中華学校に子どもを通わせたい日本人が増加 「ゆとり」からの脱却を望む親たち - BLOGOS編集部

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※この記事は2019年06月28日にBLOGOSで公開されたものです

中国にルーツを持つ生徒たちが通う中華学校に、子どもを入学させる日本人が増えているという。120年の歴史を持つ横浜市の学校法人「横浜山手中華学園」は小・中学部の生徒計600人のうち、約5%が日本国籍の生徒だ(日本に帰化した生徒などを除く)。日本人の入学希望者が増え始めたのは、10年以上前。背景には日本のゆとり教育に抵抗感を持つ保護者たちの想いがあったという。

中国と日本の文化が混じりあう中華学校の教育現場を取材した。

◆「ゆとり教育」を機に日本人の入学希望者が増加

横浜山手中華学園は、1898年、日本で暮らす中国人や華僑が学ぶ「横浜大同学校」として開校。名誉校長には翌99年、後に内閣総理大臣となる犬養毅が就任した。

現在は小・中学部1学年2クラス、計600人の生徒が日中両言語で授業を受けている。同校は私立校ではなく、語学学校や自動車教習所と同じ各種学校(授業時数・教員数などの一定基準を満たしている場合に、都道府県知事や教育委員会の認可を受けて設置される学校)。文部科学省の定める義務教育には当たらないため、同校を卒業しても、小・中学校を卒業したことにはならない。

それでも、同校への入学を希望する日本人は増えているという。同校・教導部長の鄭民財さんは「理由はさまざま」と話す。

「2002年に日本ではゆとり教育が始まり、暗記中心の教育から、みずから考えさせる教育にシフトしました。しかし、日本人のなかには、『ゆとりではない』教育を子どもに受けさせたいと、本校への入学を希望する人もいました。自分たちが通っていた当時の校風と本校の教育方針が似ていることを理由にあげる方も多かったように思います」。

同校では、日本の公立校が週5日制を導入したあとも、土曜授業を続けた。「本校は日本の公立校と同様の授業に加えて、中国語などの授業も行っているので、土曜日まで授業をやらないと収まりません。そういった校風に共感したという日本人の保護者は多数いました」。

また、親の仕事などで中国に住み、中国語を覚えた子どもに、帰国後も勉強を続けさせたいと希望する保護者も最近は多いという。

◆小学部1年の倍率は3倍 「保護者が子どもの面倒をみられるか」を面談で見極める

小学部入学前には面接と適性検査が行われる。定員は2クラスで76人。まず、卒業生の子どもや、在校生の弟、妹など、同校付属の熊猫(パンダ)幼稚園の子どもを対象に第1期の募集が行われる。例年、第1期の時点で定員の約半分が埋まるという。残った枠で中国から来日したばかりの子どもや日本人が試験を受けることになる。第2期は約30人の定員に、日中合わせて約100人の応募がある。倍率は約3倍。鄭さんは「試験で一番重視するのは面接」と説明する。

「本校の校風に合うかどうかや、保護者が子どもの学習の面倒をみられるかなどを確認します。授業で2か国語を使うので、子どもたちの負担は大きい。保護者の協力がないとやっていくのは難しいと伝えています。もし、学校に教育をすべて任せようと考えているなら、ゆとりを持って勉強にのぞむことができる日本の学校に通わせるほうが、子どものためになります」。

「ただ、面倒をみると言っても、家で勉強を教えてくださいというわけではありません。毎日、宿題をやっている子どもの隣にいてくれるだけでいい。子どもが問題を解けるか解けないかを確認するのではなく、ちゃんと宿題に向かっていたかどうかの確認を、保護者にはお願いしています」。

需要の高まりを受け、同校は昨年、1クラスの定員を36人から38人に増やした。また、入学試験で不合格となっても、入校希望者として登録しておけば、転校などによってクラスに空きができた際、同校から連絡が来るシステムを導入している。

鄭さんは「正確にはわかりませんが」とした上で「日本人が増え始めたのは、中国社会の発展とゆとり教育が始まった時期の前後」と振り返る。当時は試験がなく、入学は先着順だったため、「前日から学校の前に泊まり込む保護者もいました」。

◆日中それぞれの保護者で入学理由は真逆

中学部卒業後、ほとんどの生徒が日本の高校に進学するため、小・中学部ともに、日本の学習指導要領に沿った授業を行っている。そのため、なかには「学力至上主義の中国式で子どもを育てたくない」、「知識偏重ではなく、日本式で伸び伸び勉強させたい」などの理由で同校を選ぶ中国人の保護者もいるという。鄭さんは「日中の保護者で本校を希望する理由は真逆なのです」と話す。

中華学校ならではの授業風景も。特徴的なのは授業によって日本語と中国語が使い分けられていることだ。小学部だと算数、中国語、中国社会などの授業は教科書も教師の説明もすべて中国語。理科や日本社会など、それ以外の授業は日本語で行なわれている。中学部に入ると、英語も含めた主要5科目は高校受験に合わせて、すべて日本語での授業になる。

