産休を取る男性7割のフランスでは、子育ては義務ではなく「男磨き」 - 西川彩奈 - BLOGOS編集部

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※この記事は2019年07月01日にBLOGOSで公開されたものです

夫が育休復帰直後に急な転勤辞令を出され、延期を相談するも却下、その後退職をして専業主夫へ――。この一連の出来事を「父親が育休をとった見せしめ」だと妻がSNSに嘆いた投稿が大きな反響を呼び、「パタハラ(パタニティーハラスメント)」が話題になっている。

厚生労働省によると、2018年の日本人男性の育休取得率は6.16%。6月13付の国連児童基金(ユニセフ)の報告書でも、日本は支給制度をもつ父親の出産休暇・育児休業期間の長さでは先進41カ国中1位だったにも関わらず、その「取得率の低さ」が指摘された。

こういった現状を改善すべく、男性の育休「義務化」を目指す自民党の有志議員連盟が発足、今月17日には同連盟の提言を安倍総理が「しっかり受け止める」と応じた。

このように日本では今、「男性の育休取得」に関する議論が盛り上がりをみせている。

一方で、筆者が暮らすフランスでも男性の育休の取得率は低い。しかし、「産休」に値する「父親休暇」という制度があり、これは「義務」でないが、70%の父親が取得している。父親休暇の期間は2週間。出産時に取得する3日間の「出産有給」(雇用主が負担)と、産後4カ月以内に連続して取得する11日間の「子の受け入れと父親休暇」(医療保険から支払われる)を合わせたもので、すべての給与取得者が取ることができ、雇用者はこれを拒否できない。

この制度が導入されたのは2002年。それ以来ポジティブな効果として、「男性の長期的な育児参加」などがみられ、成功を収めている。

フランスで、父親休暇の現状を探った――。

「育児は男を大きく成長させてくれる、人間としての重要なステップ」

パリ郊外ベルサイユで暮らすモンセフ・エラシュシュさん(38)は、2歳と3歳の男の子の父親だ。日本に長年滞在し、東京とパリのメガバンクで勤務をしていた為、二国の社会生活を経験している。

2週間の父親休暇を取った彼は、父親が育児に参加する重要性をこう語る。

「父親が子供に与える安心感は特別なもの。それは、後に社会に出る彼らの“人格”や“自信”、“人生”に大きな影響を与えます。一緒に時間を過ごすほど、彼らの不安や悲しみに気付くことができ、対処してあげられる。そういった“話さなくても理解しあえる”コミュニケーションなしに、本物の父と子供の“信頼関係”は築けません」

つい最近まで勤務先で激務をこなしていた同氏は、現在は会社を辞めて育児、生活バランスの見直し、起業など様々な活動に挑戦している。

日本の「父親と育児」への意見を、同氏はこう続ける。

「日本は、社会が子供にマナーを教える傾向がある。一方で、フランスで主にマナーを教えるのは、親の役割。だけど、フランスでも現代社会では親たちが忙しく、家庭でのコミュニケーションが欠けてしまい、子供たちが行儀を知らないまま社会に出るケースが多い」

「日本で父親の育児参加が増えるためには、“子育ては、最高の男磨き”という認識が根付けばいいのかと思います。育児は男を大きく成長させてくれる、人間としての重要なステップ。そんな素晴らしい機会を活かさないのは、もったいない」

「それに子育てを通して父親が得る“責任感”は、会社にとっても大きな財産となります。大きな視点でみると、父親が育児に参加することは、“現在”、そして“未来”の社会の為になる。父親休暇は、その第一歩として非常に需要なものだと感じています」

ベルサイユの公園で、日曜日の午後に子供たちとサッカーをしていたエンジニアのジョルジュ・ハリーさん(37)は、5歳、3歳、8カ月の3児の父だ。父親休暇中に感じた「働きながら母親業をこなす妻の苦労」と「家族の絆」は、その後の自身の家事・育児の参加にも繋がっているという。

