両チーム各々2万人のサポーターが声を枯らして応援合戦を繰り広げたなか、PSVが宿敵アヤックスを2−1で破って10年ぶり10度目のKNVBカップを獲得した。

 PSVが1回、アヤックスが2回、合わせて3回のゴール取り消し。両チーム1回ずつポストにシュートが直撃。激しいデュエルの応戦下でもキラリと光る妙技の数々......。勝負がどちらに転ぶかわからぬ白熱の展開で、ハイライトがいっぱい詰まった今回の一戦は「近年のKNVBカップ決勝戦のなかでベストゲーム」とオランダ国内で称賛された。


チームメイトとKNVBカップ優勝を喜ぶ堂安律

 アヤックスはCLのラウンド・オブ16でベンフィカに敗れたため、KNVBカップ決勝戦まで中7日の準備期間があった。一方、PSVは欧州カンファレンスリーグの準々決勝を3日前に戦ったばかり。そのレスター・シティ戦もインテンシティの高い熾烈なものとなり、PSVは先制点を守りきれず終盤の失点で逆転負けを喫してしまった。

『アヤックスとの決勝戦を目前に、PSVにフィジカル面のハンディがあるのはもちろんのこと、もう一歩のところで欧州カンファレンスリーグ準決勝進出を逃してしまったというメンタル面のダメージが残ってしまった』

 KNVBカップ決勝前、大方がこう見立てた。しかもPSVは前半0−1でハーフタイム。休養たっぷりでこの日を迎えたアヤックスのほうが、後半はさらに有利になると思われた。

 だが、前半のアヤックスはPKをもらえるはずのプレーが流されたり、ゴールがオフサイドの判定で取り消されたりして(このVARによるゴール取り消しの判定は正当なものだった)不満を募らせ、興奮した選手たちはハーフタイム中も落ち着きがなかったらしい。

 かたやPSVは、ロジャー・シュミット監督が「後半はいける!」とポジティブなムードをロッカールーム内で作っていた。後半4分にFKからMFエリック・グティエレスが決めた同点弾、その1分後に生まれたFWコーディ・ガクポの決勝弾は、ロッカールームの雰囲気の差がピッチで現れてしまったものだ。

堂安が攻守で魅せた29分間

 アヤックスは後半11分にMFデイヴィ・クラーセンのゴールで2−2に追いついたかと思われたが、ポストプレーヤーがかかとひとつ分だけオフサイドの位置にいて、前半と同様に取り消し。落ち込むアヤックスとは対照的に、疲労困憊だったはずのPSVはエネルギーをどんどん増していった。

 レスター戦では、左SBフィリップ・マックスがスタミナを切らして後半29分でピッチを去った。CBのジョーダン・テゼは相手ストライカーの独走シュートに追いつきタックルした際に足をつった。しかし、『KNVBカップ決勝戦』『PSV対アヤックス』というパワーワードは、彼らにデータでは説明のつかぬ力を与えたのだろう。

 終盤の締めくくりも含めて、PSVがしっかりマネージして勝ちきった一戦だった。そして、途中交代出場の堂安律がチームにエキストラな価値をもたらした決勝戦でもあった。

 堂安が決勝戦のピッチに立ったのは、PSVが1点をリードした後半23分のこと。

 右サイドハーフを務めた堂安は、アヤックスの頭脳役である左SBデイリー・ブリントの存在を消しつつ、チームが守勢に回った際には最終ラインまで下がって相手エースのドゥシャン・タディッチをマークするタスクがあった。そのうえでキープ、ドリブル、キラーパスを使い分け、あわよくばダメ押しのゴールを奪う、チャンスに絡むことを虎視眈々と狙っていた。

 堂安がこの29分間(アディショナルタイム7分間を含む)で示したパフォーマンスは、まさに極上と表現していいほどのものだった。

 ブリントやタディッチを自由にさせることなく、何度もボールを奪い、右WGステフェン・ベルフハウスのクロスもブロック。攻撃面でも、快速FWブルマとホットラインを形成し、スルーパスを何本も通した。そのうち2本は完璧なパスで、ブルマがシュートを外すたびに堂安は本当に悔しがっていた。

 2試合続けて先発して疲れている選手より、俺が走る----。そんな堂安の気持ちが観客席に伝わってきた。オランダリーグでは記憶にないほどの研ぎ澄まされた集中力で、この29分間にすべてを出し切った堂安の高パフォーマンスだった。

