奨学金は“学生ローン“に改称すべき 学費返済に追われ続ける若者たち - BLOGOS編集部
※この記事は2019年06月27日にBLOGOSで公開されたものです
2018年度、大学・短期大学への進学率は、文部科学省の調査で57.9%に達し、過去最高を更新した。私立大では、入学希望者が定員を下回る定員割れも発生し、進学を望めばほとんどの人が高等教育を受けられる時代だ。ただ、私立大文系では卒業までに少なくとも約400万円が必要とされ、大きな学費負担はネックになっている。
学びたい気持ちを叶える手段が奨学金だ。日本学生支援機構(JASSO)が設ける貸与型奨学金を活用するのが主流で、大学生の4割が利用しているとされる。ところが、卒業後も返済に苦労し生活に困窮する若者も少なくない。「奨学金とは名ばかりで、実質的にはローンだ」との声も聞かれる。奨学金をめぐる課題や実情を取材した。【岸慶太】
貸与型奨学金利用者は2.7人に1人
日本育英会など5団体が合併して04年に誕生したJASSOは、高等教育機関に在学する学生を対象とした貸与型の奨学金が事業の柱だ。一定の学業成績が求められる無利子型(第1種)に対し、有利子型(第2種)は世帯年収が一定額を下回ればほとんどの学生が利用できる。
JASSOによると、17年度には、学生348万人のうち37.2%にあたる129万人が奨学金を利用した。19年度の予算は、約133万人を対象として見積もり、無利子型を含んで貸与総額は1兆円を計上している。
過去30年を見ると、18歳人口は1992年の約205万人をピークに減少が進み、18年度は約118万人とほぼ半減した。それに反比例するかのように、奨学金利用者の数は増加している。04年度の利用者の割合は4.4人に1人だったものの、17年度は2.7人に1人。
JASSOは、▽世帯の平均給与が減少する一方、授業料・入学金が高止まり▽長引く景気低迷で、学生個人の収入が減少――したことなどから、奨学金の重要度が高まったと分析している。
延滞額は854億円 回収へ訴訟への移行件数も激増
財源は、これまでの奨学金利用者からの返還金が8割超を占め、他に政府からの借入金などだ。そのため、学生に貸し付けた奨学金を安定して回収することは、JASSOにとって重要な課題という。
17年度末時点で、返還されるべき奨学金の額は7兆498億円で、そのうち延滞額は854億円。延滞額は年々減少傾向にあるものの、3カ月以上の延滞者は15万7000人に上り、一部は連絡が取れなくなったり住所がわからなくなったりするケースもあるという。
そうした中、負担を軽減させるため、JASSOが準備しているのが、毎月の返還額を減らす「減額返還制度」や、返還の猶予期間を設ける「返還期限猶予制度」だ。それでも、卒業後の返済に苦慮する学生は多く、訴訟への移行件数は17年度に5470件と、04年度の58件の約100倍近くまで増加している。
JASSO広報課は「国の貸付金という財源や、返還金を奨学金に回し続ける『循環運用』の趣旨を考えれば、しっかりと返還してもらわねばならない。返還に苦労している人には相談をしてもらい解決策を互いに導き出す方針が大前提だ。しかし、一部には連絡が取れないなどのケースもある。解決のための糸口として、法的手段を取らざるを得ない側面はある」と説明する。
奨学金は数百万円の借金 「今や人生最大の買い物」
東京・下北沢に本部を置くNPO法人・posseはブラック企業や未払い賃金の問題など労働相談に加え、奨学金返済の問題にも力を入れている。
「奨学金を借りるということは、若くして数百万円の借金を背負うということ。そんな実態があまりにも知られていない」
奨学金の相談を担当している岩橋誠さんはそう注意を促し、付け加えた。
「景気の低迷でまともな職も得られず、ブラック企業で働くことを余儀なくされる人も多い。そんな中、多くの若者から家を買うという選択肢は消え、車を購入するのも難しい。すると、奨学金というのは人生の中で最大の買い物になるんです」
重い奨学金返済に首が回らず 20代で破産のケースも
posseが2018年に受け付けた相談の件数は計114件。大学卒業後の人を含む20、30代の人からの相談が41件と三分の一以上を占め、相談者別では奨学金を借りた本人からが63件だ。
親など連帯保証人や、4親等以内の親類の保証人からの相談が数年前までは目立ったものの、最近は借りた本人からの相談が増えているのが特徴だ。中には数百万円に及ぶ奨学金の返済に首が回らなくなり、20代にして破産を選ぶケースも少なくないのだという。岩橋さんは奨学金をめぐる現状をこう批判する。
「進学前の高校生には、多額の返済が待ち受けている奨学金を借りることの重みが分かるわけがない。それでも、借りなければ大学には進めない厳しい実情が放置されてきた」
背景には、貧困の連鎖があるという。家計が貧しい状況ならば、大学に進学して良い就職先を確保したい。そのためには、400万円以上に及ぶこともある奨学金を借りてでも、大学への進学を選ぶ。
