「腹筋、板チョコモナカ!」ボディビルの掛け声に学ぶ、職場で部下や同僚を褒めるポイント5か条 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年07月03日にBLOGOSで公開されたものです
「デカい!」「肩メロン!」「腹筋板チョコモナカ!」ボディビルダーたちの力強いポージングに合わせて、客席からユニークな掛け声が飛び交うボディビル大会。ひと昔前の殺伐とした会場の雰囲気とは打って変わって、会場ではうちわやペンライトを振る女性ファンの姿もある。
今、ボディビル競技が史上稀に見る人気ぶりだ。お笑い芸人のオードリー春日俊彰やなかやまきんに君らの参加で、テレビの露出が増えたこともその一因だが、やはり最大の要因は「マツコ&有吉 かりそめ天国」でも取り上げられた、大会で聞かれる個性的な掛け声だという。
一度聞いたら頭から離れないインパクトのある掛け声の数々だが、選手たちにとっては「より良いパフォーマンスを引き出すためになくてはならないもの」なんだとか。そんなボディビルの掛け声は会社で部下や同僚をモチベートする時のヒントになるのではないか、と考え日本ボディビル・フィットネス連盟広報を務める上野俊彦氏を取材した。【取材:島村優】
大会では掛け声でも競い合っている
--ボディビル競技の人気が高まっています。
おかげさまで競技人口が増えており、テレビの影響で観客も急増しています。昨年は準備した会場に来場客が入りきれなかったので、10月の大会は1000人を収容するホールで開催することになりました。
増加したファンのなかでも、特に女性が急激に増えたという印象があります。5年くらい前にオードリーの春日俊彰さんやなかやまきんに君がきっかけで露出が増え、あとはなんと言ってもマツコさんの番組ですね。ボディビル大会の掛け声に注目が集まりさらに大きな反響を得ています。私がトレーニングを始めた30年ほど前はマッチョが全然イケてない時代でしたから、とても大きな変化だと思います。
--ボディビルといえば「デカい!」「カッコイイ!」といった声援を想像してしまうほど、「掛け声」のイメージが確立されましたね。
近年は特にその傾向が強いですね。マツコさんの番組で取り上げられてからは、面白い掛け声がどんどん登場してきて、トレンドも年々変わってきています。例えば「腹筋板チョコ」というのは定番ですが、そこから「板チョコモナカ!」といった発展系が登場するような形です。掛け声を送る方も「何か違うことを言ってやろう」と意識していると思います。
いわば大会に出場する選手だけでなく、観客も褒め方でも競い合っているという面があります。新しい掛け声がかかると「オーっ」と会場も驚くし、選手としてもやっぱり嬉しいですね。「あれ、俺に言ってるのかな?」って首をかしげたり、照れたりする選手もいますけど(笑)。
--ちょうど「褒め方」の話がありましたが、最近会社で部下や同僚の褒め方について悩んでいる人が多いようなので、今日はボディビルの掛け声についてお聞きする中から何かヒントを得られればと思っています。
改めてボディビル競技とは、どのようなものなのでしょうか。
ひと言で説明すると、筋肉をより肥大させ、大きくするのがボディビル競技です。筋肉を大きくして、より格好良く、より美しく見せる。まずは筋肉を大きくする、というのが本質で、評価としてはそれに付随して、筋肉がセパレートしているか、カットが出ているか(※)、といった要素もプラスになります。
※脂肪を落として筋肉にメリハリをつけること。過酷な減量が必要になるという。
優勝候補にあえて掛け声をかけない理由
--ボディビルをやっていて充実する瞬間、手応えを感じる瞬間はどのようなものですか?
