独学のコツは目標設定にあり 達人に聞いた「時間がない」社会人のための学び術 - 村上 隆則
※この記事は2019年06月29日にBLOGOSで公開されたものです
日々の忙しさを理由に、「勉強しているヒマなんてない」と思ったことはないだろうか。だがよく考えてみると、同じような条件下でもしっかりと学習を続け、成果を出す人がいるのも事実。
では、「独学」が続けられる人とそうでない人の違いはなんなのか。塾などに通わず、個人学習のみで東大合格→米ハーバード大に留学した経験もある独学の達人・本山勝寛さんにそのコツを聞いた。
習慣化が時間を生む 東大合格を実現した勉強術
学習に必要なのはまず、「時間」だ。この点をどうクリアするのかは社会人の勉強にとって大きな問題となる。だが、本山さんによると、「習慣化することで、時間も生まれる」という。
「習慣というと意思の問題のように思われるかも知れません。しかし、私の独学経験からいうと、本当に重要なのは、意思とは関係なく続けられるような仕組みを作ることです。休日のこの時間は必ず勉強するとか、夜の何時から何時までは勉強の時間と決める。これを続けることで、自然と身体が動くようになり、時間の捻出ができるようになります」
本山さんは小さな頃から塾や家庭教師、通信教育などの教育は受けたことがなく、学校以外の部分は基本的に独学でまかなってきた。転機は高校3年生になる直前の春休み。「東京大学に進学する」と決意した本山さんは、独学のみで合格する道を模索し始めた。
「その頃は1日の勉強時間がほぼゼロで、成績もそれほどよくなかった。学校の中でも中の下くらい。模試の合格判定もE判定で、合格可能性なしという状態でした」
普通ならこの時点で諦めてしまいそうだが、本山さんは違った。「公立高校出身、塾に行かずに独学で合格」といった自分と同じような境遇の合格体験記を片っ端から集め、自分に合った参考書をリストアップ。本格的に勉強を始めた。
「1日の勉強時間を徐々に増やしていって、平日は学校から帰ってから勉強し、休日は14時間勉強するようにしました。また、受けられる模試はとにかく全部受けましたね。それを1年間続けて、結果的に合格した。これが私の独学人生のスタートでした」
東大合格後、今度は「海外でもトップ校に行きたい」と考えた本山さんは、米ハーバード大留学のための独学戦略を立てた。当時はあまり留学に関する情報がなかったため、直接経験者にコンタクトを取り情報を得ることもあったそうだ。そして見事、ハーバード大に留学することができた。
「目標設定と勉強のやり方を決めるためには情報と戦略が重要です。とにかく、自分の目標と目指している道筋を選んで落とし込む」
目標設定は具体的に ビジネスの手法を持ち込むことで学びの質をアップ
では、目標設定のポイントはどこにあるのだろうか。本山さんは「実現のために計画をより具体的にする必要がある」という。
「『SMARTの法則』とよく言われますが、具体的でしっかり実現可能なステップを踏んでいく。ここができないまま、いきなり高い目標を持ったりとか、『いつか英語が喋れるようになりたい』というような曖昧な目標だと、実現は難しいんです」
勉強を目標達成のためのプロジェクトと考え、能動的にアプローチする。その際、ビジネスで利用されるフレームワークを用いることで、成功率が上がるというわけだ。
「勉強をやらされるものだと思うのがそもそもおかしいんです。本来、学ぶのは自分の夢や目標を叶えたいから。そのためにプロジェクトマネジメントをしっかりやっていくのは必要なことです」
本山さんの目標は「学びのイノベーションを起こす」こと。自分自身が学びによって人生が充実したように、学びや教育を通じて世界をよりよくしていくために日々活動している。その経験から、いつでも誰でも始められる「独学」は、あらゆる人におすすめできるそうだ。
大人になると学ばない日本人 諸外国に後れを取る可能性も
現在、「社会人の学び」というキーワードが注目されているが、これは裏返せば、「学んでいない社会人が多い」ということでもある。政府の資料によると、日本の2015年の高等教育機関(4年制大学)への25歳以上の入学者割合は2.5%にすぎなかった。これはOECD(経済協力開発機構)平均16.6%に比べてもかなり低い水準で、同調査でトップのスイス(29.7%)と比べた場合、10分の1以下だ。
この現状に本山さんは警鐘を鳴らす。
「日本はいまのところ、基礎教育はできているんです。それは各種調査でも明らかです。しかし、それ以降の学びが弱い。世の中がグローバルに、より豊かになっていく中で、欧米でもアジアでも、世界中に日本人より学び続ける人材が増えています。そういう世界で、日本人はこれから戦っていけるのか」
問題は、大学受験以降、学び続ける大人がほとんどいないことだという。前述の調査でもわかるように、海外では社会人になってから大学に入り直したり、学位を取得したりすることが珍しくない。これは、ビジネスの世界において、海外で取得した学位が高く評価されるためだ。本山さんによると、現在、新興国にもそういった欧米社会をモデルにする国が増えており、日本人はその流れについていけていないという。ではなぜ、日本人は学ばないのだろうか。
「日本人は自分で学ぶのではなくて、人から教わるものだと思っているフシがあります。それは、幼児の習い事から始まっているのではないでしょうか。自分で決めるのではなく、親が塾に行かせて安心する。子どもの意思とは関係なく、親が用意したり、学校が用意したり、塾が用意したプログラムをこなす。だから、勉強は嫌なことをやらされるものだと思ってしまう」
自発的に学習をおこなう経験に乏しいことが、「社会人の学び」に消極的な日本人を生んでいる-- そう考えれば確かに合点がいく。大学に入っても、単位を取るために講義を選び、卒業までの4年間を「こなす」学生は多い。これでは入試時点で研究計画が必要とされる大学院に進学するのは難しい。また、本山さんはそれに加えて、「日本ではこれまで、大学を出ていれば勉強していなくても就職できていた」という点を挙げた。よく指摘されるように、日本企業はポテンシャル重視のメンバーシップ型雇用を続けてきた。しかし、トヨタですら「終身雇用を守っていくのは難しい」と表明した現在、この流れが大きく変わってくるのは間違いない。
社会人だからこそわかる学習の成果 次代に学びの楽しさを繋げられるか
今後、日本人が学びに積極的になることは難しいのだろうか。この点について、本山さんは、まだ可能性はあるという。
「社会人になると、『ビジネスで努力したら成果が出た』といった実感があると思います。そういう時って、学校での勉強とは違いますが、本を読んだり、業界研究をしたりしていますよね。私はこれが本来の学びだと思うんです。こういった経験をもとに、それを深めたり、広げたりということはむしろ社会人の方ができる可能性があるのではないでしょうか」
「私は独学力を『自主独立して学び続ける力』だと考えています。そう考えると、どんな業界・業種でも、そこで吸収すべきスキルはあるし、それに関連した専門書や資格もありますよね。それをひとつの目標としてやっていく。そう意識することで独学力が付くと思います。そうやって大人が楽しく学んでいれば、彼らがやがて親になり、子どもたちにも学びの楽しさを伝えられるようになる。こういうことの積み重ねが、日本の教育を変えていくんだと思います」
プロフィール:
本山勝寛(もとやま・かつひろ):独学で東大合格、米ハーバード大学教育大学院留学を実現した経験から、教育や少子化問題、奨学金問題や子どもの貧困問題などについて評論活動をおこなっている。現在は公益財団法人日本財団にて、子どもの貧困問題に携わる。著書に『一生伸び続ける人の学び方』(かんき出版)、『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう』(ポプラ新書)、『最強の暗記術』(大和書房)など