会社が、社員が「会社を辞める理由」を正しく把握できていないと、同じ理由で次の離職者が出ることになりかねません(写真:Satoshi KOHNO /PIXTA)

厚労省の雇用動向調査によると、令和2年1年間の離職者数が入職者数を上回り(*1)、今、離職対策は多くの企業にとって喫緊の課題となりつつある。なぜ離職者が増えているのか。その理由として“給料が安い会社=離職率が高い”と考えてしまいがちだが、決してそういうわけではなく、離職率が高い会社はほかにも原因があると、経営心理士で公認会計士の藤田耕司は指摘する。

本当の理由を言わない離職者たち

筆者は経営心理士、公認会計士として、心理と数字の両面から企業の経営改善のお手伝いをしていますが、その中で離職に関するご相談を受けることも多くあります。

その際に、「うちは給料が安いから社員の離職が多い。でも高い給料は払えないから仕方ない」と話され、離職率が高い現状について半ば諦めている方もいらっしゃいます。

私はこれまでの経営改善の経験に基づいて、「離職の心理」について分析してきました。その結果言えることは、離職の本質的な原因は給料以外のところにあることが多いということです。

まず、会社側で把握している離職理由で多いものとして、次のようなものが挙げられます。

・キャリアアップしたい
・仕事が自分に合っていなかった
・実家や親族、友人の仕事を手伝うことになった
・家庭の事情で働くのが難しくなった
・給料や労働条件に不満があった

ただ、離職にあたっては、ごたごたを起こしたくないため、本音としての離職理由を会社に伝えず、角が立たない離職理由を伝える離職者は少なくありません。

では、本音としての離職理由としてはどういうものが多いのでしょうか。

この点について、現場への聞き込みや本人へのヒアリング、アンケートなどの結果、次のようなものが多く見受けられました。

・上司、同僚など、職場の人間関係がうまくいかなかった
・会社の方針についていけない、共感できない
・仕事が面白くない、やりがいを感じない
・会社や業界に将来性を感じない
・給料や労働条件に不満があった
・成長を感じられない、さらなる挑戦をしたい

なかでもとりわけ多いのが、「上司との関係がうまくいかなかった」というものでした。

ある社長からこんな話をされたことがあります。

「うちの会社を辞める人間は、実家や親族の事業を手伝うことになったと言って辞めることが多いんです。実家や親族が事業をやっている人間って、世の中にそんなにいるもんですかねぇ」

私は社長が本当の離職理由が把握できていないと思い、現場への聞き込みをしてもらいました。

その結果、ある管理職の方が部下に対してきつい接し方をしていることがわかり、それが原因で何人も辞めているのではないかという情報が得られました。そして、その管理職の方に事実確認をしたうえで、部下との接し方を改めていただきました。それにより、その後、離職者はほぼ出なくなりました。

もしこういった対応ができていなければ、この管理職の方が原因でその後も離職者が出ていたでしょう。こういった事例はいくつもあります。

本当の離職理由を把握しないまま放置すると、また同じ理由で次の離職者が出ます。そのため、会社は離職者本人の離職理由を鵜呑みにせず、本当の離職理由を把握する意識を持つことが重要です。

人間が抱く根源的な「3つの欲求」

私の経営指導の経験から言えることは、「人は人間が根源的に抱く欲求が満たされない時、離職を考える」ということです。

ここで言う根源的に抱く欲求とは、アメリカの心理学者クレイトン・アルダファーが提唱した「ERG理論」で示される生存欲求、関係欲求、成長欲求の3つを意味します。

「生存欲求」とは安心・安全に生きていきたいという欲求であり、現代では給料や雇用環境が影響します。

「関係欲求」は良好な人間関係を築き、人から認められたいという欲求。

「成長欲求」は苦手を克服し、得意分野を伸ばし、自らの可能性や才能を発揮していきたいという欲求です。

社員はこの3つの欲求を満たしてくれる会社、すなわち十分な給料を払ってくれて、良好な人間関係の中で、周囲が自分のことを認めてくれて、自分を成長させてくれる会社で働きたいと思っています。

