中堅社会人より高スキルな若者が増加中?長期化する仕事人生をサバイブするための「学び」の原則 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年06月21日にBLOGOSで公開されたものです
昨年1年間の間に自ら学んだ社会人は4割以下--
リクルートワークス研究所が実施している全国就業実態パネル調査(※リンク先はPDF)によると「あなたは、昨年1年間に、自分の意志で、仕事にかかわる知識や技術の向上のための取り組み(例えば、本を読む、詳しい人に話を聞く、自分で勉強をする、講義を受講する、など)をしましたか」という設問にYesと回答した「自己学習を行った人」は、2018年における雇用者全体の33.1%に過ぎなかったという。
日本の社会人が「学ばないこと」はこのほかにも様々な調査で指摘されているが、そもそもなぜ我々は学び続けなければいけないのか。また、「新たに何かを学ぼう」と考えた際にどのようなことを意識すべきなのか。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究をしている、立教大学経営学部教授・中原淳氏に話を聞いた。【取材・構成:永田正行、撮影:弘田充】
人が学ぶのは「よりよく生きるため」
--現代社会において社会人が学び続けなければいけない理由を教えてください
変化がゆっくりとしている「古代社会」であれば、人間は一度大人になってしまえば、ずっと大人でいることができました。しかし、現代社会では、世界が右肩上がりに進歩していくため、一度大人になったとしても、知識やスキルのアップデートを怠っていると、次の世代の子どもと同じレベルになってしまうのです。
例えば、今の大学生は非常に優秀です。英語、Excel、プレゼンなどといったスキルを標準装備として持っています。メンタルやロジックなどまだまだ弱いところもありますが、今の学生は基礎的なスキルが高いので、彼らが社会に出てくると現在の30~40代との、能力逆転が起こりえると思います。
--そうした危機を感じている社会人は少ないように思います
全員が必ず英語やプレゼンのスキルを身につける必要はないと思います。自社の戦略が、そのようなものを必要とするなら、学べばいいのではないでしょうか。一方、社会が進歩している、世の中が変化していることを認識して、アクションをとり続けないと、スキルはどんどん古くなってしまいます。つまり、市場における自分の労働の価値がなくなってしまうのです。
これまでは、一度組織の中に入ってしまえば、組織が守ってくれました。しかし、今はもうそういう時代ではありません。現在、「新卒採用の競争激化」「人手不足」という報道がされていますが、一方でリストラも多くなっています。40~50代で仕事のスキルと給与が合わなくなってきた人のリストラとポストオフ(昇進する人間を除いて役職から降ろす役職定年のこと)が同時に進行しているのです。
私は、近年、パーソル総合研究所さん、パーソルキャリアさんと、転職の研究をしているのですが、自分と同年代の、大企業で狭い仕事をしていて、事業を提案したり、企画をたてた経験がないひとびとの転職が時につまずくことを知ると、切ない気持ちになります。そうした現実を見ていると、「何かを学んでスキルを高めたほうがいいのでは?」と思うことは多いです。
--ほかにも社会人が学ぶべき理由はありますか?
「人生100年時代」となり、仕事人生が長期化したことも理由として挙げられます。
最近、「老後は2000万円が必要」といったフレーズが話題になっていますが、以前から年金だけで老後の生活資金を賄えないことは明白でした。生活のレベルを下げれば可能かもしれませんが、一度獲得した生活レベルを下げることは困難です。
そう考えると、ストックに依存するのではなく、健康な間はキャッシュフローが発生する生き方をする必要がある。つまり、どう考えても、これまでより長く働かざるを得なくなる中で、自分のスキルをどんどんアップデートしていかなければならないのです。
こうした背景をふまえれば、「なぜ学ばなければいけないか?」という問いに対する答えは非常にシンプルです。「生き残るため」「よりよく生きるため」なんです。
--急に「学べ」といわれても漠然としすぎて難しいと感じる人も多いと思います
一番大事なのは「何」を学ぶかですよね。
実際、私もよく聞かれます。「何を学べばいいですか?」と。
しかし、私にしてみれば「なぜその問いを、他人にゆだねてしまうのか?」と不思議に感じます。先程お話ししたように、学ぶことは自分の人生をよくすることです。つまり、「自分の人生をどう生きていくのか」という問いでもあるので「自分で決める必要があります」(笑)。この問いは、今、お話ししている私自身にもいえることです。
ただ、同時代を生きるものとして、すこし思うところを述べさせていただくと「人は自分の好きなことしか学べない」ということは認識しておくべきです。逆に誰かに「これ学んでおくといいよ」といわれたことは、なかなか継続できません。何故なら、関心がないからです。もう一つの方向性は、「他人から求められていること」を学ぶことです。
ニーズがないものを学んでも意味がないので「何を学ぶか」を考える際には「人から感謝されるもの」「自分が好きなこと」を意識するとよいのではないかと思います。
「ラクだなぁ」と感じる仕事が8割を超えたら危険
--とはいえ、「何を学ぶか」をすぐに明確にできる人は少ないのではないでしょうか