共働きで3児の子育てをするジョルジュ・ハリーさん。

「父親休暇取得中は育児を手伝うことで、より妻に感謝と尊敬の念を抱くようになりました。それ以降、子どもたちを朝に学校へ送ること、オムツ替え、子どもをお風呂にいれること、寝る前の絵本の読み聞かせ、休日の子守や買い物は僕の担当です」

「それに、子どもの生後すぐに家族で一緒に過ごした父親休暇取得期間は、その後の“父と子供”、“妻と夫”の関係に大きく影響すると感じています」

父親休暇がもたらした、家事育児分担へのプラス効果

前出のモンセフさんやジョルジュさんのように、フランスでは父親休暇取得後も、長期的に家事・育児に積極的に参加する父親が増えたと言われる。

実際にdrees(フランス政府調査評価統計局)が行った調査でも、父親休暇を取った父親は、取得しなかった父親に比べ、その後の育児に多く参加しているという結果が出ている。

経済社会研究機関(IRES)で社会政策を研究するアントワーヌ・マス氏は筆者の取材に、長期的な父親の家事・育児参加がもたらす相乗効果をこう語る。

「現状ではフランスでもまだ、母親が3分の2の家事・育児を担当している。夫婦間での家事・育児分担が平等になることで、将来的に母親がより仕事と家庭のバランスをとりやすくなり、結果的にキャリアの男女平等の向上につながる」

しかし、父親に時間ができても「方法」を知らなければ、直接家事・育児参加に繋がるわけではない。フランス人男性はどのように育児を学ぶのか。フランスでは一般的に病院で出産時に、助産師さんが両親に育児の仕方を教えてくれる。また、筆者の友人の育児中の父親の場合、母や妻から家事・育児を学びながら実践する人も多い。完璧にはこなせなくても、積極的に家事・育児に参加をすることで、家庭内での平等な関係を保ちたいという考えがあるようだ。

父親休暇の「延長」、「義務化」が議論に

フランスでは現在、父親休暇の「延期」と「義務化」を求める議論が盛り上がりをみせている。

前出のマス氏によると、「母親の社会での活躍」への効果を出すには現状の2週間という期間は短く、2002年の父親休暇制度導入以降、現段階では明確な影響はまだみられていないという。

実際に世論においても、3歳以下の子供の親の56%が、現在の父親休暇は短すぎると回答(フランス政府調査評価統計局、2019年1月報告書)。

フランス景気経済研究所(OFCE)の資料でも、男女平等の向上につなげるため、父親休暇期間の延期を勧めている。署名や男女平等促進団体からは、3~4週間への延期を希望する声などが上がっている。

また、父親休暇の「義務化」も課題だとマス氏は言及する。

「正規雇用労働者(正社員や公務員)の80-90%が父親休暇を取得するのに比べ、非正規雇用労働者(有期限雇用契約、派遣労働など)の取得率は、50%以下。彼らは休暇を取得することで、将来の自分たちの雇用への影響に不安があるからだ。父親休暇を義務化することで、彼らが休暇を取得しやすくすることが現在フランスで議論となっている」

父親休暇を取得しないと、職場で“悪い父親”とみなされることも

フランスでは父親休暇制度導入後、短期間で社会に浸透した。最後に、マス氏にその理由について訊いた。

「2002年に父親休暇が導入された際に政府が行った研究では、40%の有権利者が父親休暇をとるという予測だった。だが実際は、数年後には70%の父親が取得した。これは、“多くの父親の潜在的ニーズとこの制度が合致した点”にある」

「とはいえ導入直後は、多くの父親が職場の反応を恐れて休暇を取得しなかった。しかし、こういったメンタリティーは時代とともに変わった。今では、“父親休暇をとらない社員は、『子供に関心がなく、育児に参加しない“悪い父親”』といったネガティブな目で見られる傾向がある」

西川彩奈(にしかわ・あやな)
1988年、大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。