舞台に立った時に「デカい!」「キレてる!」と掛け声をもらえたら、これは無上の喜びですね。「ああ、3ヶ月頑張ってきて良かった」「ダイエットして良かった…」と思います。自分自身の評価っていうのは、自分ではわからないんです。ライバルたちが良い状態に見えて、自分は一番細くてダメなんじゃないか、ってネガティブになってしまう。
ステージに出る瞬間はどういう評価をされるのかすごく不安なんです。でも「うおー!」って声援が上がって、掛け声をもらえるととても嬉しいですね。お客さんの1人ずつの表情はステージ上からよく見えるので、反応で自分の評価もわかります。
--掛け声のベースには、ステージの選手を「褒める」ということがありますが、やはり人を褒めるのは大事なんですね。
競技の中では大事だと思いますね。観客があまり入らない地方大会もありますが、ちょっと寂しいなと。褒められれば褒められるほどやる気になるし、筋肉のキレも出てくるんです。
--キレ? 掛け声をもらうことで筋肉にキレも出てくるんですか?
ポージングにものすごく力が出るんです。一般的に、大会は午前中に予選をやって、午後に予選通過した選手の決勝審査があります。1日を通して、掛け声をもらって体がどんどん良い状態になる人もいますね。おそらく、声援をもらうことでギリギリまで追い込めるんでしょう。最後の瞬間まで、バックステージでパンプアップするためトレーニングをしている選手は多くいます。
--実際の大会はどのような流れで進むのでしょうか。
例えば「ミスター東京」という大会が開催されたと考えた場合、30人がエントリーしていれば予選では全員がずらっと並びます。その中から決勝に12人ほどの選手が残る、ということですね。つまり18人を予選で落とさないといけないので、審査員は選手の体型のアウトライン、上半身と下半身のバランス、筋肉のメリハリ、ちゃんとセパレートしているか、カットが出ているか…と細かく見ていきます。
ただ、予選では優勝候補に対して観客からの掛け声はかからないんです。ボーダーライン上の選手には、応援している人が死に物狂いで声をかけますが、優勝候補はあえてスルー。
--優勝候補は掛け声をもらわなくても、予選を通過できるからということですか?
そうです。優勝候補からすると、予選で掛け声が飛ぶのはあまり嬉しいことではないんです。
決勝では1人ずつ1分間のフリーポーズの時間があるのが一般的です。ここは見せ場ですね。自分の好きな曲でフリーポーズするので、観客も多いに盛り上がります。
「デカい!」が最上級の褒め言葉
--言われると嬉しい掛け声はどんなものですか?
基本の掛け声は「デカい!」「キレてる!」「太い!」「バリバリ!」などが多いです。「バリバリ!」というのは血管が浮いている様子が、雷みたいに見えるのでこう言うんですね。
ボディビルダーにとっては「デカい!」が最上級の褒め言葉だと思います。この競技で一番大事なことなので、そこを褒められると嬉しい。絞りで大変な思いをした選手にとっては「キレてる!」も嬉しいですね。頑張りに対する最大の褒め言葉です。
--最近は基本の掛け声以外も様々なバリエーションが登場しています。
そうですね。これはテレビの影響もあるのかもしれないです。面白い掛け声はアドリブで考えつく人もいるし、大学生の大会のように事前に用意してきたものを披露する人もいます。「筋肉のバッキンガム宮殿!」とかね。掛け声職人と言われる人が多いのは、競技でも強豪として知られる神奈川大学です。
「大胸筋が歩いてる!」「脚がゴリラ!」とかはパーツに対する褒め言葉です。選手はそれぞれ個性があるので、それに合った掛け声、決まり文句があります。
--なるほど、面白ければなんでも良いというわけではなく、相手の強みに合わせた表現なんですね。
背中が武器の選手なら「お前の背中クリスマスツリーか!」というのもありますね。背中の脊柱起立筋がクリスマスツリーに見える人がいるんですよ。「鬼の顔!」「お前その背中飛べるんじゃないか!」なんていうものもあります。
肩なら「肩メロン!」が有名です。「肩にちっちゃいジープ乗っけてんのかい!」というのは神奈川大学の掛け声職人が考えたものですが、肩にゴツいものが乗っているっていう比喩なんでしょうね。
