許を持ち、京都大学をはじめ関西にある大学を中心に最先端の研究現場の様子を伝えている。今回の著書では、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏に肉薄したインタビューなどを通じ、京大の研究現場のありのままをかみ砕いて伝えている。

広瀬氏は、自由な発想を尊重してきた京大の環境について、「変人の巣窟」という独特な表現で評する。一方、近年は大学当局による学生への管理強化を感じるといい、学風の行く末に疑問も抱いている。京大に密着し続ける地元紙記者として、今後の京大をどう追いかけていくのか――。考えを聞いた。

SNSが普及した今 マスコミは自らを見つめ直すべき

――医師免許を持っていますが、科学や研究をする上でどのように役立っていますか。

医学をはじめとした生命科学の知識は取材で役立っています。しかし、僕は大学を卒業してすぐに記者になっているので、実際の診察や治療はなにもできない「ペーパー医師」です。飛行機や新幹線に乗る時は、急病人が出て「お医者さんはいませんか」というアナウンスがかからないかドキドキしています。幸いにして、そうした機会にはまだ遭遇していませんけど。あとちょっとした病気の相談を同僚から受けることがありますが、こちらも丁寧に「分からない」と返します(笑)。

一方、ギルドみたいに独特な医者の世界はそれなりに体感しています。そういう世界から、別の世界で仕事を始めたという経験は役立っているように感じます。医者の世界が独特だったのと同じ意味で、「記者の常識は世間の非常識かも」という意識は常にあります。

記者になったことはこれまでの約10年、一度も後悔していません。ただ、新聞の発行部数の減少などマスコミ業界の先行きは決して明るくありません。同時に、SNSの普及などによって、マスコミのやり方に対する厳しい見方も出てきています。そうした意見をしっかり受け止めて変わっていかなければならない時代だと思います。

とっつきにくい科学記事 伝え方に改善の余地あり

――科学を新聞記事で伝える意味とはどういった点にあるのでしょうか。

科学の話はとっつきにくいようで、なかなか多くの人に読んでもらうのが難しく、いつも頭を悩ませています。科学関連の記事を理解してくれる人は社内でも多くはありません。他業種と比較しても、新聞社の文系が占める割合は高いはずです。そうした背景も影響しているのかもしれません。

取材対象となる科学者は、自分の専門分野だけに関心が向かいがちです。本来の科学記者は、そういった“タコつぼ化”した科学を一望して、「いま科学で分かっていることの全体像は何を意味しているのか」を示すことにあると思います。

もちろんそのためには、専門的な研究内容を分かりやすい言葉にして広く伝えることも大事です。そのいずれもが、まだ十分にできているとは思えません。科学報道にはまだまだ改善しなければいけない課題がたくさんあります。

読者に身近に感じてもらえない研究の面白さ

――今回の著書の主題は「京都大とノーベル賞」です。どうしても難しくかたい印象を持ってしまいます。

科学の研究というのは結果が出るまでのプロセスが面白い。にもかかわらず、新聞記事になるのは短い結果だけで、記事を書く側として残念な思いを抱いてきました。

研究というものをなかなか身近に感じてもらえない中で、ノーベル賞はたくさんの人に科学に関心を持ってもらうチャンスです。日本ではノーベル賞がもてはやされすぎという指摘もありますが、悪いこととは思いません。2018年に本庶佑さんがノーベル生理学・医学賞を受賞したタイミングで、科学の研究成果の背景にあるさまざまな物語を描きたいと考えました。

また、本庶さんの業績は京大を抜きには語れません。一人の傑出した研究者を輩出するには、背後に何人ものすぐれた研究者が必要です。京都大がそうした土壌を持つからこそ、本庶さんの受賞につながったと考えていています。

独創性認める京大のおおらかさ ノーベル賞相次ぐ背景

――京大関係者がノーベル賞を相次いで受賞する背景をどう見ていますか。

本でも触れましたが、「独創的なことをしてやろう」という気概を強く感じます。他の大学と比べても、記者と研究者の距離が近い。気軽に取材に行ける環境があります。こうしたおおらかさが、独創的な研究の土壌になっているのかもしれません。

――今回の著書では、どういった面で苦労しましたか。

ノーベル賞受賞が決まってすぐ、本庶さんへ取材を依頼しました。ところが、なかなか取材をお受けいただく時間がありませんでした。受賞が決まった昨年10月から、おそらく100件近い取材依頼があったはずです。ノーベル賞受賞者の中には、できるだけ取材に応じようとしてくださる方もいるようですが、本庶さんは自分のペースを乱さないことを徹底したのだと思います。