授業のやり方をめぐって、保護者からは「英語の授業は英語で行なってほしい」、「英語後進国の日本式ではなく、小学生から本格的に英語を教える中国式の授業をしてほしい」などの意見が上がることも多い。しかし、鄭さんは「英語を小学校から導入すると、3ヶ国語を一度に勉強することになります。それではあまりに子どもの負担が大きすぎる」と話す。

また、「みずから考えさせる」という日本の学習指導要領に沿って、グループ活動や総合の時間を導入する一方、毎日、各教科ごとに宿題を出し、1日の授業内容を復習させるなど、知識の定着にも力を注いでいる。

鄭さんは「詳しく調べたことはありませんが、個人的な印象として、本校の教育はゆとりのある日本と詰め込み式である中国の中間ではないでしょうか」と話す。

◆中国語の授業が簡単すぎる? 日中の保護者で意見が異なることも

しかし、日中の文化が混ざりあっているがゆえに、保護者から学校に出される意見が分かれることもある。鄭さんは中国語の授業を例にあげる。「本校は日本で生活することを考え、日本語を第一言語、中国語を第二言語として教えています。そのため、中国語に関しては小学部から学ぶ子どもに合わせて、発音から教えていくことになります。しかし、中国人の場合、入学前の段階ですでに発音を身につけている。そのため、華僑・華人の保護者からは『授業のレベルが低すぎる』とお叱りを受けることもあります」。

「日本の学校も同じだとは思いますが、保護者の学校教育への期待というのはどんどん上がってきています。しかし、本校の場合は日本と中国で真逆の要求が来るので、対応が難しいですね」。

◆歴史教育は「事実」を伝えるだけ 「どう捉えるか」は子ども自身が考える

歴史など、日中で教える内容に差が出やすい教科はどうしているのか。

鄭さんは「よく聞かれますが、歴史関係は、それぞれで教えられている事実だけを生徒に教えています」と話す。「子どもたちには日本側から見た歴史と中国側から見た歴史の両方を教えますが、『どちらが正解』という教え方はしません」。

中学2年の時に修学旅行で中国の抗日戦争資料館などを訪れる際も、捉え方は生徒本人に任せているという。

「『どう感じたか』『将来、日本と中国の架け橋にどうなっていくか』という問いかけはしますが、これが正しいという教え方はしないように気をつけています」。

◆経済的な理由で日本の公立校に転校も

同校への入学を希望する家庭は増えているが、途中で日本の公立校に転校する生徒もいる。各種学校である同校は、公立校よりも学費が多くかかる。そのため、経済的な理由で別の学校を選ぶケースがある。

「部活」が理由にあがる場合もある。同校の運動部は以前、小・中学部ともに卓球とバスケットボールの2種目のみだった。そのため、家庭によっては「中学校で野球をやらせたい」、「サッカー部のある学校に通わせたい」などの理由で転校を選ぶことがあったという。

鄭さんは「逆に卒業後に、『この学校に通ってよかった』と言われることも多い」と話す。「例えば日本の公立校だと教員の異動がありますが、本校にはありません。卒業しても学校に来たら必ず先生に会えます。私自身も卒業生なのでわかるのですが、『第二の家』といった感覚ですね」。

◆神奈川県外では高校受験を断られることもある

日中関係の変化などをきっかけに、メディアから取り上げられることも多い同校。外部から批判的な意見が届くようになり、取材を断ろうとしていた時期もあったが、今でも取材を受け入れている。その背景には「多くの方に中華学校の存在を知ってほしい」との想いがある。

「高校受験では、受験資格の欄に『その高校の校長が認める者』という一文があります。本校は各種学校なので、この120年間、神奈川県内のいろんな高校との付き合いを大事にして、『横浜山手中華学校であれば日本の中学校と同等の学力を有しているので、受験して構いませんよ』と認めてもらえるようになりました。おかげさまで、神奈川県の高校であれば、公立高校はどこでも受験できます」。

しかし、神奈川県を出ると、受験資格がなくなってしまう。同校には埼玉県などから通う生徒もいるため、神奈川県外の高校を志望する際は、担当教員が「受験させてほしい」と依頼するために足を運ぶ。受験を認める高校もあるが、時には断られることもあるという。「だからこそ」と鄭さんは力を込める。「中華学校にとっては、認知度を上げることが大切なのです」。

◆先が見えない時代 なにが教育に必要か考えることが必要

日中両国の文化や教育、人材が集まる中華学校。張岩松校長は「子どもたちには、言語だけでなく、中国、日本、華僑の文化や精神を学び、多角的な視点を持つグローバルな人間に育ってほしい」と願う。

そのために、これからどういう教育が必要とされるのか。鄭さんは「先の見えない時代だからこそ、教育がどうあるべきか考えていかないといけない」と指摘する。

「10年後、AIが発達して、今の仕事の半分近くがなくなるかもしれないと言われています。いろんな可能性がある中で、多文化への理解力や、それを子ども自らの言葉で表現する力を身につけてほしい。その上で、10年先とは言いませんが、2年後、3年後を見越して、教育をどういう風に変えるのか、または教育のなかで大事にするべきものはなにかを考えていかないといけないと思っています」。