堂安がPSVに欠かせない理由

 今季の堂安は、オランダリーグ第29節を終えた時点で20試合に出場し、そのうち13試合に先発している。東京五輪で合流が遅れたこと、2度の負傷があったこと、直近のRKC戦では風邪により招集外になったことに加え、FWノニ・マドゥエケやMFジョイ・フェールマンとポジションを競い、レギュラー定着までには至らなかった。

 しかし、心配御無用。堂安は先発だろうと途中出場だろうと関係なく、プレーに集中してシーズンを過ごしてきた。とりわけ絶好調だった11月〜12月は、技術やオフ・ザ・ボールの動きなど、ゴールにつながるプレーの数々を披露し、毎週のようにメディアでトピックに上がっていた。

『獲得失敗の烙印から突然、堂安はPSVにエキストラをもたらすアタッカーに』

 このようなタイトルでオランダの公共テレビ局『NOS』が行なった堂安のインタビューも興味深かった。

---- 「真の堂安律」を示せたのは、いつですか?

「たとえば、シーズン前半のAZ戦です。(堂安の強烈なミドルシュートのゴールの映像が流れ、実況が「昨季は(ビーレフェルトに)レンタルされた堂安がPSVに戻ってくるとは誰も思っていませんでした!」と叫ぶ)。

 ドイツはいい思い出ばかりです。ビーレフェルトはいいチームで、周囲の人にも恵まれました。PSVでの最初のシーズンは大変厳しいものでしたが、ビーレフェルトでプレーすることによって、僕は新たな自信を手に入れたのです」

---- ビーレフェルトは堂安選手を買い取ろうとしましたが、500万ユーロの移籍金を払うことができませんでした。その後、PSVに戻ってきた堂安はシュミット監督といい話し合いができたそうですね。

「今季のPSVがなぜ僕の力を必要とするのか、監督はしっかり説明してくれた。それはプレースタイルの違い。ガクポ、マドゥエケ、ブルマは皆ドリブラーだが、僕はドリブルだけでなくチャンスを作り出すこともできるし、ラインの間でボールを受けることもできるタイプなので、ほかの選手と特徴が異なる。監督はさらにディテールも説明してくれた。それは僕にとって、とても重要でした」

リーグ100試合出場も達成

---- 今季前半戦の堂安選手を見ていると、水を得た魚のようにPSVで過ごしています。

「クラブでもチームでも、とても快適に過ごせています。朝起きると『トレーニングに行きたいなあ』って思ってエネルギーを感じるんです。チームメイトやスタッフに会うのが楽しくて仕方がありません」

 シュミット監督は以前、オランダ人記者たちに「PSVに戻ってくるよう、律を説得するのには骨が折れました」と語っていたことがある。レギュラーの保証はできないが、君にはこういう長所があるからチームに絶対に必要な存在になるのは間違いない----。誠心誠意を込めてそう説けば、堂安は意気に感じて役割をまっとうするタイプなのかもしれない。

 2月21日のヘーレンフェーン戦で、堂安は後半からマドゥエケに代わってピッチに入った。45分間のプレーにとどまったため、堂安は『デ・テレフラーフ』紙の週間ベスト11の選外になったが、選者のアンドレ・フークストラ氏は「PSVの堂安律についても言及したい」と寸評に書き足した。

「彼は途中出場の選手として非常に栄誉に値する。彼のプレーはすべてコントロールされていて、フットボールの息吹がする」

 もちろん、堂安に批判の火の粉が飛ぶこともある。しかし、それら賞賛も批判も、堂安にとっては外野の声にすぎないのだろう。大事なことはシュミット監督の信頼とPSVというクラブ、チームとの絆だ。

 アヤックス戦で堂安はしっかり自分の役割を整理し、限られた時間のなかでチームプレーと自身の表現を両立させた。そして、日本人選手として初めてKNVBカップを制覇した。

 今季残すのはリーグ戦5試合のみ。オランダリーグ首位アヤックスと2位PSVの差は勝ち点4だ。KNVBカップ決勝戦後、シュミット監督やマルコ・ファン・ヒンケル主将は口々に「リーグ戦で5連勝してアヤックスにプレッシャーをかける」と逆転優勝に向けて抱負を語っていた。

 気づけば、堂安はオランダリーグ100試合出場を果たしたばかり(フローニンゲン=61試合、PSV=39試合)。KNVBカップの勝者、リーグ100試合出場の勲章に加え、オランダリーグ王者も射止めてほしい。