アサリの産地偽装問題発覚を受け、記者会見する熊本県の蒲島郁夫知事(写真:共同通信)

熊本県産」表示のアサリに大量の中国産や韓国産が混入していた問題が波紋を広げている。2月8日から熊本県がアサリの出荷を停止。報道を受けて北海道産のアサリが高騰すると、同じ熊本県産のハマグリが大量に返品されるなどの実質被害も出ている。

だが、この件を伝える報道をみていると、国内外の食料問題や食品製造の現場を取材してきた私にとって、理解に苦しむことばかりだ。中には記事の内容の矛盾に気づいていないものがあって、かえって消費者を混乱させる。食の安全の根幹にも触れる重大な問題であるだけに、ここでしっかりとこの問題の本質を整理しておきたい。

熊本県の漁獲量の約120倍が流通

発端は、農林水産省が2021年10月から12月末までに販売された「熊本県産」のアサリをサンプル調査でDNA分析したところ、31点のうち30点(97%)に中国や韓国の「外国産が混入している可能性が高い」と判定されたことだった。

2月1日に金子原二郎農林水産大臣が閣議後の記者会見で、「食品の表示に対する消費者の信頼を揺るがしかねない」として発表した。

しかも、農林水産省のサンプル調査期間中の3カ月間の「熊本県産」アサリの推定販売数量は2485トンで、全国シェアの79.2%を占めていた。2020年の熊本県のアサリの1年間の漁獲量は21トンだから、その流通量は約120倍にもなって、あまりに違いすぎる。

これを受けて、熊本県の蒲島郁夫知事が同日、臨時の会見を開き、「アサリだけでなく、熊本のブランド全体への信頼を揺るがす危機的状況であり、本県にとって非常事態」として、「緊急出荷停止宣言」を発出。8日からおよそ2カ月間、熊本県産の活きアサリの出荷を停止するとした。一旦、流通を止めることで、偽装品をあぶり出す意向を示した。

ところが、報道各社がここに必ずといっていいほど付け加えるのが、アサリの「畜養」と、食品表示法上のカラクリだ。

中国や韓国で生まれたアサリを、熊本県内の干潟に放って育てる「畜養」を行った場合、畜養期間が長ければ「国産」「熊本県産」と表示できる。これはアサリに限らず、2カ所で育った畜産物は生育期間の長いほうを「産地」と表示できる食品表示法の規定がある。

この典型が和牛だ。和牛は子牛を生んで増やす生産農家(繁殖農家)が生後10カ月ほどで競りにかけ、買い取った肥育農家が20カ月ほどかけて育て太らせ、食肉として出荷する。だから、生まれは関係なく、育ちがブランドとなる。例えば、沖縄県の八重山諸島で生まれた牛でも、三重県の松阪で買い取って育てれば、それは立派な「松阪牛」となって出荷される。ちなみに、八重山諸島はずっと子牛の生産がさかんな場所で、2000年の沖縄サミットで話題となった石垣牛は現地でそのまま肥育されたブランドだ。

と、すると、ここで単純な疑問が浮かぶ。和牛と同じように、中国や韓国から仕入れたアサリを国内でより長く畜養して出荷されたのであれば、「熊本県産」の商品から外国産の遺伝子が出てきても不思議ではない。食品表示法に従えば、海外で2年間生まれ育っても、国内で2年以上、1日でも長く育てば「国産」表示ができるからだ。

表示が変わっても、中国や韓国の遺伝子まで熊本に変わるはずもない。今回のように97%に外国産の遺伝子が見つかったとしても、その割合で畜養されたものが出荷されていれば、なんら問題はないはずだ。

どうして、外国産の遺伝子が見つかったことを大騒ぎするのか。大臣が会見で懸念を表明するようなことなのか。問題の本質はどこにあるのか。

DNA分析が産地偽装の根拠に直接結びつくわけではない

発端である農林水産省に問い合わせてみた。コロナ禍とはいえ、電話1本で済むことだ。代表番号にかけると、消費・安全局消費者行政・食育課につながれた。今回の問題となった食品表示の調査を担当する、いわば“食品偽装Gメン”だ。

そこでまず担当者に、国外から持ち込まれたアサリでも、畜養期間が長ければ「熊本県産」と表示しても問題はないはずであることを確認すると、「OKですね」との言質をとった。そのうえで、同省の行ったDNA分析の結果が、産地偽装の可能性の高いことを示していると語る。