本庶さんは「強面」研究者としても知られています。取材依頼のメールを送る時も、何度も読み返して失礼な表現がないか確認しました。ようやく取材OKが出たのが翌年の2月。この間、本庶さんが取材を受けてくださるのか分からず冷や冷やしました。

――スウェーデンでの授賞式はいかがでしたか。

これも、いろいろと苦労しました。ノーベル賞に関連した大半の催しには、申し込みさえすれば入れますが、授賞式や晩餐会に入れるメディアは限られています。ですので、京都の地元紙の記者が取材する意味がいかに大きいか、頑張ってメールで書きました。私の英語力では限界があるので、知り合いのアメリカ人に添削してもらいました。添削といってもほとんど書き直されて跡形もなくなりましたが。

晩餐会は、えんび服を着なければなりません。現地で借りたのですが、もちろん人生初の体験です。私は普段、スーツすらほとんど着ることはないので、晩餐会の間はずっと窮屈な思いをしていました。本庶さんは和服で通されましたけど、私は自分の姿を見て「着るんじゃなかった」と実感しました。

山中伸弥氏が大切にする“アホ”の精神 新聞記事にも反映させたい

――iPS細胞やオプジーボなどは難解で、聞いているだけで頭が痛くなります。

今回の本では、「科学者の世界のドラマを描きたい」と思いました。科学の世界はどうしても敷居が高く、専門外の人には科学者が何を考えて研究しているか、なかなか分からないと思います。

でも案外、多くの科学者は失敗したり不安を抱えたりしながら、実験を重ねています。研究成果を社会に届けるには、専門外の企業人との関わりも必要です。そんな風に、いろいろな人たちが関わり合って研究が進んでいる様子を知ってほしかったです。

研究には、「アホやってなんぼ」という意識も重要なのだろうと思います。実際、宇宙人とのコミュニケーションに関する論考を出版する人類学者がいたり、穴だらけの日よけを作った科学者がいたりします。

その意味では、山中伸弥さんも「アホやってなんぼ」という精神を持っていらっしゃいます。インタビューをさせていただいても、時々ボケてくるんです。ちょっと拾いきれない時もありますが(笑)。だいたい髪の毛のネタは、山中さんの鉄板です。

記事になると、どうしても「立派な先生」というイメージを押し出してしまいがちです。記者はもっと「アホさ」を出すことに積極的になってもいいかもしれません。新聞記事ってどうしても肩肘張ってますからね。私ももっと頑張ってアホにならなあかんと思います。

立て看板に吉田寮… 京大に感じる“自由”へのプライド

――京都大といえば、自由の印象が強いです。取材を通じてさらなる発見はありましたか。

いい意味で、「自由の学風」へのプライドがあります。

例えば、本庶さんのノーベル賞受賞が発表された2018年10月1日。私は朝から吉田寮という学生寮の取材に行っていました。寮の旧棟は、築100年以上になります。老朽化を理由に大学執行部が旧棟などからの立ち退きを求めていて、今月からは訴訟が始まります。10月1日は、大学職員が退去通告書を出したので、その取材で寮を訪れたのでした。

翌日の10月2日には、本庶さんの受賞を祝う立て看板が京大周辺に出現しました。誰が立てたのかははっきりしませんが、学生かもしれません。立て看板についても、大学当局がキャンパス周辺への設置を認めず、学生側と対立している案件です。もちろんすぐに撤去されましたが、お祭りムードの中にも立て看板の存在をアピールしようという学生側の意図があったのかもしれません。

大学当局の行き過ぎた管理強化 「自由の学風」は大丈夫?

――京都大学は毎日、何かしらの出来事が起きるイメージです。

ノーベル賞という世界的に注目されるニュースと、立て看板や吉田寮というローカルな話題が同時に出てくるのは、いかにも京都大らしいな、と思います。

一方、最近は独創的な発想を許すおおらかな気風が薄れてきていないかと心配しています。立て看板や吉田寮をめぐる大学執行部の姿勢は、学生との対話を拒絶しているようにすら見え、「常識を逸脱したおもろいこと」を排除することにつながっているように思えてなりません。もちろん、法令順守は大切です。私は必ずしも、学生側の主張に同意するわけではありません。それでも、「自由の学風」をうたう大学として、今の雰囲気は管理強化が行き過ぎているように感じます。

――京都という街での京都大学の位置づけはどうあるべきでしょうか。

京都の人は京大に誇りを持っています。「かしこすぎてなんやよう分からん人の集まり」といったイメージでしょうか。「ちょっと変わった人たちの集まりだけど、時にすごい発見をする」という信頼はあると思います。