このうちのどれか一つでも満たされなければ、それが離職の理由となり得ます。

給料と離職率の関係でいえば、給料は生存欲求に関するものです。ただ、関係欲求や成長欲求が満たされない場合でも、人は離職を考えます。

また、厚労省の令和2年雇用動向調査結果における「転職入職者が前職を辞めた理由」では、「給料等収入が少なかった」は男性9.4%、女性8.8%と1割に達していません(*2)。

そのため、よほど給料が低い場合を除き、「離職率の高さの原因は給料にある」という考え方は短絡的と言わざるを得ないでしょう。

では、離職率を下げるため、関係欲求や成長欲求を満たすにはどういう関わりが必要なのでしょうか。

相手を認めるコミュニケーション

関係欲求を満たす関わりとしては、相手を認めるコミュニケーションをとることが重要です。

具体的には、入社・退社時は挨拶をする、話を丁寧に聴く、共感を示す、感謝やねぎらいの言葉をかける、優れた点や努力の跡が見られる点は褒めるといったことが挙げられます。

ある会社で、同じ仕事をしているのに、ある社員は仕事が面白くないと話し、ある社員は仕事が面白い、やりがいを感じると話していました。

仕事の好みの問題もあるかもしれませんが、両者には明確な違いがありました。

それが、上司の認めるコミュニケーションの有無でした。

前者の上司は部下を一切褒めることがなく、ただ指示を出すだけでした。後者の上司は良くできている点を褒め、「ありがとう」の言葉をこまめにかけていました。

仕事の内容は変えられないから、「仕事に面白さややりがいが感じられない」といった理由で離職されるのは仕方ないと思っている方もいらっしゃいます。

ただ、仕事の面白さややりがいは仕事の内容だけで決まるものではありません。

上司のこういった言葉がけの有無によっても大きく変わるものである、ということを理解しておくことが重要です。

成長欲求を満たす関わりとしては、目標設定と成功体験、フィードバックが重要になります。

ある程度困難な目標が設定され、それをクリアすると達成感が得られます。この達成感によって成長が実感でき、強くモチベーションが高まります。

また、「ずいぶん仕事が早くなったね」「お客様へのプレゼン、うまくなったな。落ち着きも出てきた」などのように、成長の跡を上司が言葉でフィードバックすることでも、自分の成長を感じることができます。

意識の高い社員を離職させないコツ

特に意識の高い社員は成長欲求を重視し、年収を下げてでも成長できる企業に転職するケースも少なくありません。

意識の高い人材こそ会社の将来を担う人材であり、こういった人材の離職は会社にとって大きなダメージとなります。

ある30代後半の男性は、年1,500万円以上の給料をもらっていながら、その会社を辞め、年収1,000万円で別の会社に転職しました。年収を500万円も下げてでも転職した理由を聞くと、彼はこう答えました。

「このままこの会社にいたら自分の成長はない。そう感じたから辞めようと思いました。成長が感じられない仕事をやりながら歳をとるのは本当にもったいないことだと思うんです」。

このように、離職率は給料の内容だけで決まるわけではありません。そのため、私は離職率が高いと悩まれる社長には、次の質問をしています。

・辞められた方は、御社の中で良好な人間関係を築けていましたか?
・上司の方は、その方を認めるコミュニケーションをとっていましたか?
・その方が成長を実感できるような仕事の任せ方、関わり方をしていましたか?

すると、ほとんどの社長はできていなかったと答えます。これらの取り組みをしていないままに、高い給料が払えないから離職率が高いのは仕方ないと諦めていたわけです。

給料を上げなくても、離職率を下げることはできます。そのためにも関係欲求、成長欲求の観点から、人が職場に何を求めているのかを考え、それを満たす関わりをしていただければと思います。

*1「令和2年雇用動向調査結果の概要」
*2「令和2年雇用動向調査結果の概要(転職入職者が前職を辞めた理由)」

(藤田 耕司 : 公認会計士、税理士、心理カウンセラー)