だから、私にはそこがわからない。前述したとおり、サンプル中の97%に外国産の遺伝子が見つかったとしても、流通している熊本県産のアサリの97%以上が畜養であれば、それは産地偽装の根拠にはならないはずだ。そう問うと、あっさり「そうですね」と認めた。つまり、DNA分析の結果は、そのまま産地偽装の根拠と結びつくものではないのだ。

では、なぜ産地偽装が疑われるのか。すると、担当者はこう答えた。

「長期の畜養をしていない可能性の高いことを総合的に判断した」

総合的に判断? またあいまいな言葉が出てきた。続けて聞くと、DNA分析とは別の調査で、2年くらい育って出荷サイズになった中国産が大量に国内に入っていること、それが流通の過程で熊本県産にまぎれこむ可能性が高いことがわかったという。それで「総合的な判断」になったという。

同省ではこの実態を2〜3年前から調べていた。いずれその結果を公表する予定だったが、1月22日にTBSの夕方の報道番組でこの疑惑が報じられたため、この期に及んでの大臣発表に至ったという。おそらくは、食品不正表示の“タレコミ”の情報提供があって調査に乗り出し、その裏取りの1つとして、昨年の3カ月間のサンプル調査があったのだろう。

それでもDNA分析の結果がそのまま食品偽装の直接証拠となるものではない。アサリの「畜養」は法律で認められている。そうであるなら、熊本県の「畜養」の実蹟を確認して97%という数値と比較検討する必要がある。

ところが、だった。その過程での意外な展開が私を驚愕させる。

そもそも“長期の畜養”がアサリには存在しない

熊本県の水産振興課に、同県におけるアサリの「畜養量」を教えてほしいと問い合わせた。和牛でいえば、飼育頭数のようなものだ。すると、そんな統計はない、と即答された。

なるほど、そんなずさんさが偽装をしやすくするのだろう、と思ったのもつかの間、そもそも、海外で生まれ育った期間よりも長く国内で育てる、いわば“長期の畜養”がアサリには存在しないというのだ。だから、そんな統計がとれるはずもない。

報道が食品表示法と産地表示のカラクリを伝え、農水省の担当者が追認することを言うから、てっきり国内での生育歴の長い「畜養」が行われているものとばかり感じていた。しかし、熊本県の担当者によると、畜養自体は行われているが、「夏を越すような長期の畜養は困難で、1〜2週間の短期で出荷してしまう」というのだ。

これはどういうことか?

さらに問うと、アサリの畜養には3センチほどに育った「成貝」を持ってくる。その大きさになるまでには、海域によって育ちも違うが、だいたい2〜3歳、早ければ1〜2歳のものになる。それと同じ期間以上、国内で育てることはまずなく、畜養=出荷調整の「仮置き」にすぎないという。

輸入したアサリを一気に出荷してしまうと、値崩れを起こすこともある。畜養の目的は、生きたままアサリを出荷する調整のため、短期間だけ干潟に放して“保管”する、いわば倉庫の代わりなのだ。

従って、担当者はこう断言する。

「畜養では『熊本県産』と書けないと、県として認識している」

だから2020年のアサリの漁獲量21トンはすべて「天然物」であって、農水省が公表した昨年10月から12月までの推定販売数量とはあまりにかけ離れている。しかも“長期の畜養”が存在しないだけに、なおさら熊本県では「畜養の状況を把握するため、現在調査中」という。あるはずのないことが起きているのだ。

事の本質は熊本県に限った話ではない

「畜養で○○県産とは書けない」という認識は、熊本県に限ったことではない。全国一律で共通することだ。だからこそ、サンプルのDNA分析で97%も外国産が見つかったことは、衝撃的で大問題なのだ。つまり、97%の割合で消費者が騙されていたことになる。しかも、これからも、どこの産地でも起こりうる、食の安全・安心を根底から裏切る行為なのだ。

どうやら、農水省の担当部署も現場の状況をわかっていないらしい。まして、報道が食品表示法の生育歴の長いところを産地表示する、いわば「長いところルール」を書き立てたところで、アサリにはまったく当てはまらない。国内では長期の畜養がないからだ。

もはやこれは大規模な食品偽装事件と呼ばざるをえない。それだけに名前を使われた熊本県にとって大迷惑なだけでなく、輸入品の偽装表示は日本の食料安全保障の根幹を破壊しかねない重大事案である。くだくだと畜養と食品表示法上のまったく的外れな論点を書き連ねて、消費者を誤導する報道の責任も大きいだろう。