ところが、卒業後もまともな就職にありつける保証はなく、ブラック企業や非正規での労働を余儀なくされる場合は多い。賃金が十分に支払われなかったり体を壊したりして、たちまち奨学金の返済はおぼつかなくなるという。
返せないのは「若者の甘え」との指摘は不適当
岩橋さんは、奨学金に頼る学生が増加した背景について、大学の学費が上がったことや、長年の景気低迷の影響が大きいとみている。例えば、国立大学における初年度学生納付金の平均額をみると、18年度は約82万円と、30年前の1988年度(約48万円)から大幅に上昇。これに家計における可処分所得の減少が悪影響として加わった。岩橋さんはこう説明する。
「奨学金をめぐる話では、『若者の甘え』なんて指摘もあります。かつては正社員での年功賃金と終身雇用が当たり前で、返済する見込みはあった。学費が安かったこともあって確かに返せていた。しかし、今は状況がまるで違う。ブラック企業の問題など、若者の置かれている状況を正確に理解すべきだ」
大学など高等教育機関の無償化を図る大学無償化法が成立し、来年4月に施行される予定だ。国や自治体が授業料や入学金を減免するほか、返済がいらない給付型奨学金の普及についても盛り込まれた。ところが、住民税の非課税世帯をメーンの対象としていることから、奨学金が利用できる対象が現状より減る可能性も指摘されている。
「奨学金をめぐっては、世帯の年収や成績と言った面で、どうしても『選別の要素』が出てきて、不公平感が生まれやすい。奨学金の対象とならなかった人からのバッシングも考えられる。ならば、学費を海外のように無料にしてしまうことが重要ではないか。最低でも、給付型の奨学金を拡充させることが必要」
「奨学金は雇用の変化に密接に関わる 一部の人の問題ではない」
岩橋さんはさらに次のように語る。
「奨学金は、ブラック企業や生活保護などの問題も深くかかわっていて、日本型雇用が解体されていった文脈の中でとらえるべきだ。一部の人の問題として位置付けるのではなく、日本社会全体の普遍的な問題として取り組まれることが大切であり、雇用形態の変化の中で返せない人が増えたのは決して偶然の話ではない。今後も爆発的に増える可能性はある」
posseでは奨学金などに関する相談を随時受け付けている。
メール:soudan@npoposse.jp
奨学金相談専用番号:03-6693-5156
詳細は公式ホームページ
あるべき奨学金の姿とは 有識者に話を聞いた
安定した生活を目指して奨学金を借りて大学に進学しても、卒業後は返済に追われてしまう厳しい実情――。専門家は現状をどう分析し、あるべき姿はどういったものなのか。また、社会は学びへの意欲をどう支えていくべきなのか。奨学金問題に詳しい桜美林大学の小林雅之教授(教育社会学)に話を聞いた。
奨学金に関する制度 十分に知られていない
――奨学金制度をめぐる現状をどう考えていますか。
日本学生支援機構(JASSO)の奨学金は返済が前提の貸与式がメーンであり、国際的にみても遅れていると思います。授業料減免制度がありますが、国公立大学について現在年間385億円とかなり規模が大きくなったが、その存在があまり知られていない。学びを支援する制度が知られていないこと自体が大きな問題です。
私立大学については130億程度で、かつ2分の1の補助です。私立は学生数から言ったら8割近いことを考えると、規模として非常に小さいと考えるべきです。
また、進学前の段階で自分が給付対象となるかが分からず、枠から漏れてしまえば受けられない点で当てにできない。全額を受けるつもりでいたら半額になる例もあり、制度として非常に貧弱です。
――制度の存在が周知されていない。
JASSOでは2017年に給付型奨学金に加えて、所得連動型奨学金を始めているが、ほとんど知られていません。負担を軽減のための良い制度だが、新しい制度が次々に出来るので、保護者や生徒に紹介する立場の高校の教員も理解できていません。私たちの調査で分かったが、奨学金担当の教員の4分の3が「制度が分かりにくい」と答えています。
いわゆる「情報キャップ」の問題は奨学金の問題でも如実で、情報持っている人と持っていない人の差が顕著です。届けるべき人に情報が伝わっていない現状も問題です。例えば、高校では修学支援金という制度がありますが、もらっていない人、すなわち申請漏れが全国で2万人と言われています。
奨学金への公金支出 日本では理解得られにくい
――世界における奨学金の好例を教えてください。
例えば、スウェーデンは完全に無料で、生活費も昔は給付で在学中はかかりませんでした。フランスやドイツも授業料はなく、ローンを使わなくても学生生活を送れます。日本は韓国と似ていて、「親が子供の教育の責任を取るべき」との風潮が強く、税金で賄うことに対して支持が集まりにくい面があります。高校や大学を無償化するとした場合、賛成は集まって3割程度です。
――学費は20、30年前より上がりました。