最近は食べ物に例える褒め言葉が増えているような印象があります。「三角チョコパイ!」とか「お尻ピーチ!」とか。「ダチョウの卵!」っていうのもありますけど(笑)。「カニの裏!」っていうのも面白いですよね。大会では基本的によほど変なフレーズでなければ注意されるようなことはありません。
リスペクトするからライバルを褒められる
--掛け声のフレーズはすごく面白いですね。掛け声が多くかかることで審査に影響することはあるんでしょうか。
審査員はゼッケン番号を見て選手をジャッジするんですけど、その時に「6番の肩メロン!」「キレてる!」って声がかかったら、やはり審査員の目もそちらに向きますよね。審査員も人間ですから、5番と10番が当落線上にいた場合、5番の選手に熱い掛け声がよくかかっていれば、目がいく可能性はないとは言えないんじゃないでしょうか。
--掛け声で選手を褒めるカルチャーはいつ頃から生まれたんでしょうか。
私がボディビルを始めた30年くらい前からありますが、最近は掛け声がより長い文章というか文学的になってきたと思います。ただ、褒めるのは大会だけでなく、練習中から選手同士お互いに褒め合っています。他の選手のお腹をつまんで「すごい!脂肪ついてないじゃない!」なんて言って。
--他の選手は大会ではライバルになりますが、いわば「敵」同士であるのにどうしてお互い褒められるんでしょうか。
やっぱり、お互いにリスペクトがあるからじゃないでしょうか。相手は必ず自分にないものを持っていますし、より良いところを吸収し合いたいんで。陰でどんな努力をしているのか、どんなものを食べているのかって。
昔はライバル同士で絶対口をきいちゃいけないっていう不文律があって、目も合わせないような空気もありました。ジム同士のライバル関係があって、選手と選手はその代理戦争的な関係になっていた。あっちのジムには負けるなよ、みたいな。ジムの会長同士のメンツがあって。
--それが今は変わってきた、と。
今はどこに所属していても敵対関係はないし、選手たち同士はとても仲が良いですよ。ボディビルという競技は、ダイエットも伴う自分との戦いです。私も長い間競技に関わってきましたが、相手を蹴落とそうといった考えを持っている選手は長く続かないように思います。ボディビルというのは大会で優勝するためにやることではなく、ライフスタイル。一生続いていくものなんですよ。
ボディビル選手は常に、さらなる高みにたどり着きたいと考えています。それも、自分だけではなく、ライバルと一緒に高みに行きたい。ライバルがたくさんいればいるほど、高め合えるし、上に行ける。自分に厳しくするのは自分だけでいいんです。他人はとにかく褒めて、批判めいたことは言ってはいけない。
「良いものは良い」と褒めてあげよう
--大会で思うような結果が出ずに落ち込むことはありますか?
いや、大会まででやりきった思いがあるので、意外とさっぱりしていますよ。予選落ちしてもやりきったし、すぐに「来年も頑張ろう」って切り替えています。「悔しくてトレーニングに足が向かない…」という人はあまりいないと思います。
--そうなんですね。すごく前向き。
ボディビルをやっていると毎日自分の体が変わっていきます。素質や才能は関係なく、やった分だけ努力が報われる競技なんです。筋肉がつくこと自信につながるし、気持ちも大きく豊かになれるような気がします。だから人にも優しくなれるのかな、と。
--なるほど、トレーニングをすることで気持ちも整う、と。ところで、上野さんは会社では部下や同僚を「すごい!」「よくやったな!」って褒められますか?
実は、職場では人を褒めるのが少し恥ずかしい(笑)。競技の時は言えるんですけどね。「太いぞ!」「バリバリ!」って。
--そうだったんですね。では、ボディビルの時の気持ちで良いので、人を褒める時のコツを教えてください。
ストレートに良いものは良い、っていうことですね。それは相手も嬉しいし、しっかりと伝わると思います。最近は面白いフレーズが注目されていますが、決して褒め方は変化球じゃなくていいんです。「すごい」「よく頑張ってきたな!」で十分。年齢も、性別も、国籍も関係ありません、その相手が頑張ってきたことへのリスペクトがあれば十分でしょう。