恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。

盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。

だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。

恋に狂った彼らのトラップに。

▶前回:2年前に別れた元カレを忘れられず、職場まで押しかけた女。そこで見てしまった衝撃的な光景




「じゃあ、カンパーイ!」

新宿三丁目にある『東京キッチン』で行われた同窓会。慶應時代のゼミ仲間で久々に集まろうと、ゼミ長だった山本が声を掛けてくれたのだ。

「もう30歳だなんて、早いよなぁ」

隣に座っている山本が、そうつぶやきながらビールを煽る。彼の言葉にうなずきながら、僕は店内をグルリと見渡した。

12人のゼミメンバーのうち、集まったのは男4名、女4名の計8人だ。

― 葉子は来てないのか。

桜木葉子は、僕が大学2年生から26歳まで付き合っていた元カノだ。僕は彼女との結婚を考えていた。しかし交際6年目のある日「もう嫌いになったの」と言って、僕の前から突然姿を消したのだ。

別れを受け入れられなかった僕は、何度も葉子に連絡した。でも返信が来ることは、一度もなかったのである。

「なぁ、山本。葉子って今日来ないの?」

僕の言葉に、彼の顔が一瞬曇る。

「来ないよ。…健吾さ、フラれてから4年も経つんだろ?彼女のこと、そろそろ忘れなよ」

彼の言葉はごもっともだ。別れて4年。僕は葉子を忘れられず、短命な恋愛ばかり繰り返してきたのだから。



時刻は22時を回り、会はお開きとなった。僕は新宿で同級生たちと別れ、小田急線に乗り込む。

― いつまで引きずってるんだ、俺は。葉子のことはもう忘れよう。

そう自分に言い聞かせ、代々木上原駅のホームに降り立ったそのとき…。人混みの中に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。柔らかそうなショートボブの髪が、ふわふわと揺れている。