この10年は落ち着いているが、昔に比べると上がった。そのため進学を断念する人が、私たちの推計で年間約6万人います。家計の可処分所得が減ったことも影響しています。特に、国公立大学では、2006年はあまり所得の差がなかったものの、それ以降は差が広がった。所得が低い人が行きにくくなっています。
――日本の奨学金制度は貸与型が主流です。
例えば、無利子制度のほか、返済の猶予期間を設けたり、減額したりできる制度もあるなど、様々な優遇措置がある点はもっと知られるべきです。ところが、返済が必要な制度にもかかわらず、「奨学金」という名称にしているのはどうなのでしょうか。特別な「学生ローン」とした方がよいとも思います。
日本育英会は「ジャパン・スカラーシップ・ファウンデーション」との名称を使っていました。スカラーシップ(=奨学金)と言っていましたが、実質的には奨学金ではありません。英訳する際にも、貸与奨学金を「スカラーシップローン」という変な訳になっていて、海外では、スチューデントローンという名称が主流です。日本でも英語名称も含めて、すべて検討し直すべきでしょう。
JASSOの延滞金徴収 公平感得るため一層の工夫を
――JASSOは、利用者の返済が遅れると延滞金を課しています。
もともと延滞利息は10%と高く、今は5%に落としましたが、金利を考えたら高いといえます。延滞金は月々の返済額に対してかかりますが、それでも、毎月払わないと雪だるま式に増えてしまいます。
ただ、真面目に返済している人からすると、返さない人への不公平感もあり、致し方ない面はあります。それでも、上限を決めてやらないと、返せない人が生まれるのは当然の結果で、その辺の工夫は一層求められます。
――家計が苦しくても学ぶための手段は奨学金ばかりでしょうか。
大学の教員などの有志が、奨学金を用意するケースも完全になくなったわけではありません。昔は貧困家庭の学生を周囲が支えることもあり、そういう支えがあったからこそ奨学制度が貧困でよかったという皮肉な面もあります。
私は「無理する家計」と名付けているが、何とか頑張って学費を調達する親もいます。衣料費や、旅行の費用、娯楽費を全部節約して教育費に充てる。しかし、今の経済状況ではそう頑張れる親ばっかりではありません。
――大学無償化法をどう分析していますか。
2017年に給付型奨学金ができたが、規模が小さくて220億円ほどでした。毎月の給付も2万から4万円ほどだったのが、今回から一気に拡大した点は評価すべきです。大学への初年度の納付金は私立の場合、100万円ほどです。よほど学資保険をかけたり、貯金をしたりしてないと難しい額ですが、入学金まで免除する仕組みができたことは意義があります。
さらに、在学中に親が亡くなったり離婚したりするなど、急に経済的な困窮する「家計急変」も対象となりました。
一方、問題だらけなのも事実です。まず、奨学金の額を決定する家計の所得区分が三段階だけで、非常におおざっぱです。1円の差で奨学金が交付されるかが決まるのが実情で、働かない人が出るなどモラルハザードが起きる可能性があります。
他にも、入学定員の充足率が8割未満という状態が3年間続くことを認めていないことなどは問題です。
成績が下位4分の1に連続して入ると、奨学金を打ち切るという内容も盛り込まれています。生活が苦しい中でアルバイトをして、頑張っても下位4分の1に入ってしまう可能性はあります。奨学金をもらう学生の実情を反映した制度と言えるのでしょうか。
大学独自の奨学金制度 縮小の可能性も
――教育に関わる奨学金は身近だが、詳しくは知られていない印象です。
教育の世界はお金の問題を語るべきではないとの風潮があります。授業料も非常に高いが、あまり語られることはありません。しかし、実際には様々な問題があることが分かります。
また、今回の大学無償化法で、大学側の裁量が減ることも懸念材料です。例えば、早稲田大学など多くの大学は、地方からの学生向けに奨学金を用意しています。その際に頼りにしてきたのが補助金です。ところが、今回の制度はそういう面があまり検討されておらず、補助金は縮小されるかもしれません。地方出身など様々な境遇の若者が集まるという教育効果が失われるかもしれません。
――奨学金制度を考える上で、今後どんな視点が重要になりますか。
大前提は、高等教育に進学したいが、経済的な理由であきらめざるを得ない若者をなくすとの視点です。教育の機会均等は、憲法でも教育基本法でも書かれ、大事な理念です。親の世代の経済的な格差が子供に影響することは許されず、平等、フェアであるべき競争が保たれていないとしたら大きな問題です。
また、誤解を恐れずに言えば、学力も意欲もある若い子が進学できない状況は、その個人だけではく、社会全体にとってもマイナスです。そういうロスをなくす視点も必要かもしれません。
今回の大学無償化法の運営についても、施行後に要所要所を直していく作業は必要かもしれません。教育費というものは、その時々の経済状況などの影響を受けやすいものであり、法を運用する上でも柔軟に見直していく視点を欠くべきではないでしょう。