多くのビジネスパーソンは職場で9時間ぐらい過ごしています。家に帰ってから学ぶといっても、せいぜい30分、1時間でしょう。なので、まず「自分の仕事の中で学ぶ」ことを意識するのが、一番早くて効果的だと思います。
そのうえで、「背伸びをすること」を意識するとよいでしょう。私はいつも「今日の背伸びは明日の日常」といっているのですが、どんなことでもいいので、今までやっていない一工夫をして、自分か周囲を楽にしようという意識を持つことが重要です。
私も今年で44歳になるので、「もうめんどうくせぇや」となってしまう気持ちも痛いほど理解できます。しかし、例えば自分の仕事内容を円グラフに書いた時に、ほとんど挑戦的な仕事がなくなっていて、「ラクだなぁ」と感じる仕事が8割を超えていたら危険だと思ったほうがいいのではないか、と自分にいい聞かせています。
そうなる前に、日々の業務の中で、今までやってこなかったやり方に挑戦することから始めてみるべきです。それこそ最初は、これまで手計算でやっていたものをExcelでマクロを組んでみるといったレベルでよいと思います。
そうやってすこしずつでも、自分のやれることの幅を広げる。そのうえで、さらなるキャリアチェンジやキャリアアップを目指すのであれば外部に学びを求めればよい。とにもかくにも日々をどう生きるかというのが重要ですね。
--ほかにも社会人が学ぶうえで、意識すべきことはありますか?
私は「振り返りの原則」と呼んでいますが、どこかで日常を振り返る時間を持つとよいと思います。おススメなのは、半年に一度自分の職務経歴書に一行ずつ書き足していくというやり方です。
転職経験者の中には、職務経歴書を書く時 に、過去のエピソードばかりで困ったという記憶がある人もいるでしょう。そうならないように半年に1回、職務経歴書に一行だけ書き足していく。それだけでも自分が変化しているのか、人に話すことができる経験やスキルが身についているか、といったことがわかりやすくなります。
また、上司を含めた周囲にフィードバックを取りにいくことも重要です。先程お話しした”背伸び”が必要な仕事を上司から任されないような状態であれば、自分が周囲からどう見えているかを確認する必要があるでしょう。
適切な振り返りをしてフィードバックを受けないと、私が「這いまわる経験主義(経験ばかりして、何も学べていない状態のこと)」と呼んでいる状態に陥る可能性があります。何の学びも得ぬままに、同じことを何度も繰り返してしまうのは、非効率的なので「振り返り」は意識してほしいですね。
40代なんてまだ折り返し地点にも来ていない!
--これまで多くの社会人を見てきた中で、「学び」をうまくキャリアに生かしている人たちに共通点はありますか?
成功した人が、成功できた理由を尋ねられた時によく「いや、ひょんなことから」といった話をします。成功する人たちは、そうした「ひょんなこと」、つまりチャンスを逃さないのです。チャンスを逃さないマインドがある人が成功しますし、そういうマインドの裏側にあるものこそ知的好奇心だと思います。
計画して目的地にたどり着ければ素晴らしいですが、その時、その時で紹介されたものや出会ったものをきっかけにして、新たなコミュニティや環境に踏み込んでいくということも重要だと思います。なので、あえて慣れ親しんだ場所を離れて、新たな環境に挑戦していくということも意識してほしいですね。
--「いまさら何かを学んでも遅いよ」と考えてしまう中堅のビジネスパーソンもいると思います
確かに40代中盤ぐらいの方と話していると「いやぁ俺はもう先見えてるから」なんて発言を聞くことが多いですね。しかし、私は「あなた、いつまで働く気でそれいってますか?」と思います。
先程、仕事人生の長期化という話をしましたが、定年が65歳になりつつあり、今後は70歳、下手をすれば75歳、あるいは定年レスになっていくかもしれません。そう考えると、40代で「俺はもういいや。先見えた」といっても、残りの仕事人生は30年近くあるわけです。
22歳から働き始めたとしたら、40歳なんて18年しか働いていない。まだ折り返し地点にもついてないのですから、先の長い仕事人生をよりよく生きるためにこそ、学び続けていくことは重要だと思います。
--最後にこれから「学び」に挑戦する社会人にメッセージをお願いします
これは同時代を生きる自分自身へのメッセージだとも思い、お話しします。まず、どうせ学ぶのであれば、「自身の学び」の在り方を他人や会社任せにしないことが重要ではないか、と僕は思います。
新しいものに出会う。新しい人に出会う。これらは、新鮮味があって楽しいことです。「学ぶ」ということは、自分のやりたいことをやるために自身を変化させることですから、知的好奇心を持ちながら、その過程を楽しんでいきたいものです。
プロフィール:中原淳(なかはら・じゅん):立教大学経営学部教授(人材開発・組織開発)。立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。
単著(専門書)に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。研究の詳細は、Blog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/)。TwitterID: @nakaharajun
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