「えっ、葉子…!?」

思わず大きな声をあげてしまう。その声にゆっくりと振り返った彼女の耳元には、大きなシルバーイヤリングが光っていた。

「健吾くん…。なんでここに?」

ホームに立ち尽くしたまま、僕は動けなくなる。そして4年ぶりの葉子の姿に、出会った日の記憶がよみがえってきたのだった。


ついに4年ぶりの再会。彼女が姿を消していたワケとは…


葉子との出会いは、大学1年生の頃。1限目の講義に向かう学生で混雑している、バスの中でのことだった。

つり革に掴まりながらスマホを眺めていたとき、いきなり爪先に激痛が走ったのだ。

「痛って…!」

バスが揺れてフラついたのだろう。誰かが履いていたヒールで、足を踏みつぶされたのだった。

「す、すみません…!大丈夫ですか!?」

爪先を押さえながら顔をあげた瞬間、僕は恋に落ちた。

僕を心配そうに見つめる目は、こぼれ落ちそうなほど大きく、ブラウンのショートボブに大きなシルバーのイヤリングが揺れている。

それが葉子だった。

それからというもの、僕は彼女に会いたくて、講義がない日も早朝のバスに乗るようになったのだ。

葉子は愛知県出身で、僕と同じ環境情報学部の1年生。友達が少ない僕とは反対に、彼女は男女問わず大勢の友人に囲まれていた。

「健吾くんって、黙ってたら暗いけど…。しゃべったら本当に面白いよね!」

そう言ってからかってきた葉子。いつしか僕たちは自然と仲良くなり、2年生に進級すると同時に付き合うことになった。

そして当時彼女が住んでいた成城学園前のマンションで、僕たちは初めての夜を過ごしたのだ。

「背中にね、大きな痣があるの…」

勉強も運動もできて、社交的で美人な葉子。そんな彼女の口から語られたコンプレックスも、なんだか愛おしかった。

卒業後、僕は広告代理店へ。そして葉子はIT企業に就職した。やりがいのある仕事と、愛する恋人。最初の3年間は順調だった。

しかし26歳になった頃、明るかった彼女の笑顔がどんどん減っていったのだ。

「どうしたの?」

僕が顔を覗き込んでも、葉子は「なんでもない」と口にするばかり。そして数ヶ月後「嫌いになった」と言って、彼女は突然消えたのだ。





我に返ると、葉子がイヤリングを揺らしながら僕の方に近づいてくる。

「健吾くん、だよね?」

「久しぶり…。どうしてここに?」

「私、成城学園前に住んでるんだ」

ずっと会いたかった葉子を目の前にして、声が震えてしまう。僕は胸の高鳴りを抑えながら、冷静に言葉を選び取った。

「今も住んでるんだ。…今日、同窓会なんで来なかったの?」

「代々木上原で仕事の打ち合わせしてたから。というか…」

彼女が何かを口にしようとしたそのとき、ホームに成城学園前行きの電車が滑り込んでくる。葉子は「じゃあ…」と言って電車へ乗り込もうとした。

「ちょ、ちょっと待って!…よかったら、今から一杯飲まない?」

すると彼女はこくりと頷いたのだ。僕たちは南口を出ると、付き合っていた頃によく通っていたバー『カエサリオン』に入った。

「あれ?葉子、いつの間にかお酒強くなったんだね」

お酒が苦手で、甘いフルーツ系のカクテルばかり飲んでいた彼女が、ギムレットを注文したことに驚く。

「ギムレット、好きなの」

そうつぶやく葉子は、妙にセクシーに見えた。

それからというもの、僕たちは仕事後に何度かデートを重ね、4年間の空白を埋めるようにお互いの話をするようになる。

葉子は所々、付き合っていたときの記憶が抜け落ちていた。大学での出来事は覚えているのに、2人でデートした場所は忘れていることも多かったのだ。

「そんなとこ行ったっけ?」

そう言われるたびに、僕のほうが彼女を好きだったのだと自覚した。今考えてみれば、僕の行きたいところばかり付き合ってもらっていた気がする。

今度こそ、大切にしたい。そう思った僕は3回目のデートの帰り道で、ついに告白した。

「…今日はうちに泊まって」

その言葉に僕は葉子の手を取ると、代々木上原にある自宅マンションへと向かった。…そこで、衝撃的な真実を聞かされるとも知らずに。


愛する彼女と、復縁できたと思っていたのに…!?


「恥ずかしいから、電気消して…」

「うん。わかった」

まるで初めて身体を合わせる男女のように、僕たちはゆっくりとベッドに入る。葉子を自分の腕で抱きしめていることが、なんだか信じられなかった。

その後、彼女の寝顔を見つめながら幸せを噛みしめていると、山本からいきなり電話が掛かってきた。

「もしもし、どうしたのこんな時間に」

リビングに移動して電話に出ると、山本はいつも以上にハイテンションだった。

「健吾、この前はありがとな!…実は、さっき彼女にプロポーズしてOKもらったんだよ〜!お前にはすぐ伝えておきたくて、電話しちゃった」

「まじか!おめでとう!」

友達の婚約報告に、僕も嬉しくなる。

「ありがとう。友人代表挨拶は頼むよ。…お前もいい人に出会えるよう、祈ってるから」

山本のその言葉に、僕は葉子の寝顔を思い浮かべながら声を潜めた。

「…実は俺、葉子と復縁したんだよね」

てっきり山本は喜んでくれると思っていた。しかしその後、長い沈黙が流れたのだ。

「お前、何言ってるんだ?…葉子は死んだじゃないか」

「えっ、何言ってるんだよ」

「口止めされてたから言わなかったけど…。葉子、26のときに若年性ガンが見つかって、そのまま亡くなったんだよ。健吾もさ、いい加減前に進まないと」

僕は電話を途中で切ると、ベッドで眠る葉子のもとへと向かった。




「葉子…!」

僕は明かりをつけると、寝ている彼女を揺り起こした。

「やだ、どうしたの?」

そのとき、あることに気づいた。驚いて身体を布団で隠そうとする葉子から“あれ”が消えていたのだ。

「背中の痣が、ない。…なあ、君はいったい誰なんだ?」

長い沈黙が流れる。そして大きく息を吸い込んだ女が、ポツポツと語り始めた。

「私は、葉子の双子の妹。夏子です。お姉ちゃんが死んでから上京してきて、そのまま同じ部屋に住んでたの」

その言葉に唖然とする僕。そういえば昔、葉子が「地元に双子の妹がいる」と言っていたことを思い出した。

「健吾くん、お姉ちゃんが入院する前に別れたでしょう?多分“最低な女”になって、健吾くんのことを悲しませたくなかったんだと思う。ゼミの友達にも、病気のことは口止めしてたみたいだし」

「そんな…。じゃあ、なんで君は」

「あなたに偶然会ったとき、正直に伝えようと思った。『私はお姉ちゃんじゃなくて、双子の妹の夏子です』って。でも、あなたが私を見てあまりに嬉しそうな顔をするから、言い出せなくて。…それに」

夏子の目に、大粒の涙がたまっている。僕は彼女の大きな目をジッと見つめていた。

「それに、私。あなたと会うたびに、あなたのことが好きになっていった。…私は、あなたを愛してるの」

彼女の目から涙がこぼれた瞬間、僕は夏子を強く抱きしめていたのだった。

▶前回:2年前に別れた元カレを忘れられず、職場まで押しかけた女。そこで見てしまった衝撃的な光景

▶1話目はこちら:マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動

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「私、妊娠したみたい…!」女がどうしても手に入れたかったものとは