「ブスに恋愛は不要」そう不貞腐れていた女が段々キレイになった、男友達からの言葉とは
「変わってやる!」
そう思った瞬間から、人生はアップデートされていく!
10年前の恋愛の傷から、着飾ることをやめノーメイクで生きてきた春野菜月(29)。
そんな彼女が、変わることを決意したら―?
◆これまでのあらすじ
英語学習アプリの経営者・大翔に別れを告げ、「恋愛はもうこりごり」と仕事に精を出している菜月。そんなとき、親友の恭一から「話したいことがある」との連絡を受けた。
5月下旬の河川敷は、もう夏の気配が漂っている。
「話したいことがある」という恭一に応じ、菜月は今、多摩川沿いの河川敷を恭一と歩いていた。
― もし今日、恭一から告白されたらどうしよう。
考えすぎかもしれないが、恭一はソワソワしているように見える。菜月は、空気を和らげようと自虐して笑ってみた。
「ほんと、この数ヶ月は全部ムダだったわ。大翔さんに費やした時間を全部仕事に充ててたらよかった」
「…そうだね」
「うん。もう私ね、リセットボタンを押して、これからはかつての自分に戻ることにしたの」
その言葉通り、今日はかつてのようにメイクも髪も服も適当なまま出てきた。
足元も、スニーカーに戻した。しばらくヒールばかり履いていたので、逆にスニーカーが歩きにくく感じられる。
「とにかく私ね、もう恋愛はこりごりなんだ。だから、こうやって手抜きモードで生きていくの」
ふと指先に目をやる。大翔と会うために施したジェルネイルが、欠けて汚く残っていた。
「だって、こんな風に手抜きしてたら、恋愛とは無縁でいれそうでしょう?」
ひとりで苦笑いしたとき、恭一は急に立ち止まった。
「好きだよ」
「…え?」
「手抜きなんて関係ないよ。どんな菜月も好きだよ」
聞き慣れたはずの恭一の声が、やけに凛々しく聞こえた。
恭一の告白に、菜月が返した言葉とは?
「…ありがとう」
それしか言えなかった。決して恭一を傷つけたくはないのだ。
しかしだからと言って、恭一の思いに応えることはできない。恭一は、恋愛対象ではないからだ。
困っていると、恭一はさみしげに言った。
「菜月が傷ついているなら、できるだけそばにいたいんだよ」
見上げた恭一は、学生の頃よりも随分と頼りがいのある顔つきになっている。そんなことに、今初めて気づいた。
「…ありがと。でも私、大丈夫よ。ひとりでも十分幸せになれるから」
流れる川を見ながら菜月は言った。
言葉は、思っていたよりも冷たく響いてしまった。あわてて「だってひとりは慣れっこだもん」と笑顔で付け足す。
しかし恭一は、笑わなかった。
「うん。俺だってひとりでも十分幸せになれるよ。けど、菜月と一緒にいたいんだよ」
菜月は、今度こそ困り果ててしまった。仕方なく、のどから言葉を絞り出す。
「…私も恭一と一緒にいる時間は大好きよ。でも…それは恋ではない。それに、今後恋になることも、ないと思う」
正直すぎたかなと思ってチラリと恭一の表情を見た。
恭一はあくまで穏やかな表情で、「それでも構わないよ」と言った。
「ご飯行こうか。菜月の好きそうなフレンチ予約してあるんだ。元気つけてもらいたくってさ」
明るい声色で言った恭一は、菜月をリードするように歩き出した。
1年後。
「お待たせ!」と笑う茜の顔のドアップが、インターホンに映っている。
解錠の操作に手こずりながら、菜月はオートロックを解除した。
「代官山って久しぶりに来たけどホントいいところねえ。それに素敵なマンション!」
茜は、引っ越し屋の段ボールだらけの部屋を羨ましげに見回した。それから、よく冷えたクラフトビールを3本紙袋から取り出す。
「あれ、恭一は?」
「今ね、ベランダで室外機の様子見てくれてる。なんか空調がうまく動かないらしくて」
大きな窓越しに恭一と目が合った。手招きすると、ハッとしたような顔で恭一は笑った。
「…なんか恭一、いつにも増して幸せそうねえ。そりゃそうか。長年片思いした相手と、ついに同棲開始だもんね」
「あー感慨深い」と笑う茜に、今さらながら照れてしまう。
多摩川沿いで告白されたあの日から、恭一は頻繁に連絡をくれるようになり、食事や映画に2人きりで出かけるようになった。
正式に付き合ったのは、半年後のことだ。
自分の心に起きた変化について、菜月は自分でもよく説明できない。ただ、いつの間にか、恭一といる時間が幸せで、大切で仕方なくなっていた。
大翔との恋愛のせいで凍えた気持ちが、ほんのりと溶かされていった感覚を、よく覚えている。
動き出した、2人の未来
実は、最初の数ヶ月は、恭一から誘われる度に「茜も誘おうよ」と言い、デートになるのを避けていた。
しかし茜は怪しいほどに毎回「用事がある」と断ったのだ。茜は、2人の恋をサポートしていたというわけだ。
「あーこのまま菜月と恭一が結婚なんてしたら、私泣いちゃうなあ」
茜は目を細めながら、段ボールをテーブル代わりにしておつまみのトルティーヤチップスを置く。
「おう、茜。来てくれたんだ」
「うん、キンキンのビールと共にね。荷解きも疲れるでしょう?ちょっと休憩にしたら?」
茜はビールを配ったあと「幸せな未来にかんぱーい」と笑った。
しばらくしゃべり倒し、茜が「超ハイレベルな合コン」へと出かけるのを見送った。空はもう少し赤くなってきている。
「まずい、全然荷解き終わってないね」
苦笑いをしあって段ボール箱を開ける作業に戻る。しかしすぐに恭一が「ちょっと来て」と言った。
「なーに?」
「見てこれ、懐かしくない?」
恭一が手に持っていたのは、ロンドン留学の最終日に開催した、寮のメンバーでのささやかなパーティーの写真だ。
菜月と恭一が、肩を組んで笑っている。
「ああ、この時。どさくさ紛れに菜月と肩組んで、超ドキドキしてたんだよ。今でもはっきり覚えている」
「ええ?それちょっと怖い」
菜月が冗談めかして言い、2人はまた笑った。
これは付き合ってから知らされたことなのだが、恭一は留学中からずっと菜月に片想いをしていたそうだ。
いま、菜月は思う。
大翔といたときは、毎日なにかに取り憑かれたかのように自分を磨いた。自分を変えることばかりを考えていた。
「自分をアップデートしないと嫌われてしまう」という焦りが、常にあったのだ。
しかし、恭一と人生を共有するうちに、変わった。
― ありのままの自分自身に愛を持てるようになった。だから毎日が幸せ。
恭一が毎日のように言ってくれる「好き」や「かわいい」のおかげで、本当に自然に、自分が輝いていくのを感じるのだ。
― 本当に愛されることが、私にとっては1番のアップデートだったのかもしれないわ。
横にいる大切な人に、ふと伝えたくなった。
「ねえ、恭一。ありがとうね」
「え?」
「ずっとそばにいてね」
「…どうしたの?頼まれなくても、そうするつもりでいるけれど」
ものすごく真剣な表情でうなずいた恭一がおかしくて、口元が緩む。
― 私、幸せ者だ。
菜月は腕まくりをして、次の段ボール箱を開けた。
夕日に包まれた明るい部屋で、2人の幸せな暮らしが今、始まろうとしている。
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