だからこそ、最近の管理強化を心配する市民の声も聞きますね。これからも、「変人の巣窟」であってほしいのですが。

京都大執行部も「京大は変人の集まりだ」と外向きに発信することは否定しないでしょう。しかし、内向きには外向きとはちょっと違う顔が見えることがあります。社会の成果主義が京大にも押し寄せているんだと思います。「社会に役立つ成果なんてなんぼのもんや」と言える雰囲気を残すのは、これからが正念場ではないでしょうか。

――京都という街を東京と比較するとどうでしょうか。

東京のことは詳しくは分からず、うかつには語れません。その上で思うことは、やはり街のサイズの違いは大きいのではないでしょうか。東京のように大きいと、いろいろな立場の人が知らずに交流する、なんてことが生まれにくいようにも思います。

京都の研究者と話すと、ときにそんな感想で一致することがあります。もちろん東京のことをあまり知っているわけではないので、私の感覚が間違っているかもしれませんが。

はんなりと奥ゆかしい京都 きれいで上品な部分だけではない

――京都を取材する上で重視している視点はどういったものですか。

京都という街に対して、全国の人が関心を持ってくれていることはありがたいことです。世界からたくさんの観光客が来てくれます。そうした意味で、ローカルな話題であっても全国的に関心を引くものだと考えて、取材しています。

あと京都と聞くと、どうしても「はんなりとして奥ゆかしい」イメージがつきまとうかもしれません。でも、京都にはいろいろな側面があります。決してきれいな街並みの残った上品な街、というだけではありません。

餃子の王将社長の射殺事件など、大きな事件がたくさん起こります。一方で、吉田寮みたいな「ガラパゴス」みたいな場所もあります。良くも悪くも、京都は多面的です。

――大学や文化が集まる京都という街はどう見ていますか。

小さな街に大学から飲み屋街、寺社仏閣や劇場などがぎっしり詰まっています。大学の先生だって、赤提灯の下がった飲み屋に行きますし、そこで「俳優の卵」みたいな人たちと仲良くなることもあります。そんな風に、いろんな人がすぐそばで、それぞれ好きなことやっている街ですね。

「大学の先生だからエライ」みたいな空気は希薄で、それが逆に自由な空気を生んでいるのかもしれません。たまに京大の先生と飲みに行きますけど、通い詰めている場末のスナックに案内してくれるなど、しっかり京都の飲み屋に根を張っています。

今回、本庶さん以外の京都大の研究者へインタビューした時も、カラオケでのアルバイトに明け暮れていた学生時代を振り返りながら、「試験は白紙で出した」というエピソードを披露してくださった方がいました。「今は学生をテストする側なのに大丈夫かな」と心配になりましたが、くったくなく楽しそうに語ってくれました。

京大の個性磨く市民との適度な距離感

――関西の中でも、京都と大阪、神戸は雰囲気が異なります。

私は生まれも育ちも大阪です。京都という街に対して、いつまでたっても「自分はよそ者」という感覚は拭えません。「思うそばから口に出す」のが大阪人だと勝手に思っていますが、やっぱり京都の気風とは違います。

誤解を恐れずに言えば、「簡単によそ者を受け入れない」という気風も、京大の個性につながっていると思います。ある京都大の先生は、「京都の人は京大生を愛してくれるけど、やっぱり『お客さん』やと思ってちょっと距離がある。でもこうした距離があるから、社会と一線を引いて大学で好きなことをできる。距離の近い大阪だとこうはいかんでしょう」と言っておられました。なるほど、と思います。

情報を地域から全国・海外へ 役割増す地方新聞社

――京都新聞が紙で配達されるのは京都府と滋賀県に限られています。世界中に情報を伝達できるウェブ時代における地方紙が果たす役割とは何でしょうか。

ウェブ媒体が発展してきたら地方紙が有利だと思います。地方からも全国、世界に向けてニュースを発信できるようになりました。やっぱりニュースは「現場に行ってなんぼ」です。ニュースにしなければならないネタっていうのは、地方にもたくさん転がっています。その意味で、インターネットが普及することは地方に住む人間としては大歓迎です。

しかし、現実には、ウェブ媒体を運営しているのは東京の会社が多いです。このままでは、せっかくウェブ時代になっても東京発の情報が広がりやすいという現状は変わりません。もっと地方発の情報をウェブに広げていける工夫をしたいです。

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広瀬一隆(ひろせ かずたか):1982年大阪府生まれ。滋賀医科大学を卒業し医師免許を取得。現代医療や科学のはらむ問題を、哲学など人文学と結びつけて描き出すことをテーマとしている。iPS細胞の切り開く社会の行方を、研究や倫理、経済などの視点から多角的に描き出した年間連載「いのちとの伴走」を担当した。司法や警察の取材も経験し、犯罪被害者の支援やサイバー犯罪などについて問題提起してきた。